第4の選択肢
陽茉莉はカフェで友達の茉白とパスタをつついていた。
茉白は端正な顔立ちをしていて、ちょっと冷たい印象があるけど優しい。
月に1.2度程するランチではいつも同じ話題になるけど、最後まで何だかんだ付き合ってくれる。
「もうさ、彼氏作る気ないでしょ?」
「いや、あるよ!?」
陽茉莉が元気よくパスタを頬張りながら言う。
「へぇ~?」
全く信じていないかのような塩対応である。
陽茉莉はめげない。
というか、冷めている茉白の反応などどこ吹く風だ。
「でね、恋愛偏差値を高める努力もしている」
「期待していないけど、何?」
「じゃ~ん」
陽茉莉は茉白に携帯の画面を突きつけた。
今流行りらしい乙女ゲーム『トキメキ☆イケメンとドリームパレス』とやたらキラキラしたオープニングムービーが流れている。
茉白も電車やテレビでCMを見たことがある。
「…」
これがなんだ?と言いたげな茉白にも陽茉莉はめげない。
「これで私も恋愛マスター!」
「…」
どこから突っ込めばいいか分からないし、多分追いつかない。
茉白はやれやれと思いながらデザートを陽茉莉と選び始めた。
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昔から自分の部屋にいるより、幼なじみの楓の部屋にいる時間の方が長い。
部屋着で前髪をちょんまげにしている陽茉莉は携帯の画面とにらめっこしていた。
「む~」
「…一応聞いてあげるけど、何?」
楓は陽茉莉の方に目もくれずゲームをしながら聞いた。
たまに眼鏡の位置を治すのと、ゲームをする指先以外、楓はほとんど動かない。
別に運動が苦手なわけではないようだが、インドアを好んでいる。
物静かな楓とは同じ空間にいても違うことをしていることが多い。
「いや、これ無理ゲー」
「何のゲーム?」
陽茉莉より断然ゲームの腕が上な楓がようやく自分の画面から目を離す。
「これ」
陽茉莉は『トキメキ☆イケメンとドリームパレス』のゲーム画面を楓に見せた。
ゲーム画面ではちょうど俺様系イケメンが話し始めたところだった。
『俺と共に来い』
中々いい声である。
「…」
楓と2人で覗き込んでいるうちに、選択肢の画面に移動した
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A「待って…ッ」
B「ダ、ダメだよ、レッスンに遅れちゃう…」
C「うん…!」
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「…無理ゲー?」
楓がゲーム画面から顔を上げる。
陽茉莉はまるで人生の終わりであるかのような表情で声を絞り出した。
「そう!選びたい選択肢がない!先に進まない!」
「あ~なるほど…」
「ねぇ、どうしよう?」
「…どうしようね?珍しいゲーム始めたね」
楓が少し微笑みながら答える。
楓もなんだかんだで陽茉莉に付き合ってくれる。
「恋愛マスターになるためにね」
陽茉莉が胸を張る。
「マスター…?」
楓が訝しげな顔をしたが、陽茉莉は元気に続けた。
「そう、女の子のトキメキが詰まったのが乙女ゲームだからね!
これさえマスターすれば私もきっと素敵な恋ができる!!」
「恋したいんだ」
楓のつぶやきに陽茉莉はゲーム画面からグイッと顔を楓に向けた。
「いや、どういう意味ですか?」
「興味ないんだと思ってた」
「人並にはあるよ」
「人並みに」
「恋をするならね、どんな人とどんなことをするか選んでいくわけでしょ?
これでマスターすれば選択肢を間違えない!!」
「…」
「外に行けばいいのか、趣味を増やせばいいのか、人に紹介してもらうのがいいのか!これで迷わなくて良くなりそう!」
「そう」
楓はそういうとまた自分のゲームを再開した。
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陽茉莉が楓の部屋に駆け込んできた。
「聞いて!」
「何?」
楓がゲーム画面から顔を上げた。
なんとも嬉しそうな幼なじみの顔を見て瞬きをする。
「この前のゲーム、最新作出たんだよね」
「…へぇ」
「今回は何と!選択肢が増えたんだ!」
「選択肢、いくつになったの?」
「4つ」
「1つ増えたね」
だからなんだと言いたげな楓に、陽茉莉は得意げに画面を見せた。
「それだけじゃないんだよ」
「ふ~ん」
「ちょっと!興味持ってよ!」
ゲーム画面に目線を戻した楓に陽茉莉は詰め寄った。
「はいはい」
楓が渋々ゲームする手を止めると、陽茉莉は嬉しそうに説明を始めた。
「この4個目ね、自分で言いたいこと入力できるんだ」
「良かったね。これで選択肢ないことない」
「そうなの!」
「クリア頑張って」
ワクワクした顔をしてゲームを始めた陽茉莉を横目に楓も自分のゲームに戻った。
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儚い系イケメン王子『ねぇ、俺どうしたらいい?』
A「私がそばにいるよ」
B「大丈夫だよ」
C「《黙って抱きしめる》」
D「(入力)」
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陽茉莉は迷わずDを選択して心から言いたいことを打ち込んだ。
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D「強く生きていけ!」
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かわいい系イケメン王子『一緒に寝よ?』
A「そ、そんな…」
B「もう…今日だけだよ?」
C「不安なことでもあるの?」
D「(入力)」
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陽茉莉は迷いなくDを選択する。
今までが嘘であるかのようにサクサク進む。
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D「寝れないなら、星でも見に行こう!」
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ダンディ系イケメン王子『今夜は一緒にいてくれないか?』
A「はい…ッ」
B「で、でも…」
C「ココア、作りますね」
D「(入力)」
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D「明日も早いし、体を大事に!寝ましょう!」
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集中していると、気づいたらゲームのクリア画面である。
そう、私に必要なのはコレだ。
選択肢が足りなかったんだ。
5人くらいのイケメン王子たちの集合画面が浮かぶ。
こんな最後はなかった。
ようやくクリア出来て達成感で溢れる陽茉莉の目にキラキラの画面が映った。
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イケメン王子たち『君とはこれからもずっといい友達だ!』
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「何で!」
「うぉ、びっくりした」
「…」
急に叫ぶ幼なじみに若干引いていた楓は、本気で落ち込む陽茉莉を見て瞬きをした。
「…どうしたの?」
「何かさ…恋愛できないの、私がダメみたい…」
「何で?」
「全員親友になっちゃった…私を選んでくれる人なんていないんだよ」
「いや、それゲームだから」
「私の選択肢で全部進めたら恋にならないなんてさ。私自体が恋愛向いてないんだ」
楓はゲームを置くと眼鏡を外した。
長時間ゲームをしたので疲れたらしい。
ついでに何か用事なのか立ち上がった。
「俺は陽茉莉がダメなんじゃなくて、陽茉莉を見てる人っていう選択肢に気づかないのがダメなんだと思う」
楓は華奢に見えるけどやはり陽茉莉よりも大きくて骨ばった手で、陽茉莉の頭を少し乱暴に撫でると部屋を出ていった。
陽茉莉はドアが閉まる音を聞いてようやく頭を勢いよく上げた。
「え?」
楓に撫でられた陽茉莉の髪はちょんまげだけ無事だった。