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おもて帽子  作者: 南部屋
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祈りの旅




 川沿いを歩くことは何度かあった。

 行き場のない魂が、街にたどり着くとは限らない。川で行き倒れて、そのまま突っ伏しているものもよく見かけた。

 朝焼けのような、夕焼けのような、空を包むような光が注いでいた。

 ここは何もかもが中途半端で、曖昧だ。

 だからこそ、自分のようなものが、居心地が良いと感じる。


 この川の水を飲んではいけないとおもて帽子によく言われいてた。

 川の向こうに渡るものは、必ずこの水を飲む。

 それは、この世界にいたことと、前世の記憶を無くすためである。

 川が飲み干してしまうのだ。

 魂の記憶を。

 だから、魂は何度でも生まれ直すことができる。

 辛い過去も楽しい記憶も全て川が飲み干して、無意識の海に連れて行くから。

 忘れるけどどこかで覚えている。

 そんな優しい距離感にしてくれるのだ。

 どんなに辛い記憶も。


 吐くような苦しみの中で悶える魂も、あちら側に行くと決めて、この川の水を飲むと、みんな付き物が取れたような顔になった。

 自分の人生を受け入れて、前に進むと決めたものにだけ、忘却という救いが与えられる。

 だから、やがて、無意識の海で、その記憶に出会っても、人々はまた、生きていけるのだ。


 川は全てを覚えてる。

 川は全てを知っている。


 だから、進むのが怖かった。

 嘘がつけない結果を見るのが怖かった。


「川の向こうに行くんですね」

 そこにはニーヒがいた。

 彼も疲れ切っていた。

 普段からボサボサの髪は、さらに乱れていて、ボロボロだった。

 服装も薄汚れていて、私が刺したり、斬ったりした後が残っていた。

 互いにボロボロだった。

 泣きじゃくって、叫んだ後のような、そんな空気が漂っていた。


「あなたの記憶を、私も見ました。この剣にもそういう力があるから」


 死者を送る剣には、使用者の代償としてそういうものが備わっているのかもしれません、落ち着いた後に彼が言っていた言葉だ。


「あなたの記憶は辛い記憶だ」


「私は辛い記憶を思い出して、傷つくものをたくさん見てきた。そのまま死んでしまったものも。

 生きていくことは辛いことなのだと、何度も理解した。

 ならば、思い出す前に、知ってしまう前に、斬ってしまいたかった。

 何も思い出せないまま、何も知ることもないまま、ただその場で消えていくことが救いなのだと私は信じている」


 ニーヒは本心からそう言っていた。

 それが彼の、戦う理由なのだろう。

 幼稚で浅はかと笑うものもいるだろう。しかし、彼も彼なりの苦悩を味わったきた。

 そんな顔をしていた。


「わざわざ、川の向こうに、それを思い出すために向かうなんて私には信じられない」

 ニーヒは断言した。


「知らないと、進めないこともあるんだよ。それがどんなに辛いことだったとしても。

 私はもう半分死んでいるかもしれないけど、まだ、生きることに向き合っていたいんだ」

 私は言った。



「ならば私ももう止めません」

 ニーヒは言った。



「あなたがその剣を持って帰ってきたら、私が知っていることも全てお話ししましょう」

 ニーヒは私に温かい布を被せてくれた。夕日のような色をした、マントだった。


「この世界では、飢えることも凍えることもない。だからそんなものはいらないと思いますが、やはり、人には心がある。

 生きている時に意味をなした行動は、心にきちんと作用するから、持っていきなさい」


 ニーヒは複雑そうな顔をしていた。

 彼なりに、何か葛藤があったのだろう。

 そしてこれから、私が戻るまでに、彼も答えを探すのだ。


「いってらっしゃい、と人間は言うのでしょう。お気をつけて」


 意外な見送りだった。

 私はニーヒに見送られて、そこを後にした。

 川の向こうは、遠い。

 だからこそ、たくさん考えられる。


 今度は立ち止まりながらではない。

 前に進みながら。


 私はどうするのか。

 ニーヒはどうするのか。


 旅の終わりに答えが待っている。



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