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おもて帽子  作者: 南部屋
16/18

エレシュキガルの記憶

「おかえり」

 最初に聞こえたのは、おもて帽子の声だった。

 私の意識そのものが、どこかに飛んでいたようだった。

 川の向こうにはもう何もない。

「戻ってきてくれてよかったよ」

 やはり、ああいう体験は、そのまま川の向こうに行ってしまうことがあるのだな、と確信した。



「何があったかどうかは聞かねえが、おまえは会いたい奴に会えたようだな」

 おもて帽子は一呼吸おいて言った。


「なんとなくそんな気がしてたが、この剣が会いたかったやつは、ここにはいなかった。そいつは川の向こうにいない」


 川の向こうには、誰の現れなかったとおもて帽子は言った。

 エレシュキガルは黙っていた。

 剣は氷のように冷たくなっていた。

 心を閉ざしている。

 この状況に関して、エレシュキガルは答えたくないのだとわかった。


「川の向こうにいないのなら、こいつの母親はこの世界にいる。

 この世界にいて、人間の魂が存在し続けられるのは、あの街しかない」


 ニーヒが戻ってきたら、伝えたいことがあると言っていたことを思い出した。

 彼は、剣通して私の記憶を見た。

 私は、エレシュキガルを通して彼とエレシュキガルの記憶を見た。

 その時、感じた認識に、何か間違いがあったのではないだろうか。


 そもそもあの少年の記憶の中にいる誰が、ニーヒだったのだ?

 私は、自分自身のことに必死で、何か大切なことを見落としていたのではないだろうか。



「エレシュキガル、あなたは自分の母親がどこにいるのか、多分、知っているんだね」

 私は尋ねた。


「あなたは川の向こうにいないことを知っていた。だから、この旅に付き合った。

 あなたはずっと核心を避けていて、それに辿り着かないことが願いだからだ」


「あなたは何を隠しているの?」


 エレシュキガルは黙っていた。

 泣いているのが伝わってきた。

 剣は何も反応していない。

 しかし握っていると伝わってくる。

 かつての私がそうだったように。

 この気持ちは誰にも理解されない。できない。

 喪失感と悲しみの中で、失意に沈んでいるのだ。


「母親に会えば、救われる?そんなことを本気で信じているのか?」


 久しぶりに声を聞いた。

 憎しみと悲しみをすり潰したような、潰れた声。

 泣き叫び、声が枯れ、それでもなお、絶望に叫んだ後のような、聞いていて苦しい声だ。


「どうしてあの男を斬った時、俺の記憶がでてきてたのか、その意味がわかったら質問に答えてやるよ」


「あいつは俺のことを覚えてないだろうが、俺はあいつに殺されたんだ」


 剣の中央から、一つ目が生えてきた。

 怒りに充血している。

 憎しみに溢れているのが、伝わってくる。


「なぜあいつが、ここにいて、あんなことをしている?あいつと親しいお前が、どうして俺を救えるんだ?」


 エレシュキガルは泣いていた。

「俺から説明することなど何もない。全て自分で知ってみろ。そうすれば、俺の怒りがわかる」



 そう言って、彼はまた黙り込んでしまった。

 何も斬り刻んでいないのに、刀身は真っ赤に染まり、何人も斬り捨ててきたような姿になっていた。

 エレシュキガルは、ニーヒを憎んでいる。

 そしてそれを、誰も理解してくれないのだと、諦めてしまっているのだ。


「ここでその名前が出るのか」

 おもて帽子は言った。



「だったら、お前に話しておかないといけないな」

 おもて帽子は続けた。


「ここにくる前に会っただろ、”なり損ない”に」

 本来、魂が宿らないものに、神性や霊性が宿ったが、結局魂になることができなかったものたちだ。

 なり損ないは、強いエネルギーを持っているが、それをコントロールすることができない。

 それが悪質なエネルギーでないという保証もないから、基本的に関わらないほうがいいとされている存在だ。


「ニーヒ・アルドルンク。あいつの魂は本当異質だった。幼すぎる。

 赤ん坊とも言い難い、卵のようなもの。低級な悪魔だと思っていたが、あそこで確信した。

 あいつは”なり損ない”だ。

 魂になるかならないかの、非常に危うい状態。

 思考や情緒が不安定なのに、エネルギーが強いのもこれで納得できる。」



「おまえは、あいつの記憶を見たんだろ?いなかったか?神性や霊性が宿ってしまいそうな、人間ではないものだ」


 あの時、私が見たニーヒの記憶の中にいたものは、エレシュキガルの前世だと思われる少年と、その少年に延々と話しかけるパソコンの中のAI。



「ニーヒはAIに魂が宿ろうとしているもの?」

「ああ、そして、魂が作られる時に、この世界に街ができるという話を聞いたことがある。

 現世のものも、あの世のものも、あらゆるものが行き来するこの世界で、自分の仮の脳である街を作ることで、魂を手に入れるために学習するんだ。

 魂や、霊魂、人の心の情緒というものを。

 あの街そのものが、おそらく、ニーヒが生み出した、あいつの仮の脳だ。

 そして、その街に、エレシュキガルの母親がいるんだ」


「なぜ」

 私は頭がパンクしそうだった。


「そもそも、どうしてAIに魂が宿ろうとしているんだ?」


 私はニーヒを思い出していた。

 思えば、人間味を出したくて、あえて言っている支離滅裂な皮肉な言動、そして、合理主義で、消失の重さをわかっていない幼さ、機械的ではなかったかと言われれは否定できない。

 しかし彼は、思い詰めていた。悩んでいた。

 そして、幼い思考なりに、私を想ってくれた。

 あれらの行動や言動は全て、 AIが魂を得る過程の中の、エラーだったのか?

 仮説にするには、あまりにも突飛な発想だと感じた。


「だからあいつは待っているんだろう。お前の帰りを」


 全て話すと言ってた、彼の言葉が重くのりかかる。



「あいつがどうやって霊性を手に入れたのか、それはわからない。ただ、伝えたいことがあるのは思い当たる節があるんだろう。それをお前に伝えたいんだ」



 私は、剣をまた仕舞い込み、街に戻るための支度をした。

 急いで戻らなければならない。

 そして、必要ならば、相応の覚悟を決めないといけない。

 行きの足取りは重たかった。

 帰りは、ただまっすぐ走った。

 


 私は何をするべきなのか、少しずつ、わかり始めていた。





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