第23話 午後七時、美容室にて②
「翡翠チャン、合コンで上手く立ち回るコツ教えてよ。経験豊富なんでしょ」
カットが始まってしばらく時間が経ってから。
私は短くなっていく髪を見ながら、ふと翡翠チャンにそんなことを聞いた。翡翠チャンは鋏を操りながら、うたうようにして言った
「よく笑うこと。適度な下ネタ。自分を安売りしないこと、だからといってお高くとまらないこと。これが人の言う、愛嬌ってやつの正体なのだ。つまりはモテる」
店内には、私以外のお客さんはみえない。ちらりと視線を走らせると従業員も今はバックに戻っているらしく、やはり翡翠チャン以外誰もみえない。私と翡翠チャンのふたりだけで夜中の美容室を貸し切っているような不思議な気分だ。
「でもね、本当はそんなことする必要なんてないの」
断たれた髪がするりと床に落ちていく。
てるてる坊主みたいな格好している私の後ろで、翡翠チャンは手慣れた動作で鋏を踊らせていた。鏡越しに見つめるけど、視線が合うことはない。
そんなことする必要なんてない? どうして?
私は首を傾げた。頭動かさないで、と鋏を扱う翡翠チャンが困ったように笑う。
「おかしいよ。それだとさっき言ったことと真逆じゃん」
笑顔を絶やさないこと。蒲魚ぶらないこと。自分を適正価格で売り出すこと。
そうすればモテるって今さっき言ったばかりなのに、どうして?
「真逆だけどさ。でもそうやってモテようとしたって、しょうがないのよ」
「しょうがないって?」
翡翠チャンは、私の髪に目を向けたままで言う。
「……気になる人とそれなりに距離が近くなって、何度か遊びに出かけたりとかして、そしていつかどちらかが交際を申し出て、それでじゃあ付き合いましょうかって話になるじゃない?」
なるんだ……。恋人いない歴=年齢の私には、ちょっと現実感のない話だ。
前提の話でつまずく恋愛初心者の私。哀れだ。
「いざ付き合ってみてから、相手になんか違うなってガッカリされるのって結構辛いことなんだよ。着飾った綺麗なままの自分との交際を申し出た相手側からしたらさ、交際スタートして距離が近くなるたびに剥がれていくメッキを眺めていて許せるはずがないんだよ。こんなはずじゃなかった、こんな人だとは思わなかったって言い訳して、自分の目の前から突然いなくなっちゃうの。今回は失敗したから、次は別のもっと綺麗なものを探しに行こうって、ふらっといなくなっちゃうの」
そうなるくらいなら始めから着飾る必要なんてない、と翡翠チャンは言う。
またするりと断たれた髪が落ちる。髪の毛たちは私が座るチェアの下にするりするりと落ちていって、広がって、黒い海をつくる。
笑顔を絶やさないこと。蒲魚ぶらないこと。自分を適正価格で売り出すこと。
けどそんなことしたって、その場でモテたって、長くは続かないから空しい。
空しいならそんなことしないほうがいい。空しさは心に疲れを連れてくるから。
翡翠チャンは最後に、まるで私を慈しむような声音で言った。
「モテようとして人前で着飾る必要なんてないの。だって、相手には素の自分を好きになってもらいたいでしょ?」
……ところで。
なんとなく話がセンチメンタルな方向に流れてしまったが、結局のところ、上手く合コンで立ち回るための具体的なコツを一つだって教えてもらっていない。
会計時、レジに立った翡翠チャンにそれとなく再度質問してみると。
「初めての合コンでなに成功しようとしてんのよ。初心者なら初心者らしく、しっかり失敗してきなさい」
苦労は買ってでもしろってか。合コンって初心者に全然優しくないんですね。
私が不機嫌になっていると、今度はフォローするように翡翠チャンが言った。
「大丈夫だって、鳴海ちゃんなら。鳴海ちゃん、男ウケいいカワイイ顔してるから絶対大丈夫だって。その庇護欲誘うタヌキ顔でみんな骨抜きにしちゃいなよ」
……翡翠チャン、あなたも私のことタヌキ顔って言うんですか。




