第28話 おいそこ代われ
魚見から逃げた際に入った喫茶店でアイスココア(めちゃくちゃおいしかった)を堪能し、その後も一人で駅界隈の遊びスポットの調査をして時間を潰す。
そして、約束の午後一時。
駅西口。そこには、巨大な林檎のモニュメントが設置されている。
歩いていくと、モニュメントの前にもうすでに涼木さんと波瀬が到着していた。
時間通りではあるのだけど、私はちょっと早足で二人のもとへ駆け寄った。
「ごめん、もしかして待たせちゃった?」
二人にそう声をかけると、二人はそれぞれ個性溢れる返答をしてくれる。
「全然。昨日の今日で、急遽誘っちゃってごめんね」と言ったのが涼木さん。
「遅い。時間通りとはいえ、この波瀬様を待たせるとは。この対価、貴様はいかにして払うつもりか」と偉そうにふんぞり返っているのが波瀬。
この波瀬様って、私はあんたより低い身分になった覚えなんてないのだが。
そんなボケをかましながらも容姿にもコーデにも隙がない波瀬である。涼木さんと二人並んでいる様子はまさに絶景といえた。美少女×2の、絶景。
涼木さんは濃い青色のスカートに白のTシャツを合わせて、薄い栗色のカーディガンを羽織っている。
波瀬は黒のフレアスカートに、ベージュのノースリーブ。後は淡いクリーム色のキャップで調整。「脇の処理だるかったぁ」とか大っぴらに言うの、やめてね。
私が波瀬にしらーっとしていると、ふと涼木さんが近寄ってきて微笑む。
「鳴海ちゃんのスカートかわいい。ブルーのプリーツ、大人っぽくていいね」
「え、本当? 涼木さんに褒められるなんて、色々悩んだの報われるなぁ」
「うん、短くなった髪と相まってすごく可愛い。髪はどこで切ったの?」
「えっとね、『ばーど・けーじ』って美容室なんだけど――」
行きつけの美容室を紹介する。お客さんの髪を異様に染めたがる危険美容スタッフについて注意喚起すると、今度は私のファッションについて話が移る。
私の今日のファッションは、青のロングスカートに英字のロゴT。「prawn」という文字が胸の左側に躍る。その上にTシャツよりもベーシックな白のブルゾン。
「どこで買ったの?」
「新町のほうにある古着屋さんだよ。おしゃれはしたいけど、ブランドものにはなかなか手が出せないし」
「偉いね。それじゃあ、実際にお店に行って服買うタイプなの?」
「そうだよ。やっぱり実物に触れてみてから、買う買わないは考えたいかな」
ふーん、と涼木さんが頷くと、動作に合わせてふわりと良い匂いがする。
上品でフローラルな、そんな香水の匂い。
私が匂いにほわんほわんしていると、それに気づいた涼木さんが眉を下げた。
「もしかしてわたしの匂い、キツい? そんなにつけた覚えないんだけど……」
ううん、違うの涼木さん。
私はただ、涼木さんの良い匂いにあてられて少し酔っぱらってるだけだから。
猫がマタタビに酔うように半ば恍惚としていると、波瀬が割り込んでくる。
「うわ本当だ、めっちゃいい匂い。これは……薔薇の香水?」
「トップが百合でミドルが薔薇。それで、ベースにもう一度百合が調合されてる少し変わった香水で……って、ちょっと波瀬嗅ぎすぎ。もう少し遠慮してよ……」
「へぇ、ベースに百合って変わってる。ふむ、これはなかなか珍しい匂い……」
すんすんすんすん、と何だか危ない目をして涼木さんの首に鼻を近づける波瀬。
おいそこ代われ、私にも涼木さんの首筋嗅がせてくれ。後生だ。
……とは思っていても、なかなか本心を口にできないのが陰キャ出身の私だ。
自分の思いのままに行動できる波瀬に、少しの嫉妬。いじけ半分、妬け半分。
私は女々しいと自覚しながらも、うじうじ二人の仲睦まじい様子を見つめる。
と、そこで突如間の抜けたことにぐう、と聞こえてくる誰かのお腹の音。
さっきまで鼻を鳴らしていた波瀬が、今度は空腹に音を上げたようだった。
「……お腹空いた。ウチまだお昼食べてないんだけど。二人はもう食べた感じ?」
「わたしは食べてきたけど。鳴海ちゃんは?」
「……私も食べたけど、波瀬のおひる優先しようか。駅ビルのフードコートがリニューアルしたみたいだし、そこだとご飯も軽いものも同じエリアで食べれるし」
私が提案すると、二人は「いいね」と賛成してくれた。
ちなみにリニューアルしたのを知っているのは、ついさっきまで駅界隈を散歩していたおかげだ。ハンバーガーショップが新しく入っていたのを覚えている。
「しゅっぱーつ!」と歩き出すと、私はぴたりと涼木さんのすぐ隣を陣取る。
……よし、これで心置きなく涼木さんの首筋の匂いが嗅げるぞ。




