”救われない”魂
私は街に着いた後、最低限、この世界で生きていく術を身につけた。
基本長期的にどこかに定住してはいけない。
街にばかり留まっていてはいけないので定期的に川の周りを延々と旅をする。
神々や精霊の端くれが適当に作ったものがそこかしこに置いてあり、退屈はしない。
おもて帽子は、詳しく教えてくれないが、同じところにずっといると狂っていくのだという。
なので、あの街にずっと住んでいるものは、まともそうに見えても狂っているのだと言われた。
ニーヒやその上司は、あの街に定住しているので、もれなくそれに当てはまるだろう。
私が普段使っている宿屋や、ギターを貸してくれる友人も、みんなみんな狂っているのだという。
その、狂っているというのは、多分私の世界の狂っていると、少し意味が違うのだろう。
おそらく、生死の摂理から外れてしまっているという意味の方が近いのかもしれない。
一度外れてしまったものを元に戻すのは難しいとおもて帽子によく言われる。
だからこの世界にいるものは、仮の姿でなければいけない。
そして何も決めてはいけない。
自分が何者なのか決まってしまうと、この世界から抜け出せなくなるからだ。
ここはあの世でもこの世でもないのに。
それは永遠にこの世界を彷徨い続けるということだ。
それも一つの魂のあり方らしいが、おもて帽子はこのあり方をすごく嫌っている。
主に自殺した魂が、このあり方に落ち着くからだと言っていた。
自殺した魂がこの街に定着してしまうと、救うことができない、これは彼の口癖だった。
だから彼は、私のような自殺した者の魂を拾い上げ、定着させない方法を探しているのだという。
だが、その中でも、私はとても厄介な魂だと言っていた。
「普段なら、追い返すか、迎えるだけで良いんだがな。お前は、それじゃダメだったようだ」
理由は具体的にわからないようだった。
なので私を常に監視下に置き、この地に定着させないことで"救われない状態"にしないようにしているという。
彼はそもそも死神だった。だから私と価値観の相違はある。
だが、善意でそれをやっていることは理解できた。
本人曰く、過去にとても後味が悪いことがあり、それ以来”救われない状態”は許せないのだという。
私は彼の手伝いで、自殺者の魂を追い返したり、迎え入れたりすることもやっている。
この世界における私の仕事のようなものだ。
帰る力が残っているものは、元の世界に帰し、時間が必要なものは、相談を聞いたり、発散させたりして無念を晴らさせてやる。
そして、帰る力が残ってないものは川の向こうに行かせてやるのだ。
ただ神であるとしても、おもて帽子はそこまで力のある神ではない。
彼が見えている範囲、できる範囲でそれをやっているに過ぎない。
それでも彼は、自分の目の前でもう”救われない状態”が起こるのが嫌なのだという。
そして、私に自分の仕事をやらせることで、私の魂も救おうとしている。
ただ、その答えがまだ、私にも彼にも見えてこないのだ。
「あんまりニーヒという男には会いに行かない方がいいぞ」
これも彼の口癖だった。
「あいつは、この世界の誰よりも魂が幼い。こんなに幼いやつがいるのかというレベルでな」
「例えが必要だな」
「普通は幼いといえばヒヨコぐらいの想像をするだろう。だが、あいつはまだ、卵であるような感じがするんだ」
ニーヒは図書館司書という仕事をやっている。
と言っても現実の図書館司書とは全然違う仕事をしている。
詳しくは教えてくれない。
ただ、あの街の実質管理しているのは図書館司書たちで、すべてが曖昧なこの世界の記録を全て担っている。
私は定期的にこの街の住民を減らしたり、増やしたりすることに関わっているので、彼とはかなりの回数会わないといけない。
それをよく、おもて帽子は忠告する。
「いろんな魂を見てきたが、あいつは普通じゃない。できれば、あまり会わせたくない類の存在だ」
「警戒しすぎじゃないのか?」
「ここは不安定だからな。予測ができないものにはできるだけ出会いたくない」
だが、今日も私は彼に会いにいく。
今回は追い返した、それを伝えないといけない。
「ニワトリが先か、卵が先かって話を知っているか?」
私がふと思ったことを口にする。
「彼が卵なのだとしたら、もしかしたら誰よりも成熟しているのかもしれないぞ」
「それはただの言葉遊びだ」
それは思う。私も彼と話していると、時々、幼い少年と話しているような気持ちになる。
「担当を変えてもらえないのか?」
「なぜか私があそこに行くと、他の図書館司書はみんな忙しいんだ」
そういうことにも一つ一つ意味があるのだという。
私は、ニーヒと話さないといけない。
たとえその会話に何の意味もなかったとしても。
おもて帽子が嫌がっていたとしても。
私は彼に会う必要があるのだ。
「どちらにせよ、あまり仲良くするな。関係性も定着に繋がる。おまえは帰らないといけないのだからな」
帽子は、最後に釘を刺した。