夜明け前
「あなたに一つ、聞きたいことがある」
ニーヒは、 鳴海を見つめて、まっすぐそう言った。
その瞳には、明確な意志が宿っていた。
以前のように、どこか人を見下していて、何もかもを誤魔化すために、言葉遊びのような発言しかできなかった彼はもういなかった。
「あなたはどうして、何の関係もない僕たちを救おうとするんだ?」
ニーヒは、これを言わなければ、鳴海の言葉を何も信じられないとわかっていた。それは、エレシュキガルもそうであった。
「生きていくと決めたのなら、さっさと僕たちを見捨てて、現世に帰ればいい。僕やエレシュキガルの話は、関係のない君が入るのには込み入っていて、深刻なものだ。
君はおもて帽子のような死神でもない。自由に生きて、自分の人生を歩める、生きた魂だ。死人に引き摺られて、こんなところに残って、危険を犯して、何がしたいんだ?」
「僕は決して、君にとって過ごしていて気分が良かった友人でもないだろう。僕はここで罰せられて、消えるべきなんだ」
鳴海はその言葉を言われて、瞬時に答えが浮かんできたわけではない。
ただ、自分にはできるだろうという確信の中で、今まで歩み続けたに過ぎない。その時に、頭に浮かんでいたのが「助けたい」という意思だけだった。
だから、本当ならこの瞬間まで、その意思に理由などなかった。
だが、鳴海はまるでそもそも知っていたかのように、言葉が溢れてきた。
「私だって、きっと、君と同じだった。
流されるまま、自分の何かを譲れないまま、人の命を見逃してしまった。秋一は許してくれただけで、私だって君と変わらない。この死神に拾われなければ、私は秋一がしてくれたことと向き合う勇気もなかった。彼の命を踏み躙って、自分の命も踏み躙って、答えが出ない自分に酔うことしかできなかった。おもて帽子が、救うと決めてくれなければ、私は、何もわかることができないまま、この世界で消えていくことしかできなかった。
どうして、おもて帽子が私を救おうとするのか、私自身、正直、ありがた迷惑だと感じたことも多かった。
このまま、何も知らないまま、消えてしまいたいと何度も思ったから、私は自殺を選んだんだ。
でも私は、彼に救ってもらった。そして、生きていきたいと思えるようになった。
今ならわかるんだ。おもて帽子が私を救ったこと、それは誰にでも与えられている機会の一つなんだと。
そのおかげで、私は、秋一の優しさを受け入れることができた。絶対に、蔑ろにしてはいけなかったものを思い出せたんだ」
鳴海はニーヒの手を包み込んだ。今の君になら、きっと、人を殺したから手に入れた以外のものがわかるはずだと。
「君はたくさんの人の人生を壊した。心を壊し、命を奪い、その代わりに君は、ここにいる。
それに悔いているから、自殺した人しか辿り着けないこの場所にいる。
君は自分自身をこの街で、何度も殺した。
そして、手に入れた心や魂を手放して、意思のないものに戻りたかった。
でも君は、捨てきれなかった。
君は、罪から目を逸らしながらも、その罪を今、やっと認めた。
なら、君は、償わなければならない。
それが理解できたから、君は全てを話してくれたんだろう」
「もう君には、罪を受け入れて、償う方法がきっとわかっている。あとは、それを実行するだけだ。
一緒に、救おう。
君が奪ったものを、君自身も。
それが、君が作った街で、私が過ごした中でたどり着けた結論だ。
君がやってきたことは、本当に外道で、簡単には償えない。
でも、君の街があったから、私がここに辿り着けた。エレシュキガルの母親だって、この街にいる。
悔いる気持ちがあるのなら、まだきっと、たどり着ける場所があるはずだ。
私は君をそこに連れていきたい、エレシュキガルもだ」
鳴海は、初めてニーヒをまっすぐ見つめた。
そのまっすぐな視線にニーヒは、初めて応えることができた。
時計塔に行こう。
会わせてやるんだ。
ずっと息子を待ち続けている、彼女に。
その時に、きっとまた、見えてくるものがある。
鳴海はそれを信じることにした。
この夕暮れしか来ない、黄昏の世界で、終わりの向こうにあるものを彼女は見つめていたかった。




