第27話 釣られた魚②
「あたしは見ての通り、絶賛釣り中なんだけど」
釣り? あんた釣り竿はおろか、それらしい釣り具一切手持ちに無いけど。
それともこの界隈には、私が知らないだけで、知る人ぞ知る幻の釣りスポットでも存在するのだろうか? あるんだとしたら、ぜひ私も行ってみたいものだ。
私が期待の視線を向けると、魚見はにこやかに答えてくれる。
「休日の駅近くの通りには、カワイイ女の子がふらふらしてるからね。昼間と夕方が狙いどきなんだ。暇してる大学生とか独り身のお姉さんとか割と歩いてるし」
こいつ、高校生の分際で真っ昼間からナニしてんだ。
狙い目の時間帯やらターゲットの類型をきちんと把握しているあたり、かなり手慣れた様子である。
魚見が以前から言っていた「釣り」とは、「ナンパ」の隠語だった。
「しかもあんた今、『大学生』とか『独り身のお姉さん』とか言わなかった?」
「言ったよ。モラトリアム期間にある大学生ってハメ外したい人が多いから、ちょろっと声かけてサクッと誘えば、ヒョイって釣れちゃうの。独り身のお姉さんは寂しくしてる人が多いからか、声かけると結構嬉しそうに応えてくれるし」
あんたはプロのナンパ師か何かなのか。
いやまぁ、顔が良いあんたからしたら簡単に釣れちゃうもんなんだろうけどさ。
「それで、あたしが誘う人は大抵あたしより年上なわけで、ご飯屋さんとか屋台に連れて行ってもらって色々奢ってもらうの。『高校生に払わせるわけにはいかない』ってみんな言ってくれるし、そう言ってくれるなら断る理由もないし」
魚見、学校外においてもヒモの才能を遺憾なく発揮してやがる。
いやあんた、本当いつか女の子に刺されるって。
私がしらっーっとしていると、魚見がちょっと焦った様子で弁明してくる。
「誤解しないで! あたし確かにナンパが趣味なわけだけど、人妻とかすでに恋人いる子とかに手を出したことは一度もないから! そこまで節操なくないから!」
そういう問題じゃないのよ。
「それに、ホテルとかに連れ込んだこともないし! カワイイ女の子にふらっと声をかけて、近くのカフェに誘って、ちょっとお話するのが好きなだけで!」
なんて変わった趣味なんだ。
それに「釣り」が隠語のあたり、その「お話」にも別の意味がありそうで怖い。
……ということは、その「釣り」で得る「魚」のほうにも、何か別の意味が隠されているのではないか? 隠喩――ただし魚見の場合、主に卑猥な意味合いで。
うわぁ……。
私はカスタードがはみ出た鯛焼きを持ったまま、魚見から地味に距離を取る。
それから私は脳内コマンドから「にげる」を選択し、本格的に距離を離った。
「待って待って、鳴海なんで逃げるのぉ! だから誤解なんだってぇ――!」
そんなふうに若干涙目で弁明しながら追いかけてくる魚見。
全速力で商店街を駆け、カーブで差をつけて魚見を離す私。
距離が取れたことを確認して、目に入ったすぐ近くの喫茶店に逃げ込む。
瞬足履いてないけど、今日の私は逃げ足が速い。
なんせ、鯛焼きの尻尾から齧り付いた私だから。
うまくにげきれた!




