第37話 王子様が来たよ、隠れて③
「昨日の俺のフラれっぷり? 俺がいつフラれたんだよ?」
「ほら、プール掃除のとき。陽、涼木さんを試合観戦に誘って袖にされただろ?」
涼木さん、というワードが出てきて、私たちは思わず目を合わせる。
気になり過ぎる話題に、私も涼木さんも耳をそばだてた。
「……うるさいな。何が言いたいんだよ、幼馴染みの女子を試合観戦に誘って」
「いやさ、いつも校内の女子にモテモテの陽でも、涼木さんは靡かないんだなーって思ってさ。結構簡単に断ってじゃん、涼木さん。幼馴染みの陽でもあんな簡単にフラれちゃ、青高のマドンナは一体誰の手に落ちるのかなーって」
涼木さんが恥ずかしそうに目を伏せる。
そりゃそうだ。こんな話、本人が聞いていて気まずくないわけがない。
鹿島くんは「あのな」と言ってきた男子に言いさす。
「涼木が誰を好きになろうが、本人の自由だろうが。そんなの、幼馴染みの俺だからって知る問題じゃないだろ。そんなに気になるなら本人に聞けばいい」
「いやぁ、それができないから、幼馴染みで『学内公認カップル』の陽に聞いてんじゃん。幼馴染みなんだから、涼木さんの好きなタイプとか恋愛遍歴とか知ってるんじゃないの?」
……と、鹿島くんが微かに肩を小さくなったように見えた。
テーブルのティーカップに口をつけると、大きくため息をついてから言った。
「……その『学内公認カップル』っての、やめてくれ。あんまり言われてていい気がしないんだ。涼木も、そういうレッテル嫌がってるだろうし」
言われても呆けている男子メンツに対し、鹿島くんはしびれを切らしたように「分かった、もういいよ。全部言うから」と座り直すと、観念したように、
「……俺さ、中学のときに涼木にフラれてるんだよ。もう脈なしなんだ」
それから鹿島くんは、間を埋めるように息を吐く。
「俺と涼木の関係は……そうだな、お互いに友達とは思ってるだろうけど、本当にそれ以上でもそれ以下でもないんだ。嘘はついてないよ」
鹿島くんは、返答を受け何か言い出そうとする男子を制し、
「今回試合に誘ったのも、決して浮ついた真似じゃない。幼馴染み、友達として純粋に見に来て欲しかっただけなんだよ。ここにも、嘘はない」
ただ、と言いながらティーカップも持ち手を指で弾き、
「……ただ、俺はお前らに一つだけ嘘をついたのを謝っておく。……涼木の恋愛遍歴については知らないが、好きなタイプは知っている。どういう人が好きなのか、はプライベートな問題だから具体的に言うつもりはないけど……まぁ、お前らが思っている以上に俺と涼木には距離があり、『学内公認カップル』ってのは周囲が気楽に持ち上げたレッテルに過ぎないんだよ。言いたいことは以上だ」
しん、と彼のテーブルが静まり返るが「何だよ、お前らが知りたがってた情報はこれで全部だぞ夢見んな」とひとり飄々とした様子でいる鹿島くん。
あかん、コレ涼木さん相当気まずい話題なのでは……と思って彼女のほうを見ると、大方の予想通り両手で顔を押さえてぷるぷる震えていた。
わかるよ、恥ずかしいよね自分のそういう話。
私にも暗黒時代という名の黒歴史があるから、わかってあげられるよ。
私は涼木さんに同情を込めた生暖かい視線を送った。
「さぁ、俺は全部話したぞ。今度はお前らが話す番だ。さっきから涼木のこと迂遠に聞きだそうとしてるあたり、この中に涼木のこと好きな奴がいるんだろ?」
お通夜みたいなテーブルが、鹿島くんの明るい声で盛り返される。
「滝本。お前、何か近頃涼木のこと遠巻きでぼーっと見てること多いよな。どうなんだ? ほら、答えろよ」
「うえっ!? ……え、えーっと、あ、オレ、ちょっと腹痛いからトイレに……」
「ああっ!? ずるいぞお前っ!」
逃げ出す男子の肩を掴もうとしたが、失敗した鹿島くん。
白けるなー、と別の男子に標的を移すが。
「……そ、それじゃあ代わりに古林。お前もどうせ涼木のことが――」
「お、オレも一旦トイレに……」
「はぁ!? お前ら揃って根性なしか! 俺だけ赤裸々に語ってバカみたいじゃねぇか! ふざけんな、俺の恥を返せよ!」
それからもぞろぞろとトイレに向かい出す男子たち。
その集団を「逃げんな!」とか「そんなんで好きな相手が振り向くわけねぇだろ!」とか言いながら追いかける鹿島くん。
……そうして、再度しーんと静まり返る男子たちのテーブル。
そこには、不用心にも彼らが注文したものや荷物がそのまま放置されていた。
しめた。今こそお店から逃げ出すチャンスだ。
私は大急ぎでお菓子とチャイティーを片付け、涼木さんに声をかけようとして。
「……まぁ、俺たち男じゃ、どう頑張っても涼木の好きなタイプには該当できないんだけどなぁ」
鈍感系なんちゃらではない私は、トイレに向かう男子の大所帯を後ろから眺めていた鹿島くんが寂しそうにそう呟いたのを耳にしてしまった。
反射的にテーブルの正面を振り向けば、涼木さんが「あっ……」と小さな声を洩らしていた。目と目が合う。涼木さんの真っ赤な顔。
「聞かれてしまった」
「知られてしまった」
「バレてしまった」
涼木さんの顔には、そういった言葉が書いてあるような気がした。




