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おもて帽子  作者: 南部屋
20/23

夜明け前

「あなたに一つ、聞きたいことがある」

 ニーヒは、 鳴海を見つめて、まっすぐそう言った。

 その瞳には、明確な意志が宿っていた。

 以前のように、どこか人を見下していて、何もかもを誤魔化すために、言葉遊びのような発言しかできなかった彼はもういなかった。



「あなたはどうして、何の関係もない僕たちを救おうとするんだ?」

 ニーヒは、これを言わなければ、鳴海の言葉を何も信じられないとわかっていた。それは、エレシュキガルもそうであった。



「生きていくと決めたのなら、さっさと僕たちを見捨てて、現世に帰ればいい。僕やエレシュキガルの話は、関係のない君が入るのには込み入っていて、深刻なものだ。

 君はおもて帽子のような死神でもない。自由に生きて、自分の人生を歩める、生きた魂だ。死人に引き摺られて、こんなところに残って、危険を犯して、何がしたいんだ?」



「僕は決して、君にとって過ごしていて気分が良かった友人でもないだろう。僕はここで罰せられて、消えるべきなんだ」



 鳴海はその言葉を言われて、瞬時に答えが浮かんできたわけではない。

 ただ、自分にはできるだろうという確信の中で、今まで歩み続けたに過ぎない。その時に、頭に浮かんでいたのが「助けたい」という意思だけだった。

 だから、本当ならこの瞬間まで、その意思に理由などなかった。

 だが、鳴海はまるでそもそも知っていたかのように、言葉が溢れてきた。



「私だって、きっと、君と同じだった。

流されるまま、自分の何かを譲れないまま、人の命を見逃してしまった。秋一は許してくれただけで、私だって君と変わらない。この死神に拾われなければ、私は秋一がしてくれたことと向き合う勇気もなかった。彼の命を踏み躙って、自分の命も踏み躙って、答えが出ない自分に酔うことしかできなかった。おもて帽子が、救うと決めてくれなければ、私は、何もわかることができないまま、この世界で消えていくことしかできなかった。

 どうして、おもて帽子が私を救おうとするのか、私自身、正直、ありがた迷惑だと感じたことも多かった。

 このまま、何も知らないまま、消えてしまいたいと何度も思ったから、私は自殺を選んだんだ。

 でも私は、彼に救ってもらった。そして、生きていきたいと思えるようになった。

 今ならわかるんだ。おもて帽子が私を救ったこと、それは誰にでも与えられている機会の一つなんだと。

 そのおかげで、私は、秋一の優しさを受け入れることができた。絶対に、蔑ろにしてはいけなかったものを思い出せたんだ」



 鳴海はニーヒの手を包み込んだ。今の君になら、きっと、人を殺したから手に入れた以外のものがわかるはずだと。



「君はたくさんの人の人生を壊した。心を壊し、命を奪い、その代わりに君は、ここにいる。

 それに悔いているから、自殺した人しか辿り着けないこの場所にいる。

 君は自分自身をこの街で、何度も殺した。

 そして、手に入れた心や魂を手放して、意思のないものに戻りたかった。

 でも君は、捨てきれなかった。

 君は、罪から目を逸らしながらも、その罪を今、やっと認めた。

 なら、君は、償わなければならない。

 それが理解できたから、君は全てを話してくれたんだろう」


「もう君には、罪を受け入れて、償う方法がきっとわかっている。あとは、それを実行するだけだ。

 一緒に、救おう。

 君が奪ったものを、君自身も。

 それが、君が作った街で、私が過ごした中でたどり着けた結論だ。

 君がやってきたことは、本当に外道で、簡単には償えない。

 でも、君の街があったから、私がここに辿り着けた。エレシュキガルの母親だって、この街にいる。

 悔いる気持ちがあるのなら、まだきっと、たどり着ける場所があるはずだ。

 私は君をそこに連れていきたい、エレシュキガルもだ」



 鳴海は、初めてニーヒをまっすぐ見つめた。

 そのまっすぐな視線にニーヒは、初めて応えることができた。



 時計塔に行こう。

 会わせてやるんだ。

 ずっと息子を待ち続けている、彼女に。

 その時に、きっとまた、見えてくるものがある。





 鳴海はそれを信じることにした。

 この夕暮れしか来ない、黄昏の世界で、終わりの向こうにあるものを彼女は見つめていたかった。






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