第5話 唐突にはじまる青春ラブコメ②
あの子はさらに一歩二歩と、涼木さんに詰め寄る。
「ところで前回は『また今度』って言ってましたけど、その『今度』とは具体的にいつのことなんですか? いつになったらワタシと遊んでくれるんですか?」
「えっと……最近はボランティア委員会の活動が忙しくて……」
「忙しいんですか。じゃあ適度に休息を取らないと疲れちゃいますね。休息――そこで提案なんですが、ワタシと一緒にデートして羽を伸ばしてみませんか?」
「ええっと、それはちょっと……伸ばせる羽が無いというかなんというか」
涼木さん、明らかに困ってる顔だ。
断り文句もなんか杜撰になってきているし、後ろに組んだ手でアセアセと指遊びしてるし。
……けどまぁ、昨日はあれだけ機転を利かせてあの子を躱していた涼木さんのことだ。今はああやって焦った感じでいるけど、その裏でいかに波風を立たせずにあの子をいなす方法を考えているに違いない。
そんなことを思って遠巻きから眺めていると。
「涼木、次の数学、授業最初に小テストするってよ。急がないと時間潰れるぞ」
ふと玄関に入ってきた男の子が声をかけてくる。身長が高く顔立ちも整っている男の子。気のせいか、声まで爽やかな印象だ。
男の子はそのまま集団のなかに入っていくと、涼木さんの前に立ち。
「ほら休憩時間もあと五分だし、行こう」
「え、えっと……あっ」
涼木さんの返事なんて待たず。
男の子は涼木さんの腕を優しく掴んで、教室がある一年生廊下のほうへ早足で歩き出した。
突然異性に接触されて驚いたのか、涼木さんはびくっと身体を震わせる。けどその一瞬後には慣れたようで、男の子に引かれるままに、その場から逃げ出した。突如として始まる青春ラブコメ。
そんなまるで王子様がお姫様を助け出すようなシチュエーションに、周囲のみんながほう、と感嘆のため息を打つ。想い人を奪われたあの子だけが「涼木さん置いてかないでぇ……」と悲しそうにしている。
なるほど、あの子はまた振られたみたいだった。
「ね、見てた? あの二人が、学内公認カップルの鹿島&涼木ペアだよ」
隣で一部始終を見ていた波瀬がそう耳打ちしてくる。
「鹿島&涼木ペア?」
しかも今さらっと「学内公認カップル」とか言ってなかった?
俗な響きに首を傾げていると、波瀬がふふんと鼻を鳴らした。
「知らないの? 校内じゃ有名でしょ。あの二人がお似合いだって話」
涼木さんと鹿島くん。二人は成績も運動神経も良く、そしてお顔もよろしく、頻繁に生徒間で話に持ち出される存在だ。小学時代からの幼馴染みで仲も良く、校内でよく一緒にいるところを目撃されているらしい(波瀬情報による)。
「え、あの二人って付き合ってたの?」
話し終わった波瀬にそう聞くが、そこでなぜか急に無責任な態度になる。
「さぁ。そこまでは知らないけど。でも本当にお似合いって感じでしょ? 王子様がお姫様を連れ去っていく……。あぁ、胸がキュンキュンしちゃうなぁ……」
波瀬はうっとりした表情で目を細めた。「ウチにもああいう優しい恋人がいればなぁ」とか呟いている。あんた年上の彼氏に振られたばっかだもんね。
ついこの間プール掃除で一緒になったからか、私の頭には涼木さんの印象がわりと色濃く残っている。美人だし、クラスでも結構頻繁に涼木さんの話題聞くし。
そんな涼木さんに、恋人的なポジションの人がいたとは。ちょっとびっくりだ。涼木さんって、「学内生徒の共有財産」みたいに認識されてるとこあったから。
「ねぇ、魚見はどう思う? 涼木さんと鹿島くんのこと」
ふと、静かに存在感を無くしつつある魚見に話を振ってみる。魚見は以前に「他人の恋路には一切興味がない」的なことを言ってきた気がするけど。
対して魚見は、やっぱりというか。
そもそも涼木さんと鹿島くんのやり取り自体まったく見ていなかったようで。
「中庭の飼育小屋のうさぎ……かわいい……」
玄関廊下近くの窓辺。
そこからは、ちょうど隣接した中庭の様子を覗くことができて。
「……あぁ、飼育委員会のうさぎね。あのコ、ケージの格子を鼻先でガンガン突く癖があるから、可愛くないって委員の子たちに全然好かれてないんだよね」
人の恋路よりもうさぎに興味があるらしい魚見は、それはそれは無垢な瞳で中庭の飼育小屋を見つめていた。なんてマイペースなやつ。




