第43話 ウチがいつ男の子しか狙ってないって言った?
集合場所には、波瀬が一番乗りで到着していた。
例によって新青山駅西口。林檎のモニュメント前。涼木さんはまだ来ていない。
相手陣――男の子たちはすでに指定のお店で待っているらしい。女子メンツで一旦集合してから向かう予定の私たちは、涼木さんの到着を待つことにする。
「いやぁ、それにしても晴れてよかった。絶好の合コン日和だね」
合コンに最適な天気って何だそれ。
けど、実際波瀬が言った通りで見上げた空は晴れ模様。遠く高いほうで鱗雲がぽつぽつとしている程度で、おひさまサンサン日曜日。にくいぐらいにいい天気だ。
「……でも、いざ当日になると緊張するな。私合コンなんて初めてだし、うまく男の子と話せるかどうか」
「大丈夫大丈夫。ウチもついてるし、相手の男の子たちもこういうの慣れてると思うから、きっと悪いようにしないよ。ほら、深呼吸深呼吸。ひっ、ひっ、ふー」
何故にラマーズ法。それは分娩時の呼吸法だ。
「あ、そういえば追加情報。今日は男女三人ずつで合コンやる予定だったんだけど、男の子側の一人が緊急で来れなくなっちゃったみたいでさ」
「へぇ、そうなんだ。別の予定でもできちゃったのかな」
「なんか男の子の弟が通ってる中学校で流行風邪が広がってるみたいで。それのせいかどうかは分からないけど、今朝急に三十八度の熱が出たらしくて」
「三十八度の熱。それは大変だね。……合コン、男二女三になっちゃったけど、男の子側に数合わせで新しく別のメンバーが来ることは?」
「ないね。男二女三で今日は決行。頭数減ってちょっと寂しいけど」
内心、顔を合わせる男の子の数が減って安心している私だ。
今日の私の仕事は涼木さんをガードすること。
現時点で男の子たちのことを「敵」と認識するのはちょっと申し訳ないけど、相対する相手陣の頭数が減ると知ればどうしても安堵せざるを得ないのだ。
緊張が少し解けて、私は心ゆるびに息を吐く。
と、隣の波瀬がやけに真剣な口調で言ってきた。
「……鳴海。なんかあんた、ちょっと気が緩んでるようだけどさ」
「え、なに急に?」
「合コン――そう、これは乙女の恋の争奪戦……。そんな戦場で今みたいな気の抜けた態度でぽけーっとしてれば、ウチがめぼしい子、落としちゃうよ?」
超肉食系な発言で牽制してくる波瀬。
こいつ、どんだけ恋人欲してるんだ。
「いや別に私は今日数合わせで参加してるわけだからさ。波瀬みたいに積極的に男の子に近づこうとも思ってないし、恋愛的な発展も期待してるわけじゃ――」
私はそう言いさすが。
波瀬は私のそんな発言を歯牙にもかけないといった様子で、
「男の子? ウチがいつ、男の子しか狙ってないって言ったのかな?」
「えっ」
波瀬の唐突な衝撃発言に思わず間抜けな声を洩らしてしまう私。
奴は謎に堂々とした態度で言い放った。
「ウチにとって今回の合コンは、四対一。ウチは男の子のことも狙ってるし、隙あらば涼木のことも鳴海のことも落とせないかって画策してるんだからね」
こいつ本当見境無さ過ぎだろ。
そういや波瀬って、肉食系じゃなくて雑食系だった。
そしてここで追加情報。私、波瀬に狙われているらしい。いや本当になんで。
男女の合コンという場で、まさかの女の子同士がくっつくとか。それって、合コンの不文律というかマナーというか、倫理的に大丈夫なことなんだろうか。
私がしらーっとしていると、「それにしても今日の鳴海の服はカワイイねぇ」と早速点数稼ぎに試みる波瀬。すりすり執拗に身体擦りつけてくるの、やめてね。
頭を押さえつけたり手を振り払ったり波瀬の求愛行動を袖にしていると、ちょっと早足で駅構内から出てきて階段を下りてくる女の子の姿。
涼木さんだ。首元には昨日購入した赤黒い宝石、珊瑚がキラリとひかる。
「……えっと、なんで合コン始まる前からふたりはイチャイチャしてるのかな?」
そして何気にちょっと不満そうに私のことをじいーっと見つめてくるのは、騎士になった昨日の今日で、波瀬との距離感が異様に近かったからだろうか。
はい、お姫様。私めはもちろん仕える主人を間違えたわけではありません。
私はすっと波瀬のそばを離れると、護衛すべきお姫様の隣を陣取った。
「涼木さん来たね。それじゃ、お店のほう行こうか。男の子たち待ってるから」
「うん。今日はよろしくね鳴海ちゃん。本町のほうのカフェだよね…………で、波瀬はどうしてさっきからわたしの二の腕にすりすりしてくるのかな?」
あ、そのバカは放っておいてください。
私はもうすでに涼木さんをロックオン中の波瀬を「ぐええ」と引っぺがし、この日最初の騎士としての仕事を達成する。お姫様には指一本とも触れさせませんよ。
「しゅっぱーつ!」と歩き出してから、しばらくして。
涼木さんの隣を歩いていた私は、彼女の首元からふわふわと香った匂いにひくひくと鼻を働かせ。
……あれ、涼木さん、今日は昨日と違う香水つけてる?
そんなことを思った。
気になって、隣を歩く涼木さんに尋ねてみたけど。
「え? いや昨日と一緒の香水なんだけど……」
「あれ、それじゃあ私の鼻がおかしくなったのかな。百合の香りしかしないや」
「あんたもしかして風邪ひいた? 鼻づまり?」とか遠慮なく聞いてくる波瀬にチョップを入れる。




