第9話 ルームメイトが信じてくれない②
正座する私の正面に、潮尻が同じように座ってくる。
「鳴海。先生とは、やっぱり交際関係にあるんだよね?」
だから違うんだってば。付き合ってなどいない。
否定しようにも、潮尻が握るスマホには、涙だばだばの湖崎先生が未練がましく私の太股にしがみついている写真が映されている。それが証拠だとばかりに。
……さて、どうやって湖崎先生との交際疑惑を否定しようか。
色々考えたが、私は結局、プール掃除の件をあたまから説明することにした。
顧問している水泳部にストライキされていることも、ボランティア委員会にアレな扱いをされているのも全部。あたまからおしりまで。
「えーっとね、潮尻。まずは落ち着いて私の話を聞いてくれるかな」
「カスミはいつだって落ち着いてるよ? 怒らないから正直に言ってごらん」
それ絶対怒る人のセリフじゃん。
マラソン大会のときの「一緒に走ろう」くらい信憑性がないやつ。
突如として立った回避不可能フラグに、私は思わずたじろぐ。
そうやって言葉に詰まっていると、もちろん潮尻には疑われるわけで。
「ほら、正直に言えないってことは後ろめたい事情があるんじゃないの?」
じとーっと訝しむような目で潮尻が見つめてくる。
陰キャの出自である私からすれば、他人からのそういう視線には弱い。
豆腐メンタルな私は、他人のペースに呑み込まれると身動きがとれなくなる。
ビビって、縮こまって、ぶるぶる震えて。
その場から逃げ出してしまいたくなる。
……いつも私だったら、そうなるはずなんだけど。
……そうなるはずなんだけど、なんかそんなことよりも、話がぐだぐだしてきてだんだんと腹が立っている自分がいた。
そもそも、湖崎先生のお願いを断ったところ、部員にストライキされただの、委員に無碍に扱われてるだの、言い訳して泣きついてきたのが事の発端なわけで。
どうしよう、思い返してもみても、私全然悪くない。
むしろその状況で美容室の予約をずらしてまで先生のお願いをきいたわけで。
むしろむしろあんな過酷な労働環境に身を堕とすことを約束させられ、その対価を一五○円のコンビニアイス一本で手を打たされたわけで。
………………。
あれ、どうしよう。
何度思い返してもみても、私全然悪くないぞ。
そこまで考えると、易々と他責してしまえる自分がいた。
よし、吹っ切れよう。この際、一切合切湖崎先生のせいにしてしまおう。
そう決めて、プール掃除におけるゴタついた事情を全部話してしまうと……。
「いや鳴海、プール掃除断っただけで泣き出す大人なんているわけないでしょ」
それがいるんです信じてください、潮尻様。
結論、全然信用してもらえなかった。
ちなみに、水泳部で起きたストライキの件を話した時点で「そんな責任感ないことする大人がこの世に存在するわけない」とため息を漏らし。
ボランティア委員会に掛け合っても数人程度しか人員補充できなかったと話せば、「そこまで人徳のない先生がこの学校にいるわけない」と唇を尖らせ。
最後に、そんな状況でお願いを断ったら先生がぐずりだして私の太股にしがみついてきたと言うと、「そんな責任感も人徳もない人が社会人やっていけるわけないじゃない」と言い切った。いるんだってば、本当の本当に。信じてよ。
結局その日のうちに、潮尻のなかの私と先生の交際疑惑が晴れることはなく。
「……鳴海。やっぱりいくら恋愛したいからって、教師に手を出すのはイケナイことだとカスミは思うの」と、再度心配するような目で言われた。ひどいよ。
……ところで湖崎先生、もうちょっとしっかりしてくれないと、私そろそろ怒りますよ。本当の本当に。マジで。