第39話 お姫様の秘密②
それから男の子を避けだしたわたしは、女の子の世界で暮らすようになる。
極力男の子と接することがないように。
男の子と接触しなくちゃいけないときはできるだけ友達の女の子を挟んで。
……そういう生活をしてると、不思議だね。
中学二年の頃、わたしは同じ友達グループの女の子に「いいな」って感情が芽生え始めて……そのとき初めて気づいたんだ、わたしって、そっちなんだって。
そっちの気を自覚したちょうどその時期に、アキくんがわたしに告白してきた。
でも、断るほかなかった。
だって、アキくんはわたしにとって「幼馴染み」で「友達」で、どうしても恋愛対象には入らなかったから。
「……これが、男の子に接触すると変に凍りついちゃう理由と、……その、わたしの、女の子が恋愛対象になった経緯。……長々と話しちゃって、ごめん」
語り終えた涼木さんは、申し訳なさそうに俯いた。何も言えない私を下から覗くようにすると「……引いちゃった? 本当ごめん、こんな話」と謝罪を重ねた。
涼木さんの苦々しい表情。
私は咄嗟に、涼木さんにはそんな表情でいてほしくないと強く思った。
何か言わなきゃ、とかけるべき言葉を探す。
なんでもいいから、はやく。
友達を、こんな辛い表情のままにしておくことなんてできない。
そんな思いが頭の中をぐるぐると駆け巡り、駆け巡り――。
ようやく見つかった言葉は、今のこの場面において、あまりにも冷静で、ひどく現実的な矛盾を突きつけるものだった。
「……男の子が苦手なのに、どうして涼木さんは合コンに参加したの?」
言ってから、失敗したと思った。
こういう状況だったらふつう、相手への慰めとかを先に言うのが無難なのに。
涼木さんは小さく頷くと、より神妙な顔つきになって答えてくる。
「……いつまでもこうしてはいらないって思って。男の子と接する度に怯えちゃうような弱い自分が嫌で、変わりたいと思うようになって。中学の頃は完全に男の子を避けてきたけど、こんなんじゃダメだって思って、高校からはクラスでも委員会でもできるだけ同性異性分け隔てなく接するように意識してきて……」
涼木さんはぐしゃっとスカートを掴み、
「今はステップアップの段階なの。学校生活内での男の子との付き合い方にも慣れてきたし、だから今度はもう少し踏み込んだ訓練に挑戦してみようかなって」
「涼木さんの言う、その訓練ってのが、もしかして今回の……」
「そう、合コン。ちょっと背伸びかもだけど、頑張ってみようと思って」
波瀬に誘われたときは本当に迷ったけど、こういう機会ってあんまりないから。
涼木さんは苦笑いしながらそう締め括ると、さわさわと自身の髪に触れた。
くるりんぱアレンジが解かれ「ヘアゴムありがとう」と髪留めと共に返される。
「合コン、頑張ろうね。わたしはその……男の子が恋愛対象に入らないから、恋愛に発展することなんてないんだけど、鳴海ちゃんにはいい人が見つかるといいね」
さぁ明日に備えて今日はもう帰ろう、と涼木さんがベンチから立ち上がる。
両手で軽くスカートをはらうと、彼女は平気そうに歩きだそうとする。
……そんな彼女の背中が、あまりに空元気で支えられているように見えてしまったからか。はやる私の身体が、理性を追い越して勝手に口を動かしてしまう。
「涼木さん、明日の合コン――っ」
私は気づけば、彼女の背中に向かって声を張り上げていた。
途端、かぁっ、と雲間から強い夕光が私たちに向かって差してきて。
涼木さんはそんな劇的なタイミングで、驚いた顔で振り返り、目を瞬かせた。
「……え?」
「明日の合コン、涼木さんがもし男の子に囲まれてピンチになってたりしたら――私が涼木さんを守るから! 絶対絶対、守るから!」
そう宣言すると、思った以上に気が昂ぶっていたのか。
私は、涼木さんの手を両手で掴んで、さらに、
「私、涼木さんが男の子苦手で、でもそれを克服したいって思ってるの、すごくカッコイイと思う! 応援したい! 私も明日全力で協力するから、頑張ろう!」
心がブレーキをする前に、そこまで一気に喋っていた。
頬を赤くさせる羞恥心も、心臓をどくどく鳴らす緊張も、ついには全部全部追い越して思わずそんな行動に出てしまったことに、自分自身が驚くほどだった。
涼木さんは終始呆けた様子で私の言葉を聞いていた。
手を握られたままで、瞳の奥を見つめられたままで。
……そうやって沈黙の時間がずっとずっと続くものだから、一方的な宣言をした私のほうが徐々に理性を取り戻していって。
ついには、羞恥心さえも私に追いついた。
……い、言い訳タイム、スタートっ!
「……え、ええっと! 私なんかが涼木さんみたいな人を完璧に守り抜けるかどうかは結構怪しいと思われることではあるんでしょうけど……あ、でも私これでも、小学校の体育の時間ドッジボールでよく人に狙われたりしてたしデコイにはなれると思うんだよね、うん……いざとなったときに涼木さんを逃がすためのオトリ的な、あ、でもできればお姫様を身を挺して守るような騎士みたいなポジションを恥ずかしながら目指したいと思っているのも本心でして……」
陰キャ特有の早口で、どうにか場が凍りつかないように対処しようとする私。
……嘘だろ、おい。
私、高校に入ってから陰キャを徐々に脱却できてると思ってたのに、涼木さんの前だと内なる暗黒がどうしても表層に現れてしまう。……哀れすぎる、私。
これまた陰キャ特有の一人脳内会議を開いて自虐に耽っていると、
「ふふふ……」
そばで、涼木さんが微かに笑みを浮かべていることに気づいた。
え。もしかして、今私笑われてる?
この陰キャ、見てて痛いなぁって感じで、私今笑われてる?
ちょっと待って。涼木さん、そんな人だと思ってなかったのになんでなんで。泣いちゃうから、ほんと待って。
私が重なる被害妄想で「きゅううう……」とすっかり縮こまっていると。
「そっかぁ……鳴海ちゃんが、わたしの騎士になってくれるのか……」
涼木さんがまるで独り言のようにそう呟くのが聞こえた。




