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第22話 午後七時、美容室にて①

「――それで結局、合コン参加することになったんだ。それじゃあ、いっそのこと気合い入れてバチバチに髪染めちゃおっか?」

「いや、いいです。確かにうちの高校は頭髪等の校則緩いけど、やめときます」


 午後七時。

 プール掃除を途中で抜けてきた私は、一旦寮に帰って着替え、予定通り行きつけの美容室「ばーど・けーじ」に来ていた。


「そっかー、ざんねーん」と笑うのは、ヘアスタイリストの海野翡翠(うみのひすい)チャン。

 胸元の手書きの名札には、緑色の可愛らしい丸文字で「ひすい」とある。


 彼女には、何かと理由をつけて髪を染めたがるという厄介な気質があったりする。私が陰キャ脱却の際に初めてここを訪れた初春、危うくバチバチのショッキングピンクに染められそうになったことがある。ちょっぴり危険人物だ。


 今は、髪の状態について話した後の、ここ最近私周辺で起きた出来事トーク。


「六月に入ったけど、学校は楽しい?」


 そんな翡翠(ひすい)チャンの質問が皮切りで、私は昨日今日と持ち上がっている合コンの件について話したのだ。


「でも、合コンかぁ。となれば、第一印象が肝心になってくるね」

「第一印象……やっぱり、外見ですか」


 結局世の中顔か。

 私が斜に構えていじけていると、翡翠(ひすい)チャンは優しく語りかけてくる。


「そうね。だからこそ、髪型は大事なんだよ。『髪型』は、『外見』を構成する大きな要素といえるし」


 それからちょっといらずらっぽく笑って、こう付け加える。


「パッと切って整えるだけで相手への印象を大きく変えられるの。それってなんか、手っ取り早くて、まるで魔法みたいで素敵でしょ?」


 髪型は魔法。とすれば、それを操る美容師は魔法使いといったところか。

 髪は女の子の命っていうし、美容師はつまり命に魔法をかけるお仕事をしていることになるのか。素敵なお仕事だなって思う。


 私がそんなことを一人で考えてふわふわ笑っていると、翡翠(ひすい)チャンがやけに張り切った様子で言ってくる。


「だからこれを機に、挑戦したことない髪型とか、挑戦したことない髪染めとか、あとは挑戦したことない髪染めとかにトライしてみるのはどうかな!」


「大事なことだから二回言った」ばりに、髪染めを推してくる翡翠(ひすい)チャン。

 いやあんた、どんだけ人の髪染めたいんだ。


「だから染めないってば。髪染めのおはなしは、これでおしまい」


 ぴしゃりと言うと、翡翠(ひすい)チャンは「えー」と残念そうにする。


「せっかくの合コンデビューでしょ? 男性陣に良く見られたくないの?」

「それが私、埋め合わせの参加だから、そこまで気合い入ってないっていうか」


 私がそう口にすると、頷きながら聞いていた翡翠(ひすい)チャンがこう返してくる。


「そっか。あるあるだね、合コンの埋め合わせ。だけど、あからさまにノリ気じゃない態度で男の子と顔合わせるのも失礼だよ? 相手はもしかしたら真剣に恋人を求めているかもしれない。たかが、恋人探しの場。だけどそんな相手の気持ちをぞんざいな態度で迎えるのは、人としてどうなのって翡翠(ひすい)チャンは思うのだ」


 ……確かに。埋め合わせとはいえ、そんな半端な態度で臨むのは違うよね。

 それでもし相手に失礼を働いたりしたら、絶対に場の空気が悪くなる。そんな面倒な事態になんてしたくない。


 やはり翡翠(ひすい)チャンは年上なだけあって、落ち着いた大人な視点を持っている。

 ちょっぴり見直して、正面の鏡に映っている翡翠(ひすい)チャンを見つめていると。


「まぁ? 学生時代に何百回と合コンしてきた翡翠(ひすい)チャンからのアドバイスよ」


 翡翠(ひすい)チャン、波瀬(はせ)と同じ遊び人タイプだった。全然落ち着いてない。

 そして、しれっとこんなアドバイスなんかも飛んでくる。


「相手が男の子なら、ナチュラルなメイクと肌が見えるような服のチョイス。女の子なら、香水とかネイルとかルージュ、さりげなく容姿に気を遣っていることをアピールできると好印象なのだ」


 やたらと合コン事情に詳しい。

 しかも、男の子と女の子という括りで分けた丁寧なアドバイスだ。


 私は思わず聞き入ってしまった。なるほど、と頭の中にメモしておく。

 ……が、そこでふと湧き出す違和感。


 相手が男の子なら、ナチュラルなメイクと肌が見えるような服のチョイス。

 相手が女の子なら、化粧等でさりげなく容姿に気を遣っていることをアピール。


 ……相手が、女の子なら?


「今翡翠(ひすい)チャン、相手が女の子ならって……」


 私が言うと、翡翠(ひすい)チャンはにこぉ、と笑みを深くする。


「あらやだ、翡翠(ひすい)チャンったら失言」

「失言というか、なんで女の子同士の合コン事情に詳しいの……?」

「いやそりゃあ、参加した経験があるからよ」


 一体どういった経緯で?

 私は目で問うが、翡翠(ひすい)チャンは「内緒」と艶やかに微笑むのみ。

 ならば直接言葉にして聞くしかないだろう。私は口を開く。


「それで、一体どういった経緯でそういう場所に――」

「さぁ、翡翠(ひすい)チャンには次の予約もあるのだ。そろそろカットに入るよ~」


 絶対わざとなんだろうけど、そっち系の話は無視された。ひどい。

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