第29話 恋人いない歴=年齢①
駅ビル内のフードコート。
お昼どきなのに客入りはそこそこで、私たちは座る場所に困ることはなかった。
波瀬はハンバーガーを頼み、お昼を済ませていた私と涼木さんはソフトクリームを食べていた。私がバニラで、涼木さんが抹茶。夏日の今日には最高の甘味だ。
「エッチだ……」
ナイフで切り開いた肉厚なハンバーガーをうっとりと見つめ、波瀬が言う。
チーズの香しい匂いに、みずみずしい野菜。「俺らのこと忘れてんじゃねぇぞ」とばかりに間から存在感を示すピクルス、ケチャップソース、ハニーマスタード。
見ているだけでよだれが零れそうになるのは、確かに共感できる。
……けど、食べ物を見て「エッチ」だとか形容するの、どうにかならないかな。
私は、ウキウキな様子でハンバーガーを平らげていく波瀬に視線を向ける。
「ちょっと波瀬、ソースで口汚れてるよ。そんなおっきな口で齧りつくから口の周りベトベトになるんじゃん。拭いてあげるから、こっち向いて」
ナプキンを用意すると、波瀬は「んっ」とこちら側に顔を寄せてくる。
丁寧に拭ってあげると「ママー」と甘えてくる。はいはい。
波瀬を軽くあしらうと、今度は彼女の手元に目がいく。
「あーもう、波瀬ったら……。手もケチャップでベチャベチャだし……。あんたは本当世話が焼けるんだから……」
ポテトを咀嚼中の波瀬の手を甲斐甲斐しく拭ってやる。もちろん両手とも。
それから彼女の髪がソースで汚れてしまわぬよう、耳に触覚をかけてやる。
「鳴海ママー」
「なに?」
これだけの介護だ。ママ呼びされても、もう何も言うまい。
「喉渇いた。コーラ飲ませて」
「はいはい」
ストローを口の前に差し出せば、でっかい赤ん坊がかぷっとそれを口に含む。
ゴクゴク、プハー。……続けざまに遠慮なくゲップするの、やめてね。
波瀬のママになっていると、ふと前方からじとーっとした視線を感じた。
その正体は、何故だか白い目になってソフトクリームを舐めている涼木さんだ。
涼木さんはしらーっとしたまま、私と波瀬の間で視線を往復させ、
「……ふたりって、いつもそういうベタベタな感じなの?」
唇を尖らせながら言ってきた。
なんかベタベタって言い方が妙に引っかかるぞ。
私は涼木さんに弁明する。
「ベタベタなんてしてないよ。私と波瀬は……そう、いうなれば親鳥と子鳥みたいな感じで、お世話しなきゃダメダメな波瀬を仕方なくみてあげてるだけで」
「ふーん?」
不満げ、と形容しても間違いではないだろう、涼木さんの表情。
……あれ、昨日の今日で結構仲よくなれたと思ってたのに。
私はアセアセと言い訳を探すが、こんなときこそ私の言語野は働いてくれない。
助けてぇ、と隣に座る波瀬に救助要請(目配せ)を送るが。
「……うまぁ。このハンバーガー、本当うますぎ……うまうま……」
ハンバーガーに釘付けになって、私の今の危機的状況を察してすらいない波瀬。
うわ、こいつ使えない。
私は少々強引だとは思いつつも、別の話題へ論点をずらすことにした。
「……そ、それで、今日は何目的で私を誘ってきたんだっけ?」
肩を叩きながら尋ねると、ようやくハンバーガーの呪縛から解放された波瀬が答えてくれた。助かった。
「今日はね、明日の合コンに備えた、涼木の最終準備なんだよ」
……涼木さんの最終準備? どういうこと?
私がちらりと目を向けると、さっきまでの態度とは打って変わって、涼木さんはその白くて細い首を撫でながらちょっとしおらしくなって答えてくれる。




