第36話 王子様が来たよ、隠れて②
通路を挟んだ、私から見た斜向かいのテーブルに着いた鹿島くん一行。
部活帰りなのか、彼らはスポーティでカジュアルな格好でくつろいでいる。
「アキくんがこんな所に来るなんて……完全に油断してた……」
対して涼木さんは、首元に微かに汗を浮かべ、心底焦った様子でいた。
「す、涼木さん……? なんでさっきからそんなに焦ってるの?」
私が尋ねると、涼木さんは肩を縮こませながら声を落として言った。
「わたし、今日遊んでること、アキくんに隠してたでしょ? ……土曜日曜は委員会の仕事で潰れるから、アキくんの練習試合の応援には行けないって」
地域の商工会が主催するイベント設営の手伝いに参加しなくちゃいけない。
そういえばそういう断り文句だったな。
「……あ、あのときはパッとあんな言い訳でごまかしたんだけど、まさかこんなところで痛手を被るなんて」
確かに。
あんな言い訳をして、いざ鹿島くんと顔を合わせてしまえば気まずいだろう。
となれば、早急に退店するなり、バレないよう何か策を弄するほかない。
私が考えていると、ふいに涼木さんが小さく「あ」と呟く。
「伊達眼鏡! 鳴海ちゃんが買った伊達眼鏡! それ、貸してくれないっ?」
なるほど、バレないように変装作戦ときたか。
……けど、伊達眼鏡のレンズには度が入っていないから大した変装にはならない気が。私は若干の不安を抱きつつ、紙袋から伊達眼鏡を取り出す。
いざ、装着。
「…………」
「……どう? ちゃんと変装できてる?」
私は、伊達眼鏡をかけた涼木さんに忖度なしの正直な感想を述べる。
「あの……、その……、すごく……」
「すごく?」
「すごく、カワイイです」
「そんな感想求めてないんだけど……」
ダメだ。涼木さん、カワイ過ぎる。
これだと余計人の目を惹いて、その弾みで鹿島くんにバレてしまいそうだ。
目の前の美少女にメロメロになっていると「もう、しっかりしてよ……」と涙目になる涼木さん。頭を抱える。そんな涼木さんもあわてんぼうで二倍カワイイ。
と、更なるアイデアが閃いたそうで、涼木さんが私の手首を指差す。
「そのヘアゴム、貸してくれないかなっ? 髪を結えば大分印象変わるから!」
なるほど、良い案だ。
髪型はパッと切って整えるだけで相手への印象を大きく変えられるものだ。
私は手首のゴムと、あとは手持ちのポーチに入っていたものを渡す。
涼木さんはいそいそとそれらで髪を纏めた。
「…………」
「……今度はどうかな? 急いで結ったから、あんまり綺麗じゃないけど」
肩あたりまで伸びている髪をくるりんぱアレンジにした涼木さん。
私は、髪を纏めた涼木さんに思ったままの感想を述べた。
「涼木さん」
「なに? もしかしてダメ出し……?」
「涼木さんって、あざとカワイイ系の髪もイケるんだね。……ここのところに、ほら、こういう感じで髪留めとか刺してみると……ね、もっとカワイイ」
「あ、本当だ、かわいい。えへへ、ありがとう………………って、違うでしょ!? 今はかわいくなるのが目的じゃなくて、変装が一番大事なんでしょ!?」
ぷるぷると真っ赤になってこちらを睨んでくる涼木さん(カワイイ)。
涼木さん、案外ポンコツなところがあるのかもしれない。
学年一の才女のありうべき一面に、微笑ましさとギャップと……それと、――あれ、何だろう、この、胸のあたりがきゅう、と勝手に縮こまるような妙な感覚は。
私は突然去来した大きな感情の落差に胸のあたりが詰まったような錯覚に陥る。
この感覚は――そうだ、昨日保健室で涼木さんが合コンにノリ気であることを知った瞬間に抱いたものと似ているような気がする。
私は心のどこかでまた、涼木さんの意外な一面を見て、残念がっている。
……いや、この感情についてもっと直裁に、あけすけに白状してしまえば――
私は――涼木さんに、何か裏切られたような気持ちでいる。
昨日今日と、私は、何故涼木さんに対してこんな感情を抱いているのか?
……考えてみるけど、その感情の正体はやはり掴めない。
いつになっても言語化できない感情が、どくどくと私の心臓をはやらせる。
落ち着け、と自分に言い聞かせるように胸元を擦り、大きく息をつく。
と、下向きになった視線がチャイティーのスパイシーな香りで正面に向く。涼木さんがスプーンでティーをかき混ぜたから、ここまで香り高くなっているのだ。
「変装は一旦諦めよう」と涼木さんはチャイティーを口に運んだ。取り乱した自分を何とか落ち着けようと、涼木さんはティーの液面に呼気を吹き付けた。
ふうふう、と。
カップで顔を隠すかのように両手でカップを持って。
温度が下がっていくにつれて、涼木さんの表情が冷静さを取り戻していくようだった。またその様子を正面から見つめている私も、自然と心が凪いでいった。
「……そうだね。今はそれよりも、鹿島くんたちの意識がこっちに向かないような行動をとろう」
気持ちを切り替え、一旦は、物音や動作で相手に気づかれないように静かにテーブルに着いて。
私は胸を擦りつつ、けれど少しの疲労感を覚えながら背もたれに体重をかけた。
変装もそぞろにふたりでじっとテーブルに着いていると、
「それにしても、昨日のプールでの陽のフラれっぷりは結構な見物だったよな」
鹿島くんたちのテーブルから、一人の男の子がそう言い出すのが聞こえてきた。




