第25話 ルームメイトが猫々しい②
そうやって私は半ばやっつけ作業のようにバラの機嫌をとっていると。
ふいに、後方からクイクイと袖を引かれる。なんだ、とそちらを振り返る。
「……にゃあ」
……なぜか拗ねた様子で、私に擦りついてくるやけにでっかい猫がいた。
もっと具体的にいえば、両手を丸めて猫の手をつくり、甘えたような声でにゃあにゃあ猫語で話しかけてくる潮尻だ。いや、何してんのこの子マジで……。
「潮尻? なんで急に猫のマネ……?」
「にゃあ」
「いや、にゃあとか言われても。大体からして何で猫語なの?」
「にゃあにゃあ」
高校一年生女子が、猫の真似事。あんた人としてのプライドとかないのか。
潮尻猫は、私が手を置いているバラのおなかをじっと睨む。そして、「その手を退けろ」とばかりにビシッビシッと猫パンチを繰り返す。
「にゃあ!」
「……えっと、もしかしてバラばかり構ってるのが気に入らない、みたいな?」
「にゃあにゃあ!」
「それに加えて、バラのおなかを撫でてるのも気に入らない、みたいな……?」
「にゃあにゃあにゃあ!」
私が何とか汲み取ると、ぶんぶんと大きく首を縦に振る潮尻猫。いい加減人間語で会話できないのかな、このでっかい猫。
「……えぇっと、なんだろ。じゃあ、潮尻のこと撫でてあげればいいのかな?」
「にゃあにゃあ!」
言うと、またしてもぶんぶんと首肯する潮尻猫。
私は大きくため息をついた。……しょうがないので、バラと潮尻猫の、両方を撫でてやるとする。
「頭? それとも顎? どこを撫でてあげれば……」
……そんなふうに尋ねた私がバカだった。
その言葉を聞いて、直に触れて欲しかったのか、上着をめくってお腹を出そうとしてくる潮尻猫を慌てて止める。落ち着け、脱ぐな。このかまってちゃんが。
潮尻猫を私の傍らに誘って、バラと同じようになでなでしてあげる。
左手にバラ。右手に潮尻猫。二匹のおなかに手を置いて、優しく触れる。
私に撫でられながら目を細めるマイペースなバラと。
そんなバラに謎の対抗意識を燃やす嫉妬深い潮尻猫。
二匹の猫に視線を向けながら、私はふと思う。
……多頭飼いって、こんなにもお世話が大変なのか、と。
猫二匹のお世話が済んだ頃、波瀬からこんな連絡があった。
『明日さ、ウチと涼木で日曜の合コンに備えてちょっとした買い物に出かけようって話してたんだけど、鳴海も来る?』
私は思わず被せ気味に返答する。
「え、行きたい。私、涼木さんと遊んだことないし」
『……ウチ薄々気づいてたんだけど、あんた何気に涼木ファンだよね? どんだけ涼木のこと好きなの』
だって涼木さんカワイイだもん。
声も容姿も性格もぜんぶ。
『涼木だけじゃなくて、ウチのこともカワイイって言ってくれていいんだよ?』
「……あーっと、えっと、うん。はせ、うちゅういち、かわいいよ」
『ひどっ。めっちゃ棒読みじゃん』
スマホのスピーカーの向こう側で、ケラケラと笑う波瀬の声がする。
しばらく笑い声が続いた後で、波瀬はしっとりと語るようにして言った。
『……酷いなぁ。ウチは鳴海のこと、ちゃんとカワイイなって思ってるのに』
それから、もうこの通話は終わりとばかりに、明日の詳細で締め括る。
『時間は午後一時。待合場所は新青山駅の西口ね』
了解、と私は頷いた。




