第42話 朝っぱらからルームメイト②
波瀬は天真爛漫な性格で男の子からの評判が良いと同時に、一部から「たらし」と評されることもあるが、基本的に学内のほとんどから好かれている陽キャ女子。
涼木さんは言わずもがな誰も認めるルックスの良さと、その天使ような清廉潔白なイメージから異性同性恋愛友愛様々な形の思慕を集める学内カースト最上位。
仮に、そんな二人といきなり出かけるって友達に報告されたら、私だって驚く。私は潮尻目線に立って事の発端を説明することにした。
……波瀬と私が同じクラスであることは知っているはずだから、まずは波瀬と涼木さんが同じ委員会に所属していた、という経緯があったところから――。
「……なるほど。鳴海にそんな繋がりがあったとはね。それで、合コンかぁ」
情報共有が済むと、それでも驚きを隠せないのか潮尻は口元を手で覆っている。
「あの、波瀬陽菜と……あの、涼木彩愛さんかぁ……」
「えっと、さっきから波瀬のことぞんさいにフルネームで呼んでるけど、その理由は聞いても良い感じ?」
「ああ、波瀬陽菜は、カスミの推しの魚見くんと仲良さそうにしてるから憎いの」
女の子の嫉妬って怖い。そんなことをさらりと笑顔で言う潮尻も怖い。
潮尻って案外重いタイプなのかも。
そして何気に初出情報。潮尻、魚見推しだった。
昨日の釣りを思い出して、やめたほうがいいと忠告しそうになるのを自制する。推し方は人それぞれだし、何より潮尻は魚見の釣り癖のことを知らない。
「え、私はいいの? 私もその、魚見とは割と仲良くしてるほうだと思うけど」
「鳴海はいいのよ。カスミ的に、魚鳴は今ところ一番熱い校内カップリングだし」
魚見が左で、私が右。
なんで私受け設定なんだ。
「タヌキ顔女子ってえっちなイメージあるから、これはもう完全なる誘い受けね」
おまえも私のことタヌキ顔っていうのか。
……と、そこでなんとなく、点と点が繫がった感覚。
私はもしやと思って、尋ねずにはいられない疑問を潮尻に投げかける。
「潮尻。あんたがさっき私に『ドタキャンして』って言ったのって……」
「そうだよ。魚鳴は絶対だよ。自由恋愛なんて認めないんだから」
カップリングへの愛が重すぎて、スポーツ強豪校並の恋愛への厳しさである。
「一昨日、湖崎先生との件について妙につっかかってきたのって……」
「そうだよ。魚鳴は絶対なんだよ。教師との恋愛なんて許すわけないじゃん」
まさかの伏線回収。
ルームメイトが信じてくれなかったのは、カップリングへの愛ゆえだった。
ほとんどの準備を終えると、午後○時を過ぎていた。
約束の時間は午後三時である。着ていく服も決めたし、化粧もこれからゆっくりしても間に合うだろう。
合コンに行かせたくないと駄々をこねる潮尻をなだめるには、結局「合コンは数合わせでの参加だから」と真実を話すほかなかった。
さよなら、私のマウンティング精神。私が女としてネクストステージに進んだという虚栄は、トドのつまり潮尻からの反感を買うだけで何の得もなかったのだ。
潮尻はあれから、何だかんだ言って私の言い訳が腑に落ちず二度寝に入り。
時間に余裕のある私は、部屋の本棚からお気に入りの小説をとり何度目か分からない再読をしていた。
と。
――にゃあ。
……またどこから侵入してきたのか、ずんぐりむっくりしたブチの猫。
うみゆり寮のマスコットこと、バラだ。
「バラ。どうしたの、また撫でられにきたの?」
話しかけるが、そこで何となくバラの様子がおかしいことに気づいた。いつもなら、いの一番に私の足元に寄りついて、身体をすりすりしてくるはずなのに。
――にゃあにゃあ……。
バラは何故か私に近づきたがらない。仕方ないから私のほうから寄っていくけれど、にゃあにゃあ言葉数多めに鳴いて私から距離を取りたがっている。
――にゃあにゃあにゃあ。
「本当にどうしたの?」
――にゃあにゃあにゃあにゃあ……。
当然だが私は人間だから猫語がわからない。わからないから、コミュニケーション手段として、バラに手を伸ばす以外なかった。
だけど……。
――ふしゃああああっ!
「痛っ!? え、バラ……? あんた私に威嚇なんてしたことなかったのに……」
激しい威嚇と共に、手の甲をひっかかれた。赤い線が肌の上に走る。
バラは爪が刺さった箇所を撫でる私を見つめ、いまだ鳴き声をあげている。
――にゃあにゃあにゃあにゃあにゃあ……。
「な、なに……? バラ、あんた何かあったの……?」
尋ねるが、バラは答えてくれない。お説教のように猫語で何かひとしきり喋った後、ぷいっとベランダから出て行った。
ひくひくと鼻と髭をゆらして、不快そうに私を睨むバラが鮮明に記憶に残った。




