第44話 真の陽キャは誰にでも優しいという怪談的噂①
ネットで検索しても日曜が「定休日」のはずの小さなケーキショップ。
本日の主催者の親戚が経営しているらしいそのカフェの、店内奥側の席。
角席に波瀬が座り、その右隣に私、涼木さんと続く。
正面の二人の男の子は、何となく予想していた通り陽オーラがもうすごかった。
どちらも身長が高くスポーツに精通しているのが窺える体格の良さ。言葉遣いも適度にくだけていて物腰柔らかく、話しやすい印象を受けた。「真の陽キャは誰にでも優しい」という伝説的民話的怪談的ウワサが私の中で信憑性を増していく。
自己紹介は男子陣から始まり、黒髪アップバングが鯨井くん、マッシュが牧原くんだと把握する。また、出身中学を聞いて、私と同中ではないことも知った。
高校生同士の合コン、というのもあって、私は正直なところ大学生の真似事に過ぎない程度の盛り上がりや会話を想定していたのだが、鯨井くんも牧原くんもいくら喋っても話題が尽きないようでどんどんトークを広げていく。流石陽キャ。
私は注文したケーキに口にしながら、やっぱ天然の陽キャのトークスキルってすごいなぁと感心していた。
「えー、やっぱり青高にもあるんだ、そういう怪談的なやつ」
「あるある。青高でよく言われてるのが、中庭に幽霊が出るって話で……」
中でも盛り上がったのが、互いの学校の怪談めいた話題だった。男の子たちが通う東高の七不思議の談で盛り上がった後、「青高はどうなの?」と話が移った。
「へぇ、中庭の幽霊……。それで、どんな霊が出るの?」
「えっと、この世の者とは思えないくらい綺麗で美人な女の幽霊が出るんだって」
波瀬の発言に、鯨井くんが興味ありげに頷く。
「ふうん。でも幽霊っつっても、美人ならいいよな。おれ、化けて出て驚かされるなら、女の子の霊のほうがいいもん。男の霊とか、むさ苦しくて萎えるなぁ」
「もう鯨井くん、女子の前でそんなこと言わないのー。エッチなんだから」
ツッコミながら波瀬はケラケラ笑う。
私はその話題を何気ない感じで涼木さんに振ってみる。今日の私の仕事は涼木さんを守ることだけど、彼女の目標といえば異性との接し方に慣れること。
私は、涼木さんの成長にも協力したかったのだ。
「涼木さんは、中庭の幽霊について何か知ってる?」
「えっと。実はわたしの親も青高出身なんだけど、お母さんに聞いてみた感じ、当時はそんな怪談なんか囁かれてなかったって言ってたな」
牧原くんが「へぇ」と少しテーブルに身を乗り出す格好になる。
「そうなると……その中庭の話は、割と新しめな怪談なんだね。涼木さんの親世代の卒業後に囁かれ始めた怪談。涼木さん、失礼だけど親御さんの年齢は?」
「今年で三九歳になるね。第七二期の卒業生だって言ってたよ」
「とすれば、その中庭の怪談はここ二○年以内で発生したものだとわかるね。同年代の他の青高出身者に聞き込みとかできれば確実性は上がるだろうし、直近で何か中庭で事件もしくは事故があったりとかは……」
牧原くんがそこまで喋ると鯨井くんがチョイチョイと彼の肩を突き、
「牧原、今、合コン中」
「あ……」
言われて恥ずかしそうに「ごめん」と謝る牧原くん。「ホントだよ」と呆れた様子の鯨井くんに鼻を鳴らされ、彼の苦笑いはいっそう濃くなった。
合コンの場には適さない話の深掘りの仕方を鯨井くんは指摘したかったらしい。
「全然全然。気にしないでいいよー」
「そうそう。謝らなくていいんだよ」
「うんうん。聞いてて面白かったし」
こういうとき、女の子って自然と言動が揃うよね。波瀬も涼木さんも私もふるふると手を振って、牧原くんにフォローを入れた。
「いやぁ、本当ぼく、女の子の会話に慣れてなくってさ。恥ずかしいな……」
牧原くんはアセアセとそんな言い訳をする。
見た目からして陽キャっぽいのに異性に慣れてないとか。
私も一緒だぞ、と一方的に親近感を抱く。テーブルの下でサムズアップ。
と、私の膝を指でチョンチョンしてから耳打ちしてくる波瀬。
「牧原くんって、童貞なのかな?」
ド直球な感想、やめてね。
そして絶対にみんなの前で口にするなよそんなこと。
妙なことを囁いてきた波瀬の額に「うげっ」とデコピンを食らわせていると、
「……ええっと、す、涼木さん? ど、どうしたのいきなり……?」
何故か波瀬から身を離そうと、私の腕を掴んで引っ張ってくる涼木さん。
気になっておそるおそる涼木さんの表情を窺い見れば、
「…………」
「…………」
じとーっとむくれた顔で私に圧をかけてきていた。いや本当になんで。
私は涼木さんにだけ聞こえるように小さな声で尋ねる。
「……涼木さん、なんで怒ってるの?」
「…………しらない」
いやいや、そんなこと言いながら私の腕を引っ張る力がどんどん強くなっているような気がするんですけど、これって私の気のせいですかね……?
気のせいではない気がしたので、私は涼木さんとの距離を詰めて座り直した。
そうすると隣の涼木さんから「ふぬん」と不機嫌だけど情状酌量といったニュアンスを感じ取れるため息の気配がした。お姫様に嫌われずには済んだようだった。




