第8話 ルームメイトが信じてくれない①
……今日も色んな人間に翻弄されて疲れた。
放課後、もう一度飼育小屋に寄ってお世話を済ませると、私は徒歩十分の帰路を歩き寮の門をくぐった。
その寮の略称は「うみゆり寮」という。
正式名称「青山高校女子寄宿舎」。「うみゆり」という名前は、この高校の創立五十周年を記念して、当時の生徒によってつけられた案外古い名前だったりするらしい。由来とか意味とか、詳しくは知らないけど。
この寮には、今年度は四十名の青高生が寄宿している。
門限は八時半で、消灯は十一時。食事は朝晩の二食で、全室二人部屋である。
自室である103号室。鍵を開け、丸いノブを回す。
ドアを開け洋室まで来ると……なぜか、私のベッドの上に神妙な表情で正座している女の子が一人。私はちょっと訝しみつつ、その女の子に声をかけた。
「ただいま、潮尻。私のベッドの上で何してんの」
「おかえり、鳴海。ちょっとそこに正座しなさい」
そこ? 潮尻が指差してるの、洋室と玄関を繋いでる廊下の床なんだけど。
私がルームメイト――潮尻香澄のわけわかんない物言いに首を傾げていると、潮尻はベッドを下りその手に握られているスマホの画面を見せつけてくる。
そこに写っていたのは――昼休みの、私と湖崎先生のひと悶着だ。
涙と鼻水だばだばの先生が、私の太股になんとも情けない格好でしがみついている。いやぁ、それにしても何度見ても酷い光景だ。
「その写真と、どうして廊下の床に正座するのが関係してくるの?」
私が尋ねると、潮尻は諭すような口調で語り出す。
「……鳴海。カスミはね、鳴海のことが心配なの」
なんか心配されてるらしい。
どんな心配事か定かではないけど、とりあえず話が見えないので聞き手に回る。
「えーっと、私の何がそんなに心配なのかな」
「鳴海。いくら恋愛したいからって、教師に手を出すのはイケナイことでしょ?」
あらぬ誤解を受けている。
どうやら潮尻は昼休みの顛末を見ていたらしい。……そして、あのいざこざを良からぬ方向に解釈しているらしい。
私は弁明する。
「……潮尻。昼休みのアレはね、湖崎先生が勝手に暴走して悪目立ちしちゃっただけなんだよ。私に一切の非はないし、悪いのは全部湖崎先生なんだよ」
そうだ。水泳部にストライキされたのも、ボランティア委員会でぞんざいに扱われているのも、全部湖崎先生が悪いのだ。私は悪くない。うん、悪くない。
言い終わると、静かに話を聞いていた潮尻が一つ大きく息を吐く。
「鳴海。カスミたちは高校生だし、刺激的な恋愛がしたいと思ってしまうのは仕方がないこと。だけどね、それって法を犯してまでするべきことなのかな」
うん。潮尻、全然私のこと信じてくれてないよね。
私が女性教師と禁断の恋をしているとでも思ってるのかな。ありえない。
私は潮尻に言い訳がましく「あのですね」と言いさす。
が、潮尻が厳しくも毅然と言い放つ。
「鳴海、そこに正座なさい」
「いやでも、本当アレは湖崎先生が自爆しただけで」
「正座なさい」
「いやだから、私と湖崎先生の間には特別なにも」
「正座なさい」
「いや、あ、はい……とりあえず正座します……」
なんか潮尻が怖い顔をしているので、ここは一旦言うことをきいておく。
ペタリと座ったフローリングは地味に冷たい。またその冷たさが何気に空しい。