表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おもて帽子  作者: 南部屋
1/18

誰そ彼時


リハビリに書いている小説です。

体調と折り合いをつけながらひっそり書く予定。

 




 人の生き方に価値や意味を見出すこと。

 先人たちがどれだけそれに意味がないのだと説いてきても、人々はその悪夢から逃れられない。

 生きる意味、死ぬ意味、生まれた瞬間、死ぬ瞬間、そして死んだ後……。

 何も決まっていないのに私たちは怯え続ける。

 何も決まっていない世界で、うとうとと微睡む。

 少し体調が悪い日に、うとうととしている時に見る、白昼夢のような微睡に私たちは囚われ続けているのだ。




 あの日、私はその白昼夢から解放された。

 人はそれを自殺と呼ぶ。

 白昼夢の中で私たちは、飛び降りというものにもおかしな幻想を抱く。

 飛び降りれば全てが楽になるという、これもまた何の根拠もない幻想だ。

 私は落ちていって死ぬはずだった。

 白昼夢から逃れて、闇の中に落ちていけるはずだった。

 


 私は死ねなかった。

 こういうものを最近の世界では、異世界転生ものとでもいうのだろうか?

 ただし、少し違う。私は転生したわけではない。

 生きることも死ぬこともできなくなった。

 私は魂だけを拾われ、肉体を離れ、現世とあの世の間にある川に連れて行かれた。

 何もない、黄昏時が広がるその川で、私は私の姿のまま、白昼夢ではない世界に放り込まれた。


「生きていくってそんなに辛いことかい?」

 それは皮肉混じりの声だった。優しさを感じさせない、侮蔑が少しこもっているようなイラつく声だった。

「こんな世界に放り込まれた方が幸福だったと感じているかい?」


 説教くさい声は少しヘラヘラ笑っている。

「あそこじゃない場所に行ければ、自分じゃない誰かになれれば、君は満足だったかい?」


 何かを思い出そうとしても、何も思い出せなかった。

 今ではもう慣れてしまった。

 私は自分から落ちていったこと以外の記憶が残っていない。

 この声の主に封じられている。



「君が落ちていくことを選んだこと、それを後悔するまで俺の説教でも聞いてればいいさ」

 これは頭の上からする。私の頭の上に、気づけば帽子を被せられていた。

 よくゲームや漫画、おとぎ話に出てくるような、魔法使いの帽子だ。



「それが私への罰なのか?」

「罰なんてそんなわかりやすいものじゃないさ」


 帽子は私を常に馬鹿にしていた。この態度は今でも変わっていない。

「この世界は基本的に曖昧なんだ。人は皆、ここを夢の中で訪れて、通り過ぎていくだけ。

 もしくは生まれて死んでのタイミングで、少しだけ立ち止まるだけ。


 だから、明確な形なんてないし、留まっているものなんていない。

 でも君のような白昼夢に疲れたものには、こういう場所が必要だと思ったのさ」


 君は死んでも救われないと思ったんだよ」



 帽子ははっきりとそう言った。


「死んでも救われない奴が、ここでどうやって救われるのかを知りたくなったんだ」


「それが答えになっているとおもってるの?」


 現実だったら絶対に関わりたくない類の存在だった。

 ただわかっている。

 こいつは現実世界で関わることがない存在だということを。

 ヘラヘラ笑う帽子は当たり前のように私の頭から離れなかった。

 生きていた時のことははっきりと思い出せない。

 ただ、ここではないどこか、自分ではない誰かになりたかった。

 どうしてそれを思ったのかさえ、思い出せなくても、心の中にその意識がこびりついている。



 とりあえず私は歩き出した。

 永遠の黄昏時の、川しかない景色を。

 川の水は生暖かく、夕陽に染まる色と合わさって人肌のように感じた。


「救われるって言っても、誰も何もないじゃないか」

「人じゃないものなら、たくさんこの場所にとどまることもあるさ。まずはそこに連れていってやるよ」


 帽子と私は思考が繋がっているらしく、その言葉は私に確信を与える。

「俺はこの世界じゃ”おもて帽子”と呼ばれている。だが、これからその名前はお前が名乗るといい」


「お前はこの世界から元の世界に帰らないといけないからな」


 私に拒否権はないようだった。

 この日から私は”おもて帽子”に憑かれた存在になった。


 霧に囲まれ、川しかない世界で、私は彼に拾われた。

 それが救いだったのか、罰だったのか、今だに私はわからない。








 


感想など気軽に書いていってください。

どんなものでも大丈夫です。

お手柔らかにお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ