第13話 プール掃除(second season)①
「おーし、お前ら! さっさと掃除終わらせて帰るぞー!」
ホースとワイドブラシを掴んでいる湖崎先生がそう声を張る。「先生にはまだ片付けなくちゃいけない仕事が大量にあるからな! 先生が残業しないようにお前らも頑張ってくれ!」と情けない張り切り文句だ。
屋外プールに集まった掃除班は、先生を入れて十一名。現在絶賛ストライキ中の水泳部の姿はやはり一人とてなかった。
お手伝い要員として呼ばれた生徒の内訳は、男女それぞれ五名ずつ。顔見知りでもいるかなと思って、ふとメンバーを確認してみたところ……。
「……なんで波瀬がここにいるの? 波瀬って、基本的に放課後部活と委員会で忙しいんじゃなかったっけ?」
プールサイドに立つ波瀬の隣でそう言うと、波瀬は肩をすくめた。
「いやぁ、ウチ、湖崎先生に頼まれたら断れないんだよね。顧問してる部にストライキされたらしいじゃん? それで必死にお願いされたら、断れないよね」
「ウチってボランティア委員じゃん? その繋がりで頼まれてさ」と波瀬は笑う。
なるほど。湖崎先生って、顧問してる委員会でも人徳を得てないわけだから、てっきりすでに波瀬にも袖にされているのではと思っていたのだけど。
掃除に着手しながら、あんな大人げない頼み方をする湖崎先生のお願いを了承する波瀬って結構良いやつなのかもしれない、と思わず見直す。
と、そのとき、私のもう一方の隣側に並んでくる人の気配。
反射的にそちらに顔を向けると……私の身体が、無意識的にフリーズした。
相対して、思わず「うえっ」とか「なんで」とかそんな言葉が洩れかける。
……そこに立っていたのは、なんと。
「お、涼木。先生に指定されたところの掃除はもう終わったの?」
「うん、そうなの。指示されたところ、割とすぐに綺麗になっちゃってさ。手も空いたから、波瀬たちのほうも手伝おうと思って、えっと……」
言い淀んで、ちらりと私のほうに視線を向けてくる涼木さん。
近くで見ると、ありえないくらい顔ちっさいし、可愛いし、肌白いし、声綺麗だし、髪ツヤッツヤだし、脚はほっそいしあわわわわわ……。
私が涼木さんの放つキラキラオーラにやられて固まっていると、「なに顔真っ赤にしてんの」と波瀬に小突かれる。いや、学内カースト最上位の美少女がこんな近くいるだからドギマギして当然でしょ……。
自己紹介なんて忘れて涼木さんにぽけーっと見とれていると、おずおずと涼木さんのほうから話が切り出されてしまう。
「えっと、話すのはこれが初めてだよね? わたし、涼木彩愛っていいます。波瀬とは同じボランティア委員で、それで友達の関係にあるんだけど」
「あ、はは初めまして、鳴海愛結といいます。波瀬とは同じクラスでして……」
……緊張でめちゃくちゃ噛んじゃった。返答の一言目が無意識に「あ」になってしまう癖も再発してしまっている。
暗黒時代で脱却したはずの「陰キャ」が、涼木さんの陽オーラに前にしてフラッシュバックよろしく表層に現れる。なんて哀れな私……。
「なんか四月に会ったばかりの頃の鳴海みたい」とからかってくる波瀬は後でしばくとして、とにかく今は涼木さんの会話のペースに合わせるのが先だ。
私は深呼吸をして自らを落ち着かせ、涼木さんのおでこを見つめた。
「今日のプール掃除、もしかして鳴海さんも湖崎先生に強引に頼まれた感じ?」
「ええっと、まぁそんな感じです。昨日の昼休み、泣きつかれて断り切れなくて」
言うと、生徒相手に泣きつく湖崎先生の姿を想像したのか、涼木さんは口元を押さえて小さく笑った。……え、待って。涼木さんの笑顔マジで可愛いんだけど。
彼女の目元は美しさを保持しながら細まり、ふふっと洩れる声はまるで鈴の音のように柔らかく耳障りも良くて……。
似鳥さんの笑顔を妖精の微笑みとするなら、涼木さんは天使の微笑みだ。笑顔で人のHPを回復できるとか、涼木さんってもしかして前世回復術士?




