第6話 湖崎先生、それあんたが十割悪いです①
昼休み。
いつもは魚見と波瀬と一緒におひるごはんを食べるんだけど、今日は違った。
お昼にも飼育委員会の仕事がある。私は中庭の飼育小屋まで来ていた。
「クイナ」という名前のそのうさぎは、飼育委員のなかでも私によく懐いている。
ケージを開け、ペレットと干し草を餌入れに用意してあげると、そいつはまずエサではなく私のほうに寄りついてくる。なんてかわいいやつなんだ。
水交換をしながらうさぎを撫でていると、ケージの外から柔らかい声がした。
「相変わらずの懐きっぷりだね。もうほとんど子供と母親みたい」
視線をあげると、そこには薄手のカーディガンを羽織った美人が立っていた。私と目が合うとふわりと微かに微笑みを浮かべる。
「たぶん餌やり当番を一度もサボったことないから、アユちゃんはクイナに好かれてるんだよ」
アユちゃん、と私のことを名前呼びするお姉さんは、似鳥さんという。
この高校の学校事務として働いている美人さんで、なんというか魚見や波瀬よりも正ヒロイン感が強い。妖精みたいなふわふわした雰囲気とか纏ってるし。
清楚で良識的で、美人で落ちつきもあって。
そんな似鳥さんが纏っているイメージは、私のなかでは、学校一の才女――涼木さんに抱いているものと少し似ていて……。
「似鳥さん、今日も綺麗で妖精みたいですね」
「アユちゃん、いっつもそれ言うよね。なんなのその妖精って」
「この世のものとは思えないくらい綺麗で、まるで異世界からやって来た妖精のように美しいから、似鳥さんには『妖精』と多用させてもらっています」
「ふーん? つまり褒めてくれてるんだよね。ありがとうって言っておくね」
にこっと私に笑いかけてくる似鳥さん。かわいい……。マジ癒やし。
似鳥さんはお昼休憩を中庭で過ごす習慣がある。委員会の仕事で週五、六回ペースで中庭に来なくてはいけない私と打ち解けるのにそう時間がかからなかった。
委員会があるお昼は、似鳥さんとうさぎと私の三羽――じゃなくて、二人と一羽で過ごす。この時間だけは魚見や波瀬に翻弄されることがなく色々疲れない。むしろ妖精みたいにカワイイ似鳥さんに癒やされて回復してるまである。ほわぁ……。
うさぎと正統派美人の似鳥さんとまったり過ごす素敵な昼休み。この癒やしタイムが、私が卒業する三年まで、ずっと、ずうっと続いてほしいなぁ……。
ぽわぽわと癒やされながらそんなことを考えていると、急にどこからかドタバタと騒がしい足音。
ばたん! と、勢いよく廊下と中庭を繋ぐ扉を開けたのは、我らが数学担当の女性教師――湖崎姫乃。
ぜぇはぁ、と青息吐息な湖崎先生は、ワタワタと私のもとまでやって来ると、
「な、なな……鳴海ぃ……き、緊急の、た……頼みが、あって……来た……」
え、一体なにごと?
全力ダッシュしてきたのか、一本結いにしている髪が乱れ目も血走っている。
がしっと私の肩を掴む先生の唇からは、だらりとよだれが一筋。
……湖崎先生、せっかく顔が整っているのに、色々と台無しです。
息を整えた先生は顔の前で手を合わせて「鳴海っ!」と私を拝みだす。
「先週に引き続き申し訳ないが、明日の放課後プール掃除手伝ってくれないか?」
「え、普通に嫌ですけど」
「ええっ!? なんでっ!?」
だって、暑いし時間かかるし面倒だし。
私が即行で断ると、ガビーンとショックを受けたような顔をする湖崎先生。
なんなんだ、その大袈裟のリアクションは。
「話だけでも聞いてあげたら?」と似鳥さんが耳打ちしてくる。妖精は優しい。
私はあくまで似鳥さんの優しさを汲み、湖崎先生に猶予を与えた。
「何か差し迫った事情でもあるんですか?」
「それがな聞いてくれよ、酷いんだようちの水泳部が」
湖崎先生は一年の数学を担当し、課外では水泳部とボランティア委員会の顧問をしている。
多様な顔を持っているがゆえに、何か人間関係でトラブルでもあったのかなと少しの心配を込めて耳を傾けた。
「水泳部の部員全員がさっき突然職員室に来てな。それで、明日のプール掃除は先生一人でやれって、ストライキを起こしてな」
「ストライキ? どうしてそんなことになったんです?」
湖崎先生は気まずそうにぽりぽりと頬を搔くと、
「い、いやぁ……来月行われる市内の練習試合にエントリーシート送るのうっかり忘れちゃってて……えへへ、それで部員全員がガチギレしちゃって……」
先生、それあんたが十割悪いです。ストライキされて当然です。
私がしらーっとした顔になると、言い訳がましく言葉を重ねてくる先生。
「せ、先生だって忙しかったんだよ! 記述模試の予想問題作ってたら、その、だんだん作るの楽しくなっちゃって、時間も部活のことも頭から抜けてて……」
なんか湖崎先生、言いながら泣き出したぞ。
私の制服の裾掴んで泣き落とししようしてくるし。ふつうに離してほしい。




