第7話 湖崎先生、それあんたが十割悪いです②
「ストライキされたのは先生が悪いです。反省しましょう。それはともかくとして、プール掃除は週一でやらないと確か上から怒られるんですよね」
「そうなんだよ。だから課題未提出者に声かけてるとこなんだけど、いかんせん今週の課題はほとんどみんな完璧に提出してるから頭数が足りなくて」
それで、先週提出し遅れた私に縁があって声をかけてきたってわけね。
「でも申し訳ないんですが、明日の放課後は美容室予約してて。無理なんです」
先生に絡まれてるのが面倒になって嘘をついているわけじゃない。本当だよ?
私は予約アプリを立ち上げて、先生にスマホ画面を見せつける。
明日の午後五時からの予約。お店は駅近くの行き着けだ。
これで流石に湖崎先生も引いてくれるだろうと思っていたが、先生は力を込めて私の肩を掴みぐわんぐわんと揺さぶってくる。なんで。
「掃除要員が先生を入れて三人しかいないんだよぉぉぉ! 今週の小テストの採点も終わってないし残ってる仕事もあるしでパンク一歩手前なんだよぉぉぉ! 助けてよぉぉぉ! 残業確定コースなんだよぉぉぉ!」
そんなこと言われても。ストライキされたのも、小テストの採点が終わってないのも、仕事が片付いていないのも、全部先生が悪いよね?
キンコンカンコーン。そこでタイミングよく鳴る昼休み終了の鐘。
しめた。逃げ出すチャンス。このタイミングで逃げておかないと、先生にダル絡みされて絶対面倒くさいことになる。乗るしかない、このビックウェーブに。
私は「五時間目が始まるのでそれじゃあ」とかなんとかてきとうに言い訳をして、肩を掴む先生の手を振り払う。
が、先生は「待って」とか「先生のこと捨てないで」とか未練がましくぐいぐいスカートの裾を引っ張ってくる。めくれるめくれる!
「せ、先生ボランティア委員会の顧問もしてるんでしょ! だったら私じゃなくて委員会の子に頼んだほうが色々スムーズに事が進むじゃん!」
「それがもうすでに委員会には掛け合ったんだ! だけどニ人しか手伝ってくれるって了承してくれなくてぇ!」
マジか。この先生、どんだけ人徳ないんだ。
先生からスカートを守り抜くが、今度は私の太股に抱きついてくる始末。
涙も鼻水もべたべたの状態で脚に頬ずりしてくるもんだから気持ち悪い。
「なぁ頼むよぉ! 掃除終わったらコンビニでアイス奢ってやるから! 今月厳しいから一五○円以下のやつしか買ってやれないけど!」
プール掃除には最低でも二時間はかかる。そして現在人員不足である。
そんな労働環境で働く対価が、一五○円のアイス。割に合わなすぎる。
「いや、アイスとかいらないんで。とにかく、ぐだぐだしてたら五時間目遅れちゃうから早く離し――いででででっ!?」
先生がぎゅう、と私の脚を締め上げる。力を入れすぎて白く変色する太股。
なぜこんなみっともない人が社会人やっていけてるのか。謎である。
「鳴海も先生のこと捨てるのか!? そんなことしないでよ! もう頼れる人が鳴海の他にいないんだ! 先生のことぞんざいに扱わないでくれぇ!」
「いやいや、顧問してる部活でストライキ発生して委員会でもあんまり好かれてなくて。そんなだらしない人甘やかしたら、絶対依存してくるじゃないですか!」
「だから反省してるって! これからは仕事溜め込まないし、生徒に好かれるように頑張るからぁ! 先生だってダメなところ直すから、捨てないでおぉぉぉ!」
もう色々面倒になって、私は先生を太股にひっつけたまま校舎に戻ろうとする。
が、そこでふと視線を感じた。……しかも、わりと大勢の。
なんだと思って校舎を眇めると、二階の渡り廊下を歩く多数の生徒たちが、痴話喧嘩に興味を示した野次馬よろしく私と湖崎先生を眺めていた。
マズい。気づいていないうちに変に目立ってしまっている。
湖崎先生とそういうカンケイだと誤解されるとかマジでありえない。先生、さっきから「捨てないで」とかそれっぽいこと叫んでるし。
……ここは、美容室の予約時間を変更して、先生の頼みをきくしかないか。
素直に言うことをきいておけば、先生も私の脚から手を離してくれるだろう。
私は仕方なしにため息をつくと、太股にへばりついている先生に目をやる。
ぐすぐすと鼻をすする先生は、いっそう瞳をうるうる潤ませると。
「……先生、鳴海が了承してくれるまで、ずっとこうしてるからな」
この女教師、なんかメンヘラ彼女みたいなこと言いだしたんだけど。
それにあんた、五時間目授業受け持ってるだろ。
なんで遅刻覚悟で私にしがみついてんだ。
……ところで今気づいたことなんだけど、似鳥さんいつの間に音もなく中庭から姿を消したんだ。やっぱり似鳥さんは、妖精だったのか。




