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第32話 難破船と消えた薔薇②

 涼木(すずき)さんの良い匂いにあてられ、猫がマタタビに酔うように、興奮で瞳が炯々(けいけい)と光り出すのを自覚する。私はこれ以上ない攻撃的な作り笑顔で男の人に言った。


「ごめんなさい、うちの()()()()が怖がってるみたいなので。そういうナンパまがいなこと、遠慮してもらってもいいですか?」

「……え? は? か、カノジョ?」


 私の唐突な爆弾発言に、目を白黒させる男。

 もちろん嘘だ。私と涼木(すずき)さんは交際関係にあるわけじゃない。


 けど、これくらいの狼藉(ろうぜき)も許されていいはずだ。

 だってこの男、さっきから私たちにセクハラみたいなことしてくるし。


 私は男が言葉を失っているうちに、次の言葉を口にする。


「そうですよ、()()()()ですよ。私たち、今日はデートしにここに来てるので、お兄さんが挟まる隙なんて無いんですよ。私たち、付き合ってるから」


 涼木(すずき)さんを抱き寄せる仕草をすると、男は鳩が豆鉄砲をくらったように固まる。

 男は、何度か私と涼木(すずき)さんの顔を見比べるようにしていた。私はその隙を突き。


「――涼木(すずき)さん! ほら、逃げるよ! 今がチャンスだから!」

「――う、うんっ!」

「あ、ちょっ、待てって、お前ら!」


 涼木(すずき)さんの手を引っ張って、全力疾走で駆けだした。


 今日の私は逃げ足が速い。叫びつつもまだ呆気にとられた様子で立ち尽くす男は逃した魚が惜しいと思っているようで、私たちのことを睨んでいた。

 

 それから私たちは、駆けて、駆けて、駆けて――。

 ……ここなら大丈夫だろう、と人通りの多いエリアのベンチに腰を下ろした。


「はぁぁぁ……なんとか逃げ切ったぁぁぁ……」


 大きく息をつくと、すうっと肺から色々なものが吐き出されていった。

 気力とか、勇み立った感情とか、百合(リリー)の香りとか、色々たくさん。


 隣でぐったりと体重を預けてくる涼木(すずき)さんに、私は声をかける。


涼木(すずき)さん、もう大丈夫だよ。男の人、いなくなったし」

「……うん、鳴海(なるみ)ちゃんありがとう。……助けてくれて、本当にありがとう」


 言うと、涼木(すずき)さんは身体からふっと力が抜けたようで、そのままの勢いで、ぎゅっと私の身体を抱きしめようにしてきた――って、えええっ!?


 わわわ私、ななななんで今、涼木さんにだだだ抱きつかれ――!?

 てか涼木(すずき)さん、や、柔らかっ! 肌もすべすべで、髪もめっちゃ良い匂いする!


 抱きつかれた反射でオジサンみたいなことを考えてしまう私ができることは、ワタワタと元陰キャらしく(今でも根は陰キャだけど)慌てるのみだった。


「す、涼木(すずき)さんっ!? なんでそんな抱きついてくるのっ!? 男の人はもういなくなったし、波瀬(はせ)も待たせてることだし、早いところ戻ったほうがいいのではっ!?」


 濃厚な百合(リリー)の匂いと涼木(すずき)さんの身体の感触に目をぐるぐるさせていると、まだ落ち着いていないのか、涼木(すずき)さんは私の胸元に顔を押しつけながらに呟いた。


「……ごめん、もう少しだけ休ませて」

「や、休ませてって! はちゃめちゃに密着した、この姿勢でですかっ!?」


 うわ、慌てすぎてなんか言い方がめちゃくちゃキモくなったぞ。


 いやでも、反射的にソウイウこと考えちゃっても仕方がないよ。

 密着してから気づいたけど、涼木(すずき)さん、女の子な部分の発育が中々によろしい。


 ひとり焦りまくっている私と、私の胸の中で震えている涼木(すずき)さん。

 涼木(すずき)さんはまだ浅い呼吸を繰り返しながら、私に言ってくる。


「……少しだけ、少しだけ休んだら、いつものわたしにも戻れるから。もうちょっとだけ、このままでいさせて。わたし、今、本当にダメなの……」


 私も(色んな意味で)ダメになりそうです。

 これ以上涼木(すずき)さんの色香に惑わされたら、私送り狼になれる自信がある。

 いやむしろ自信しかない。そんな不毛な自信、捨て去ってしまいたいです。


「手! 手握るとかじゃダメかな!? 抱きつかれると、私が、その……!」

「……ごめん。今は離れたくないの。この姿勢のまま、休ませて……?」

「あうあうあう……」


 ……けど結局、目の前で疲弊している女の子の頼みを無視できるわけがなく、


「ううう……わかったよ、とりあえず自販機でお水でも買って、落ち着こうか」

「うん、うん……。ごめんね、ありがとう……」


 彼女に胸を貸してしまう私だった。








 ベンチにどかっと本格的に腰を落ち着かせ、彼女を休ませる。私の胸に顔を埋める彼女は、きっと静かに目を伏せているだろう。感じ取れるのは、彼女の冷たい呼気の気配のみ。手元のペットボトルの結露が、彼女のカーディガンを濡らす。


 密着しているから、結露は私の手も濡らした。彼女はまだ小さく震えている。私は彼女を安心させたくて、濡れ手で栗色のカーディガンをぎゅっと掴んだ。


 ……けど、まだ何かが足りない。彼女の震えがすぐに止まることはなかった。


 私と彼女は、知り合ってまだ二日の仲だ。

 昨日たまたまプール掃除で出会って。

 そして今日縁あって一緒にお出かけしているのにすぎないのが、現実(リアル)


 私たちは、たった二日間の関係に過ぎないから。

 ……その不足分が、彼女の震えをとめるのを遅くさせて、私を不安にさせる。


 私たちに足りていないのは、関係値か、親密度か。

 それとも、友好値か、好感度か。


 どの項目がどの程度足りてないのか、今の私にはわからないけれど。


 ……けれど私は、切なさと不甲斐なさを感じながらも、彼女に安心してほしいのはやはり本心で、だからずっとずっと彼女のカーディガンを掴んでいた。

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