第12話 あんたいつか嫉妬拗らせた女の子に刺されるぞ
迎えた放課後。
魚見に「どうせ暇してるんでしょ、人足りないからプール掃除手伝ってよ」と声を掛けたが、「めんどいからいやだ」と簡単に断られてしまった。なんて物臭。
「お願いお願い。手伝ってくれたらアイス奢ってあげるから」
「いやだいやだ。あたしは報酬が用意されていようと、絶対に働きとうない」
帰りたがる魚見に食い下がってやって来た生徒玄関。
帰宅する生徒や課外活動に出かける生徒がわらわらとしている。……そんな中、押し問答してるもんだから、当然周囲から注目されてしまう。
「駅前通りに新しいアイスクリーム屋さんできたらしいよ。もし今日のプール掃除手伝ってくれたら、私そこの一番高いアイス奢っちゃう」
私は誰かさんと違って、長時間労働の報酬を一五○円のアイス一本だけで済ませようだなんて考えていない。
それに今日は掃除が終わった後に美容室の予約だってある。人員補充さえ完了すれば早く仕事を終わらせることができ、時間に余裕を持って美容室にも行ける。
……という魂胆だったのに、魚見はさっきから首を振るばかりだった。
その理由はもちろん、
「いやだ。あたし働きたくない。アイスは食べたいけど、働きたくないから断る」
「ドーナツも付けるから! 通り沿いにある、あの美味しいドーナツ屋さん!」
「確かにドーナツも食べたいけど、アイスと加味してもやっぱり働きたくない」
「わかった! アイス食べてドーナツ食べて、そして一番最後にクレープも食べよう! 六月末までの期間限定フレーバーが販売終了する前に、どうか!」
手を合わせて拝むけど、やっぱり「労働したくない」とうそぶく魚見。
なんて強情な不労の精神。そんな精神捨ててしまえばいいのに。
私がじとーっと魚見を見つめていると、ふとその後方からすり寄ってくる女子生徒が二名。「魚見くん」と呼ばれて、魚見は「あぁ」と爽やかに微笑み返す。
手慣れた動作でその女の子二人を抱き寄せると、魚見は言った。
「それにあたし、今日はこの子たちと遊ぶ約束してたから、ドタキャンするわけにいかないんだよね。だから鳴海の手伝いには行けない」
魚見が二人の女子の頭に手を置くと、彼女たちはうっとりと顔を赤くする。
サラサラと髪を撫でられる二人は、嬉し恥ずかしといった様子だ。
「魚見くんに撫でられるの、アミサ好き。ずっとこうしてたいなぁ……」
「魚見くんだけがマイの生きがい。ねぇ、もっとマイのこと触って……?」
……忘れてた。そういやこいつ、校内じゃカッコイイ系美人として(主に)女の子たちから異様にモテてるカースト上位勢だった。
校内で魚見に告白する女の子が多発してるって話も聞いたことがある。
だが、魚見が特定の相手と付き合っているみたいな話は聞いたことはなかった。
もしやこいつ、校内の女子でハーレムとか築いているんじゃないだろうな。
……魚見ならやりかねない。だってこいつ、将来ヒモ志望の物臭だし。
いつか「今月のお金、いつになった振り込めそう?」とか平気で言い出すダメ人間とかになってそうだし。
ファンガールたちは魚見に耳や顎を触られ、もう夢見心地だ。どこでそんな撫で方覚えたんだってぐらい、なんだか魚見の手つきもエロい。
と、魚見は、微かに目を細めてファンガールたちの耳元に口を寄せて……。
「ねぇ、駅前通りに新しいアイスクリーム屋さんできたらしくてさ、あたし今日はそこに行きたいなって思うんだけど」
「行きましょう行きましょう! アミサたちも、実は魚見くんとそこに行きたいなぁって思ってたところなんです!」
「そうそう! マイ、昨日バイト先の給料日だったから、いくらでも貢げます! いっぱい貢いだらいっぱい好きになってくれるって、前に魚見くん言ってたから、今日もたくさん貢いでいっぱい好きになってもらいます!」
……おい。
私は思わず魚見にジト目を向ける……が。
「あたし、アイスの他にも、ドーナツも食べたいな」
「行きましょう行きましょう! 魚見くんのためなら、アミサ、どこにでもついていくし、お金だって出します!」
「うんうん! 推しのためならマイは何だってするよ! 推しの幸せがマイの幸せだし、魚見くんの笑顔がマイの笑顔だし!」
「やったー。あ、そういえばあたし、クレープも食べたいかも」
「「貢ぎます貢ぎます!」」
こいつ、ファンガールたちを自分好みに飼い慣らしてやがる。
瞳にぽわぽわとハートを浮かべた女の子二人を「よしよし」と撫でて不純な愛を供給する魚見。
流石は日頃から「将来ヒモ志望」とのたまうだけある。そのポテンシャルは現時点において、かなりの水準に達しているのが見てすぐにわかる。
……って、素直に感心してる場合じゃない。
私は、両手に花を抱えたラブコメ主人公気取りの魚見見つめながら、心の内で警告しておく。
……魚見、あんたいつか嫉妬で拗らせた女の子に刺されるぞ。夜道には充分気をつけるように。




