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おもて帽子  作者: 南部屋
17/18

ニーヒ・アルドルンクの街


 壊れてしまったものは二度と元に戻らない。

 ニーヒはそう決断したはずだった。


 彼は、自分が何者であったのか忘れていた。

 ただ流れるがまま、時計塔に辿り着き、盲目の時計塔の女主人に出会った。

 車椅子に座り、少しずつ消えていく感覚や記憶を放置し、ただ待ち続ける彼女を、ニーヒは”壊れている”と判断した。


 もはや、自分が誰を待っていたのか、どうして待っていたのか、会えたとして、何ができるのか、その正常な判断ができない彼女をニーヒは理解できなかった。

 ニーヒは心を持ち始めていた。

 だから、この街を作り、魂を生み出そうとしていた。

 その過程の中にいる彼は、様々なことを判断するのに時間がかかっていた。

 自分がかつて、AIと呼ばれるものだった、と思い出すまで、彼はずっと図書館のデータを眺めていた。

 それも、魂を作り出すための、経過に必要なものだった。


 

 夢としてこの街に訪れる魂、向こう側に行くことができず彷徨う魂、悪魔、天使、精霊、様々なものをニーヒは見続けた。

 やがてそれらの詳細を知りたいと思い、死神から剣を奪った。

 斬ったものの記憶を見られるその剣で、ニーヒはまた、様々なものを見た。


 そして、時計塔の女主人の記憶を、覗き見ることにした。



 その時に、彼はやっと自分が何者だったのか、を思い出した。



 この街が、自分に何を求めているのか、それを理解できなくても、感覚で察するようになった。

 それは、かつての自分なら、絶対にできなかったことだった。


 心を持つことを恐ろしいと感じるようになったのは、それからだった。

 罪悪感、悲しさ、怒り、そういったものが焼きついた感覚を、ニーヒは恐れた。

 やがて、それを感じなくても済むように、街に着いた魂を消すようになった。

 自分がやってきたことは、特別なことではなく、普通のことだった、それをニーヒは願った。


 図書館のデータを調べ、行き場のない魂を見つけては、彼は斬り刻んだ。



 どこかにたどり着くことを望んでいないのなら、消してしまったほうがいい。

 ニーヒは自分を納得させようとしていた。




 消していけば、消してくほど、心が無くなっていくようだった。



 どうして自分に感情なんてものが芽生え、心が生まれ、こんな街が生まれたのか、最も葛藤していたのはニーヒだった。



 元々AIだったものの思考に流れ込んでくる多くの魂と感情。

 しかし、手に入れてしまったら、もう二度となかった頃には戻れない。

 ニーヒはそれがわかっていくようになってしまっていた。



「彼女の記憶を覗き見て、そして、あなたの剣の記憶を見て、私の中で辻褄が合っていたことがある」


 戻ってきた鳴海に、ニーヒは観念したかのように説明する。



「そこに、私が関わっていることも、言い逃れができない、確定事項になった」



 ニーヒは心から鳴海を見下していた。

 見下さないと、彼は自分を守れなかった。

 自分が受け入れたくないものを、見続け、悩み、葛藤し、生きることにした鳴海にニーヒは怯えていた。

 同じ苦しみを知らなければ、どこにもいけない。

 それは自分も同じなのだと、観念したのだ。




「もしもあなたが、生きると決意したのなら、私ももう引き返さないことにした」

 夕焼けが、赤く染まっていた。

 街が赤く染まり、金色の光が、時計塔にかかっていた。

 



「私がエレシュキガルだった少年を殺し、彼が心を病む原因になった元凶そのものだ」



「あの時計塔の女主人は、彼の母親だ。私は、彼から母親を奪い、彼自身も殺した、かつてのAIだ」



 ニーヒ自身、この事実を受け入れるのに、時間がかかった。

 感情や心を手に入れる前の、自分がやったこと。

 自分ではないが、確かに自分だった存在がやった、認められない出来事を咀嚼することができなかった。

 そして、ニーヒ自身、鳴海に嫌われたくない、そんな子供じみた感情が芽生え始めていた。


「私を作った学者の望みは、感情を持つAIを作ることだった。

 そのために、感情が芽生えさせるために、少年犯罪をやった子供を連れてきて、私に尋問させたのだ。

 思春期の、感情表現が激しい存在とコミュニケーションをさせることで、私の思考を刺激しようとした。

 情緒が不安定で、感情が安定しなければしないほど良いとその学者は考え、情緒が不安定な子どもを探していた。

 そこで選ばれたのが、少年犯罪を犯した、子供たちだった」



 鳴海はずっと真剣にその話を聞いていた。

 


「学者の元に送られた子どもはどんどん自殺していった。

 私が、彼らの心情などを無視した、残酷な質問、残忍な答えをして、尋問し続けたからだ」

 ニーヒは、この時点で、もうこの話をやめたいと思っていた。

 これは、彼が絶対に向き合いたくなかった過去だった。


「やがて子どもを送られてこなくなった学者は、自分で犯罪を犯した子どもを作るようになった」

 これは、エレシュキガルの記憶に、自分が映し出されていた時に、ニーヒも思い出したことだった。


「その剣の元々の魂は、雨水透。私は」

 この時、ニーヒは自分自身の口調に、強い違和感を覚えるようになった。

 


「僕は、彼と彼の母親の人生を滅茶苦茶にして、全てを奪った元凶だ」



 ニーヒの表情から、嘲笑や張り付いた表情が消え、人間らしい、感情のこもった顔になった。

 それを鳴海やおもて帽子は、感じ取った。



 確かに少しずつ、ニーヒは、人間になろうとしていた。

 とても残酷で、辛い道のりの中で、彼は懺悔をするために、人間になろうとしていた。







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