第3話 魚見と波瀬②
「ウチ、そもそも陸上やりたくて青高受けたぐらい部活大好きでね。熱意を持って物事に取り組むことって、これからの将来にも役立つことだと思ってて」
青高とは、私たちが通っている高校――青山高校のことだ。高い進学率を誇っているうえに、運動部の活躍は全国、地方大会レベルだったりする。
「文武両道の青高」とは県内でもよく言われているし、つい二ヶ月前、私がここに合格したことを家族に報告すると、その日の晩ご飯にはお赤飯が出てきた。
「青高って陸上の強豪校でね。ウチ、どうしてもここで部活がしたかったの。全国出場レベルの部に入るのってそれだけで刺激だし――」
語る波瀬の隣で、私は素直に感心していた。
目的ややりたいことがあって、またそれが進学とうまく結びつくのは結構難しいことというか、幸運なことだと思う。
学業と部活、あるいは趣味を両立させるのは案外難しい。大抵はそのバランスがどちらか一方に偏ってしまって、うまく身動きが取れなくなるものだ。
青高は進学校として認知されていて、毎年の受験者数も多い。そんな高倍率の中を勝ち抜けるだけ勉学に励んだということは、それだけ受験期の波瀬は「青高の陸上部に入りたい」という熱意を持っていたといえるのではないだろうか。
その熱意とかやる気が、魚見(物臭ヒモ志望)にも伝わってほしい。
そして、私にも波瀬を見習うべきところが色々とあるはずだ。
そんなことを考えながら波瀬に尊敬の眼差しを向けていると。
「……それに、青高って都市部に近いから色んな学校の子と遊べるし」
「え」
「この前まで付き合ってた二つ年上のカレシ、大学受験に集中したいから別れようって言ってきてさ。そんな理由で振るとかマジで甲斐性なさ過ぎだよね」
あれ? 私の尊敬すべき親友、どこいった?
どこぞの男に袖にされたことを愚痴る波瀬に思わずジト目を向ける。
そこで「あれ?」と魚見がきょとんとした顔で首を傾げた。
「波瀬、先月末に同い年の女の子と付き合いだしたって言ってなかったっけ?」
……魚見がなんかとんでもないことを言い出したんだけど。
それに対して波瀬は「あぁ」となんでもなさそうに相槌を打つと、
「その子とは今月の頭には別れてたんだ。その子と別れて、その傷心を癒やすためにくだんの先輩と付き合ったんだけど、そっちともついこの間別れたって感じ」
うわぁ、波瀬、思ってた以上に遊びまくってるぞ。
部活やりたくてこの学校来たんじゃないのか。
「高校はじまって、何人と付き合ったんだっけ?」
「うーんと……、男の子が五人で、女の子が三人」
合計で八人。
高校生活、はじまってまだ二ヶ月しか経ってないんだけど。
「付き合う相手、男の子でも女の子でもいいんだ?」
「まぁウチ、雑食だし」
雑食て。食う気満々で付き合ってんのか。そういうのって、もっと色々と段階踏んでからじゃないの?
魚見をたたき直すはずが、気づけば波瀬の恋愛トークにすりかわっている。
どこで間違ったのかと問われれば、きっと新学期の友達作りからなのだろう。
魚見に、波瀬、そして私――鳴海愛結。……このメンバーがなんと驚くべきことに、クラス内で一番の注目を浴びるカースト上位勢だったりする。
暗黒時代、教室の隅っこのジメジメしたところに棲息していた私は、外見に気を遣ったり笑顔を作る練習をしたりと色々頑張って高校デビューを果たした。
そして現在、華やか女子グループに身を置くことができ、放課後や休日が委員会で忙しい傍ら、カワイイ女の子たちと割と楽しい日常を過ごしている。
……けど、そんなキラキラした女子たちと仲良くなってから、一ヶ月半が過ぎ。
近頃になって、私はジワジワと気づきつつあることがある。
顔ばかり良くて将来ヒモ志望としての進路を固めつつある怠け者、魚見明香。
顔ばかり良くてめちゃくちゃ奔放に遊びまくっている二刀流の兵、波瀬陽菜。
……私、高校デビューして薔薇色の高校生活を送るつもりだったのに、どういうわけか陽キャの皮をかぶった残念系美少女たちに囲まれていないか。
そんな悩みというか気づきに、私は高校生活が始まって早々煩悶としていた。




