第24話 ルームメイトが猫々しい①
うみゆり寮まで帰ってくる。
部屋のドアを開けると、一度帰ったときにはなかった潮尻の姿があった。潮尻は緑化委員会に所属しているから、放課後はそっちに顔を出していたんだろう。
「ただいま、潮尻」
「おかえり、鳴海……って、どうしたの、その髪」
挨拶するなり、驚いた様子で私の短くなった髪を見つめる潮尻だ。
「暑くなってきたし、サッパリしたいなって。それに長いと洗うのも面倒だし」
言うと、潮尻はなぜか急に訳知り顔になって、私の手を優しく包み込むように握ってくる。な、なに……?
「……鳴海。そっか、湖崎先生とは別れたんだね。だから、もう吹っ切れて、髪を切ってきたんだね」
昨日に引き続きあらぬ誤解を受けている。
私は思わずしらーっとした視線を潮尻に向ける。
失恋したから、破局したから、髪を切る。安直な連想だ。
そんな連想をぶつけられても困る。だって私は失恋などしていない。
潮尻は、まるで友達の傷心を労るように正面から抱きしめてくる。暑苦しい。
「正直鳴海が不純な恋愛から立ち直ってくれて嬉しいけど……今はそれよりも破局を慰めてあげないとね」と不要な優しさを与えられる私だ。
「こういうのって、自分が思ってる以上に心への負担が大きいから、今日はゆっくりお風呂に入って早く休むんだよ」
だから湖崎先生とはソウイウ関係じゃないんだってば。
付き合ってなどいないし、だから当然傷心になんてなっていない。
そう潮尻にくどくど説明するけど――。
「うんうん。後悔ばかり先走って、どうしても無くしたい記憶とかあるもんね」
こいつ全然話通じねぇ。
そしてしれっと「無くしたい記憶」認定されている、湖崎先生との交際。先生に失礼じゃないか、それ。先生との交際って、末代までの恥か何かなのか。
不要な優しさが籠もる潮尻のなでなでを受け止めつつ、さてどうやって誤解を解こうかと思案していると。
――にゃあ。
開け放たれたベランダから部屋の中にぴょこりと入ってくる黒と白のブチ。
そいつは、我が物顔でしばし室内を歩き回ると、私の足元へ寄りついてくる。
「……バラちゃん。また太ったね」
「そうだね。こいつ、どれだけ寮生に甘やかされてるんだろう……」
そのブチの猫の名前は、「バラ」という。
この寮に棲み着いている野良猫で、たまにこうして各寮室のベランダをつたって室内に忍び込んでくる。いうなれば、この寮のマスコット的な存在だ。
ずんぐりむっくりしたそのからだの構成要素は、主に寮生が簡単に与えてしまうごはんである。こいつが「にゃあ」と一声鳴けば、「可愛い可愛い」とメロメロ状態の寮生たちが三つも四つもごはんやらおかしやらを与えてしまう。
もともとはその肥満体型が「バラ」という名前の由来だ。一番最初に、寮生の誰かがそいつのプヨプヨお腹を触って「豚バラみたい」と言い出したのはじまり。
そこからいつしか「豚バラ」から「豚」が取れて、残ったのが「バラ」。
「豚」と呼ばれてないだけ、こいつも幸せだろう。
――にゃあ。
「バラちゃん、どうしたのかにゃ? またお腹空かせてるのかにゃ?」
すりすりと私の脚にからだを擦りつけてくるバラに、潮尻が猫語で話しかける。撫でてやろうと思ったのだろう、潮尻はバラの頭に手を伸ばした。
が。
――フシャー!
威嚇。
「ひっ」と潮尻が手を引っ込めると、バラはまた甘い声で鳴いて私にすり寄ってきた。私が同様に手を伸ばしてもバラは警戒せず、大人しく撫でられるのだが。
「……鳴海って本当バラに好かれてるよね。なんでカスミばっかり嫌われてるんだろう?」
若干悲しそうな顔をする潮尻。
それについては、私もよくわからない。他の寮生ほど甘やかして餌をやってるわけでもないし、頻繁に撫でてやったりしているわけでもないんだけど。
「さあ。なんか、この寮に来た頃から妙に懐いてるんだよね」
「ふーん」と潮尻はちょっと不満げに私とバラを見つめる。
けれどバラはそんな潮尻なんてお構いなし。すりすりと私に頬擦りしてくる。
――にゃあ。
「鳴いてもダメ。あんたいっつも他の子から餌貰ってるんだから、あげないよ」
――にゃあにゃあ。
「そんなに甘えてきても、あげません。代わりに撫でてはあげるけど」
――にゃあにゃあにゃあ。
「おいこら、そんな簡単におなか見せちゃダメでしょ。あんた猫としてのプライドとかないのか」
わっしわっしと柔らかいお腹を撫でてやると、バラは気持ちよさそうに鳴いた。
顎あたりも触ってやるとゴロゴロと喉を鳴らした。ご機嫌そうで何より。
 




