おべんとう
お弁当が好きだ。
お弁当を作るのが好きだ。
お弁当を食べるのが好きだ。
お弁当を買って食べるのが好きだ。
お弁当を見るのが好きだ。
お弁当なら何でも好きだ。
絵に描かれたお弁当が好きだ。
写真のお弁当が好きだ。
テレビに映るお弁当が好きだ。
おもちゃのお弁当が好きだ。
フェルトで作ったお弁当が好きだ。
お弁当の歌も好きだ。
人の作るお弁当の姿を見るのが好きだ。
茶色いお弁当が好きだ。
カラフルなお弁当が好きだ。
バランスのいいお弁当が好きだ。
バランスの悪いお弁当が好きだ。
昔ながらのお弁当が好きだ。
いまどきのお弁当が好きだ。
インスタの#お弁当のタグで二、三時間は軽く没頭することができるくらいお弁当が好きだ。
本屋のお弁当本のコーナーで半日ずっと立ち読みできるくらいお弁当が好きだ。
そもそもなんでこんなにお弁当が好きかというと。
食い意地が張っていることは否めない。
好奇心旺盛であることは否めない。
有り余る想像力が暴走してしまうことは否めない。
人のお弁当はおいしそうなのだ。
人のお弁当がどんなもんなのか知りたいのだ。
人のお弁当に隠された物語を思うだけでテンションが上がるのだ。
食べたことのないおかずを見てよだれが出る。
見たことのないおかずを見てため息が出る。
信じられないおかずを見て感嘆の声が出る。
昔から、人のお弁当を見せてもらうのが好きだった。
自分の味気ないお弁当とは違う、おいしそうなお弁当がうらやましかった。
お母さんの愛情の詰まっているお弁当を見ると幸せな気分になれた。
きっと、優しいお母さんのお弁当を見せてもらうことで、味気ない自分のお弁当に、愛情をトッピングしていたのだろうな。
決してもらえない、とびきりの味の素、愛情。
お弁当を作らなければならない日は、前日の夕方から機嫌が悪かった母親。
朝起きると、ずっと文句をいいながらお弁当を作っていた母親。
ふたを開けると、怨念のようなものがいつも飛び出してきた、まずくてたまらないお弁当。
ずっとお弁当がある日が憂鬱でたまらなかった。
高校生になって、毎日お弁当を持っていかなければいけないことを知った私は、気が重かった。
だが、自分で作って持っていけばいいと気付いた。
おにぎりからはじめて、簡単なおかずを詰め、派手なおかずを詰めるようになり。
自分のお弁当をおいしそうといってくれる仲間ができて。
ヤンキーのたかちゃんはいつも可愛いお弁当を作ってもって来ていた。
わがままな美優ちゃんはいつもぎゅうぎゅうにつぶれたご飯のお弁当だった。
クールなあかりちゃんはいつも揚げ物が入ったお弁当でこってりしていた。
口の軽いかなこちゃんはいつもチョコレートを挟んだサンドイッチのお弁当だった。
まじめ過ぎる京ちゃんはいつも海苔をお弁当のふたにくっつけていた。
意地悪な坂本さんだったけど、お弁当はいつも豪華で目に鮮やかだった。
威張り散らしていた小野さんだったけど、お弁当はいつも地味なご飯多めの梅干入り弁当だった。
お弁当って、本当に・・・見ていてあきないなあと、思ったのだ。
市販のお弁当だって見ていて飽きない。
定番の海苔弁や幕の内はもちろん、少し前に話題になったソーセージ弁当でさえ愛おしい。
ああ、弁当、弁当、お弁当。
なぜお前はそんなに魅力的なのか。
弁当、弁当、お弁当やーい。
お前の姿に、心底めろめろだ。
そんなことを考えつつ、本日のお弁当も完成した。
スマホを用意し、写真でぱちり。
私は今までに作ったお弁当を、すべからくインスタに上げているのだ。
何度見返してもわくわくする、自分の作ったお弁当。
今日もおいしそうに撮れた……ああ、もういいねがついた、ふふ。
この、何の変哲もない地味なお弁当も、もしかしたら誰かの心になにかを届けているのだろう。
……良い世の中になったなあ。
私は、アップしたばかりのお弁当をしみじみ見ながら、フォロワーさんたちのお弁当をチェック、チェック…、うおお!うまそうなおにぎり!この人はいつもおかずが笑っててステキなんだよね!この人の梅干し一回食べてみたいな!この人の歪んだお弁当箱に歴史を感じて涙が出るのさ、あああ、昨日焦げてた卵焼きが今日は大成功してるぞこれはコメントを残さねばなるまい……。
「お母さん、お弁当ありがとー、あれ、まだふた閉めてない!」
「あああ、ごめんごめん!」
いかんなあ、どうもお弁当を見始めてしまうとトリップしてしまうよ。
私は年期の入ったお弁当箱のふたを閉め、色落ちしているナプキンで包んで、娘に手渡したのであった。