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9、落とされた者の末路


 解体作業場に到着すると血生臭い匂いが漂ってきた。もちろん好きな匂いではない。なのに私は目を細めてしまう。思い出してしまったから。顔の上半分を仮面で覆ったあの方……勇者様と二人きりで作業している幸せな時間を。

 でも、その思い出はすぐ頭の中から追い払った。お義姉様の言葉を思い出したから。勇者様は私の事が大嫌いと。

 胸がチクリと痛む。

 だからといって勇者様のことは嫌いにはなれなかった。ときには魔物の攻撃から庇い、こんな私にも唯一優しくしてくれた人だから。今でも感謝しているくらいなのだ。

 まあ、勇者様は私が消えてもう我慢しなくていいと喜んでるだろうが。


 でも、それでも……


 頬を緩めているとエリスさんが顔を向けてくる。


「セシルさんってこの臭い大丈夫なの?」

「はい、解体とかはよくやってましたから」


 そう答えると、何故かエリスさんは複雑な表情をする。


「それ、一人でやらされた?」

「……いいえ。もう一人いて、その方に丁寧に解体の仕方や野営の準備などを教わりました」

「へえ、まともな人もいたのね」

「……はい」

「まあ、わかったわ。それじゃあ、まずは断罪の裂け目で回収した遺体と身元がわかるものを出してもらえる?」


 エリスさんは広い解体作業場の隅を指差したので、早速拾ったものを含め置いていく。すると何故か慌てて止められてしまったのだ。


「セ、セシルさんいったん止めて!」

「えっ、どうしてでしょう?」

「だ、だって五十体以上あるじゃない……」

「でも、まだ結界の中に入れた数の一割もいってませんよ」

「はっ⁉︎」


 エリスさんは驚いた顔を向けてくる。隣にいたレッドさんもだ。しかし、ルナスさんだけは違っていた。


「とりあえずはこれが片付いたら次をお願いするわ。まあ、身元証明するものがほとんどないからすぐだと思うけど」


 真剣な様子で遺体を見る。我に返ったレッドさんが辺りを見回す。


「確かにそうだな。金品がほとんどない……」

「もしかしてお金になりそうなものはほとんどなかったんじゃない?」

「いいえ。いくつかの装備品に野営道具、そして衣類に食料が少しだけ入っていた魔導具の鞄がありました」

「魔導具の鞄ね……。きっと、ただの鞄だと思われていたか体に着けているものだから取られずにそのまま落とされたって感じかな」

「つまり、あそこにいた人達は私達と同じ事をされたと……」


 思わず俯いてしまう。あまりの酷い仕打ちに悲しくなったから。するとルナスさんが私の背中を軽く叩いてきた。


「セシル、気にするなとは言わないけど今は自分だけの事を考えなさい」

「……はい」


 今の自分の状況を思い出し顔を上げるとルナスさんは目を細める。そして回収した物を指差した。


「それじゃあ、後は回収品ね。使わない衣類は古着屋、道具類は中古用品店、装備品は中古用品店か鍛冶屋で買い取りしてもらうわ。まあ、それについては明日以降で……」


 ルナスさんは笑みを浮かべる。それから解体場の奥で本を読んでいる男性に顔を向けた。


「ドナールのおやっさん、買い取って欲しいのがあるからこっちに来てよ!」

「あっ? ルナスか、ちょっと待ってろ」


 ドナールさんという方は大声で叫び返すなり大股で歩いてくる。しかし、すぐに走り出すとエリスさんの側に来て顔を覗きこむ。そして腹を抱えて笑いだしたのだ。


「ははははっ、やっぱりエリスか。話は聞いていたが治ったんだな!」

「まあね、だから現役復帰するから覚悟しておいて」

「そりゃ願ったり叶ったりだ。最近は糞みたいなのしか持ってこない連中が多すぎだからな。で、ルナスのは期待して良いんだろうな?」

「当たり前よ。じゃあ、セシル、その作業テーブルに乗せて」

「わかりました」


 私は頷くと大きめの作業テーブルの上にダイヤウルフを五体出す。ドナールさんはすぐに目を細めた。


「状態の良いダイヤウルフか。手数料を引いても一体当たり五万リランはいくな」

「よし! セシル、二人で分けようね!」

「いいのですか? 私は剣をお貸ししただけですよ……」

「いやいや何言ってるの。剣を貸してくれただけでも受け取る権利はあるのよ。だから二人で分けるからちゃんともらってね。あっ、それとセシルも狩った魔物を持ってるんでしょう?」

「え、ええ。でも私のも買い取ってもらえるのでしょうか?」

「大丈夫よ。ねえ、ドナールのおやっさん」

「ああ、もちろんだ。それにどうせビックラッド辺りだろう。出せ出せ、俺が全部見てやるよ。わはははっ」


 ドナールさんは豪快に笑ってくるので安堵しながら小さな小屋ぐらいの大きさがある蜘蛛を収納空間から取り出す。すぐに私を除く人達が一斉に後ずさる。そして驚いた顔を向けてきた。


「嘘でしょう⁉︎」

「想像以上だったわ……」

「こ、これは……」

「マンモススパイダーじゃねえか⁉︎ これは何処で狩ったんだ⁉︎」

「……断罪の裂け目の底です。あの、私は何かしてしまいましたか?」


 あまりにも皆が驚くため不安になりながら答える。するとエリスさんがマンモススパイダーに恐る恐る近づき説明してくれた。


「マンモススパイダーはAランクの中でも上位に位置する強さなの。それがいきなり出てきたから驚いたのよ。しかも一瞬生きている様に見えたし」

「瞬間的に凍らせましたからね。解凍しますか?」


 ドナールさんを見ると勢いよく首を横に振ってきた。


「い、いや、そのままにしておいてくれ。この状態なら全ての素材を取れそうだからな」

「全てですか?」

「ああ。血や臓物は錬金素材、皮膚に生えてる毛は頑丈だから皮と皮を縫う時の糸、外皮は革鎧や鞄に使え牙や足の硬い部分は削って武器や防具の骨組みに使える。そしてなんといってもこいつから取れる虹糸だ。おそらく安く見積もっても合計で三千万リランはいくぞ」

「そ、そんなにするのですか……」


 私は心底驚いた後、俯いてしまった。魔王討伐をした際にこの魔物を狩っていたのを思い出したから。旅を続けていくうちにお義姉様達の持ち物が良いものになっていたのを思いだしたのだ。

 要はこの魔物の価値を知っていたのだ。


 だったら、せめて勇者様に良い装備と宿をとってあげれば……


 いつも、私と同じ汚い宿に泊まる勇者様を思い出しているとレッドさんが申し訳なさそうな顔を向けてきた。


「セシル、すまんがこいつの代金をすぐに払うことができない。うちはさっきも言った通り金がなくてな。だから売れてから代金を渡す感じでいいだろうか?」

「ぜ、全然構いません。むしろご迷惑をおかけしてすみません。もし、なんならこの魔物はお譲りしますよ」

「いやいや、手数料だけで十分だよ! それに無闇に何でもかんでもあげようとしては駄目だ!」

「す、すみません……」


 私は申し訳なく思いながら頭を下げるとすぐにエリスさんがレッドさんの背中を叩いた。


「父さんはもう少し優しい言い方はなかったの! セシルさん気にしないでね。あなたが私達のために言ってくれた事はわかってるから」

「は、はい。でも、良いのですか? 私は今はお金に困ってませんから良ければ冒険者ギルドで有効活用して頂ければ……。それに、まだ沢山持っていますので……」


 すると全員が口を開けて固まってしまったのだ。私はそれでやっと理解した。先ほどから常識外れな事を言っているということを。

 だからすぐに頭を下げる。


「す、すみません。常識のない発言でした。今のは忘れて下さい……」


 自分の常識のなさに恥ずかしく俯いているとルナスさんとエリスさんが背中をさすってくる。


「大丈夫、これから色々と覚えていきましょう」

「そうそう、魔物は今後、売れたら次って感じに持ってきてもらえば良いわよ。十分手数料でうちも儲けられるしね」

「は、はい」

「それじゃあ、ドナールのおやっさん後は頼むよ」

「おお、こりゃあ、楽しくなってきた!」


 ドナールさんは腕まくりしながら、早速、マンモススパイダーの解体に取り掛かる。それを楽し気に見ていたレッドさんが顔を向けてきた。


「俺も遺体の件があるんでお前ら先に帰ってろ」

「わかったわ。じゃあ、二人とも行きましょうか」


 エリスさんはそう言って私達を家まで案内してくれる。しかし、しばらく歩いていると立ち止まる。そして近くの案内板を指差したのだ。


「そうだ、ランプライトのことを教えるわね。この町は上層区、一般区、下層区、商業区って分かれてるの。ちなみにこの下層区は安全じゃない場所もあるから一人では行かないでね」

「それと上層区もだよ。あそこの一部には自分達は何やっても許されるって考えを持ってる連中がいるからね。特にオルデール王国の貴族連中は……」

「えっ、オルデール王国の貴族がいるのですか? どうしてです?」


 思わずそう尋ねるとルナスさんとエリスさんがすぐに説明してくれた。


「このランプライトがあるアルセウス領は、四つの国に囲まれていているんだけど何処にも属してないの。だから各国が監視の名目で貴族連中をここに置いてるのよ」

「しかも監視目的という名の税金食い。特にオルデール王国の貴族連中が湯水のように使うのよ」

「それに何かあればお強い英雄様を寄越すから誰も文句が言えないしね」


 二人は溜め息を吐く。そんな中、私は自分が大きな勘違いをしているかもしれない事に気づき不安になっていた。てっきり落ちてから二、三日ぐらいだと思っていたのに二人の会話でかなりの日数が経っているように感じたから。

 だから二人に恐る恐る尋ねてしまったのだ。

 

「あの、ゆ、勇者パーティーの凱旋パレードはいつ頃あったのでしょうか?」


 するとルナスさんははっとした表情を浮かべる。それから私の両肩に手を置いてきた。


「セシル、落ち着いて聞いてね。凱旋パレードはね……一年以上前にあったの」


 そして心配そうに見てきたのだ。でも、私はただ首を傾げるだけだった。言ってる意味がわからなかったからだ。

 だけど徐々にわかっていくと力が抜けてしまった。何せ二、三日どころじゃなく、落とされてから一年以上長く自分が眠っていた事に気づいたから。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 38話まで読みました。 徐々に悪党を追い詰めていく様が面白いです! 何より常識を学んで人生を楽しみ始めているセシルちゃんが可愛くて(๑>◡<๑) 一番ツボだったのがこの21話の「解凍しま…
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