第40話 お姫様の秘密③
どうやら、私涼木さんにいびられていなかったらしい。
涼木さんはもう一度ベンチに着くと、まるでさっきの会話をやり直すかのように咳払いをしてから言い出した。
「それじゃあ、お願いしようかな。鳴海ちゃんが、わたしの騎士様。うん、これで明日は安心だ。わたし、社交界での踊り方も礼儀作法も知らないから」
それは私も知らない。
私だって、これまで男の子と深く付き合ったことなんてないし。
けど当日は、波瀬という名の二刀流の強者もいるわけだから、いざとなったときはそっちにも手を貸すように要請すればいいし。
私がそう考えていると、ふいに涼木さんに両手を掴まれる。
――って、えええっ!? 涼木さん、いきなり何をっ!?
突然の接触に、ぼおっと身体じゅうが熱くなってしまう私。
そんな私と反対に、涼木さんの顔つきは真剣そのものだった。
「騎士様。明日はしっかりわたしを守ってね」
「ま、任されました! 男の子の毒牙にかからないように、誠心誠意お姫様を守らせていただきますっ!」
「うん。本当お願いね。頼りにしてるんだから」
陽キャ女子に頼みにされる元陰キャ女子。
この構図、何かのヤラセかコントなのだろうか。
とは思いつつも、乗りかかった船だ。私はすでにお姫様を守ると決めたのだ。
私は、ふんすとひとり、気合いを入れるための息を吐いた。
もう本格的にお開きだろう、という頃合いになった頃。
「明日もあるし、今日はもう帰ろうか」
今度は私のほうから涼木さんにそう声をかけた。
すると涼木さんは、
「あ、ちょっと待って」
河川敷を下りていって、川近くの小さな草っぱらにしゃがみ込んだ。
何やらいじいじと草むしりをしているようだ。
どうしたんだろう、とは思いつつも、お姫様の無邪気な行動に頬が緩む。
その小さな草原には、菖蒲の花がいくつも咲いていた。明るい紫色の柔らかい花びらが微かな夕風にゆり動かされていて、何だか嘘みたいに綺麗な光景だった。
私も涼木さんを追って草原の中に入ると、お姫様はこちらを振り返った。
私は思わず、ぱちくりと目蓋を瞬かせる。
「涼木さん、それ……」
「えへへ、上手でしょ。小さい頃友達とよく、花を摘んで指輪をつくってたの」
ふにゃりと笑顔になる涼木さん。一歩二歩、と私のほうに近づいてくる。
そんな彼女が、私にはほんの一瞬――本物のドレスを纏ったお姫様に見えた。
キラキラと美しく輝くティアラなんか被って。
年端もいかないのに首元には背伸びしたネックレスなんか着けて。
もう一度まばたきをすると、フィクションの世界から現実へと戻ってくる。
涼木さんは、私の左手をとって、中指に菖蒲の指輪をはめた。
「鳴海ちゃんを、わたしの騎士に任命します。職務をしっかり全うするように」
「ふぇ……は、はいっ! が、がんばりまふっ!」
現実離れしたシチュエーションに、思わず舌を噛んでしまった。
……し、締まらないよ、こんなんじゃ。
って思ったけど、こんな恥ずかしいフィクションめいたゴッコ遊びをもう一度やり通す子供心なんて、高校生の私たちには、もう全然残っていなくて。
私はまた溢れ出す羞恥心にゆり動かされて涼木さんから目を逸らす他なかった。
へにゃり……と力が抜けて、その場に女の子座りをしてしまう。
涼木さんも私に続いて、服の汚れなんて気にせずぺたんとその場に座った。
「ふふ。鳴海ちゃんったら、赤くなっちゃって」
「やめてよ、もう……めっちゃ恥ずかしいんだから……」
「そんなのでへなへなにならないでよ。わたしを守ってくれる強い騎士なんでしょ?」
「涼木さんって、案外S……? この状況で恥ずかしさを覚えるなってほうが難しいと思うんだけど……?」
通過儀礼めいたゴッコ遊びは、存外私に騎士としての責任を与えた。
菖蒲の指輪からはじまった責任は、重く、けれど寄りかかられて不快な思いはない。ないから、余計心配になってしまうのが人情なんだろうけど……まぁ。
まぁ、そんな重荷を背負っても、涼木さんのためなら。
そう思えてしまう自分って、思っていた以上に涼木さんのことが好きなんだなぁと、小さな草原に座り込みながら、まるで他人事のように考えていた。




