8、二人の味方
ルナスさんを騙した人達は全員捕まった。なのに私は喜ばずに俯いていた。いつも外や部屋で待たされていたのに今回は応接室という大層な場所に通されたものだから緊張していたのだ。
それに向かい合わせに座るエリスさんも原因の一つだった。頭では悪い方ではないのはわかっている。けれども初めて会う人は大概酷いことを言ってくると身体に染み付いているから怖いのだ。
でも、なんとかして震える手を膝に必死に押しつける。エリスさんは違うと。するとルナスさんが手を重ねてきた。
「大丈夫、エリスは信用できる子よ」
おかげで緊張感が取れた私は慌てて頭を下げた。
「不愉快に思われていたら申し訳ありません……」
「エリスはそんなこと思ってないから安心して。そうだ紹介するわね。エリスはここの副ギルド長補佐をしてるの。そしてあたしの親友でもあるのよ」
するとエリスさんは車椅子から勢いよく立ち上がり深々と頭を下げてくる。
「セシルさん、この度は助けて頂き本当にありがとうございました!」
「い、いいえ、私はほとんど何も……」
「何を言ってるの⁉︎ 私、また歩ける様になったのよ!」
「で、でも、それぐらいは誰でもできると言われましたよ……」
そう答えるとルナスさんが首を横に振ってきた。
「セシルは誰かに嘘を吹き込まれているみたいね。普通、下半身麻痺なんて最上級の治癒魔法を持っていても難しいのよ」
「え、そうなのですか?」
「ええ」
ルナスさんの頷きにお義姉様のこんなこと誰でもできるという言葉が嘘だとわかり思わず唇を噛み締めてしまう。するとルナスさんが私の肩に手を置き言ってきたのだ。
「だからこれから色々と学んでいきましょう。エリスも色々と助けてあげてね」
「もちろん、私に希望をまたくれたんだから、どんな事だってしてあげるわ。ただ、助けが必要なら父さんも巻き込みましょう。あんな感じだけど役には立つから」
エリスさんは勢いよく応接室を出ていこうとしたので慌ててルナスさんが引き止める。
「待ってエリス! あんた歩いて行く気?」
「ああ……。まあ、父さん以外にはダルに投げられた時に何故か歩ける様になったって言えば大丈夫よ。冒険者なんて所詮馬鹿しかいないしね。てことで、さっさと連れてくるわね」
そう言って何か言いたそうなルナスさんの肩をバンバン叩き意気揚々と出て行く。そして、すぐにレッドさんを連れて戻ってきたのだ。
「まさか娘のまた歩く姿を見られるとは思わなかった。本当にありがとう」
「い、いえ、私は大したことはしていませんので……」
そう答えるとレッドさんは心配そうな表情を浮かべた。
「これは一人にしちゃ危ないな」
「でしょう。だから父さん」
「ああ、ギルド長というだけでなく俺、個人としてもやれる事はやろう。なんでも言ってくれ」
するとルナスさんが勢いよく手を叩く。
「よし! 二人が味方になってくれれば心強い。セシル良かったね」
「は、はい、お二人共ありがとうございます」
お礼も兼ねて深く頭を下げると二人は慌てて止めてくる。
「セシルさん、そんなに頭を下げないで!」
「そうだぞ。セシルは娘の恩人なんだからそんな事しなくていい」
「は、はい……」
「それで、お礼といっちゃなんだが今すぐに何か必要なものはあるか?」
レッドさんが尋ねてきたので私は考える。そしてやはりこれしかないと思い口を開いた。
「あの、それなら身分証が欲しいのですが……」
「それなら、すぐ用意できるぞ」
「えっ、すぐですか?」
「おお、すぐだ」
レッドさんが頷くとエリスさんが真っ白なカードを見せてくる。
「これが何も書かれていない状態の冒険者カードよ。ちなみに今回セシルさんには報酬も出るからね」
「報酬ですか?」
「怪我人の治療をしてくれたじゃない」
エリスさんは自らを指差す。私はすぐに首を横に振った。
「私は報酬が欲しくて治療したわけではありませんので……」
「いやいや、当然の報酬だから!」
「そ、そうだぞ。てか、流石に人が良すぎるだろう……」
「でも……」
「セシル、もらえるものは貰っときなよ。どうせこれからお金は必要になるんだから。ね!」
「……わかりました。では、そうさせて頂きます」
ルナスさんの言葉に確かにと思い頷く。三人は心底ほっとした表情になった。
「ふう、まさか報酬を断ろうとするなんて思わなかったわ」
「ランプライトの冒険者ギルドができてから初めてかもしれないな」
「こういう子なのよ。そういえば、セシルはあたしも助けてくれたんだから、それも計算に入れてよね」
「セシルさんが? そういえばルナスはあいつらとダンジョンで何があったの?」
「あの馬鹿三人があたしに眠り薬入りの回復薬を飲ませたのよ。けど、半分ぐらい飲んだところで違和感を感じて逃げたんだけど……ここからが突拍子もない話になるから報告書には書かないで欲しいの」
神妙な面持ちのルナスさんにエリスさんもレッドさんもすぐに頷く。
「……セシルさんが関係あるのよね。良いわよね、父さん」
「ああ、大丈夫だ」
「ありがとう。じゃあ早速説明する。三人から逃げてたんだけど最終的には追い詰められてね。だから、ふざけたことをされる前に断罪の裂け目から飛び降りたのよ」
「はっ、飛び降りた⁉︎」
エリスさんとレッドさんが驚いた顔をする。ルナスさんは苦笑しながら頷いた。
「うん、それで断罪の裂け目の底でセシルに助けてもらったの」
「じゃ、じゃあ、先にルナスよりセシルさんの方が落ちていたって事なの?」
「そう言うことね。まあ、それでセシルの力で外に出られたわけよ。まあ、後はわかるでしょ」
「わかるけど、断罪の裂け目の底であった事をはしょり過ぎでしょ……」
「だって、気づいたら底でセシルに会って食事してぴゅーって上まで飛んだ感じだからね」
ルナスさんはジェスチャーを交えて説明するがレッドさんは首を横に振った。
「さっぱりわからねえよ……。だが、セシルは何で底にいたんだ?」
レッドさんは私を見る。そのためルナスさんに説明した事と同じ事を話した。みるみる二人の表情が変わっていく。
「酷いわね……」
「まあ、とにかくセシルはそいつらに見つからない様にすれば良いんだな?」
「はい」
「任せて。それなら身分証を見られても大丈夫なように作りましょう」
エリスさんが私に冒険者カードを渡しながら説明してくれる。
「冒険者カードは基本、名前、年齢、出身、職種、ランク、特技、そして魔導具の機能である冒険者の能力値を表示する機能があるの。まずはこれに魔力を少し通してみて。セシルさんだけにしか見えない能力値が出るから」
そう言われて冒険者カードに魔力を通すと文字が沢山飛び出してきた。
「わっ、凄い」
初めて見る光景に驚いてしまう。でもすぐに首を傾げた。冒険者カードに能力値が何も表示されてなかったから。
思わず首を傾げているとルナスさんが声をかけてくる。
「どうしたの?」
「あの、Fというランク以外は書かれていないのですが大丈夫でしょうか?」
「えっ、どういう事? 普通は能力値と状態が表示されるんだけど……」
ルナスさんが私の冒険者カードを覗いてくる。するとエリスさんが首を傾げながら冒険者カードを突っついてきた。
「冒険者カードに使われている魔導具の不具合じゃなさそうね。セシルさん、ちょっと詳しく見るから貸してもらっていい?」
「はい」
「じゃあ、失礼するわね」
エリスさんは私から冒険者カードを受け取りしばらく弄る。しかし首を横に振ってきた。
「別に壊れてないわ。もしかしたらセシルさんの力が特殊で反応しないのかも」
「そ、そうなると、私の冒険者カードは作れないのでしょうか?」
思わず涙目になってしまうとエリスさんが慌てだした。
「だ、大丈夫よ! こっちで操作すれば良いんだから心配しないで!」
「そ、そうですか……。良かった」
安堵して胸を撫で下ろしているとエリスさんが冒険者カードを弄りながら言ってくる。
「じゃあ、これから手動で冒険者カードを操作していくわ。ああ、その際にセシルさんには名前や年齢とか簡単な質問をするから答えていってね」
そう言って早速簡単な質問をしてきたのだ。私はそれに答えていく。しばらくするとエリスさんは満足そうに頷いた。
そして先程とは違い全ての項目が埋まった冒険者カードを見せてくれたのだ。私は嬉しくなりついつい声を出してを読み上げていく。全て言い終わると三人が拍手してくれた。
「無難ね。いいじゃない」
「駆け出しの冒険者って感じでしょう」
「ああ、これで身分証問題は解決したな。それじゃあ早速報酬の話をしよう。後、あの四人の今後もだな」
レッドさんはそう言うとメモ紙を見ながら喋りだした。
「ロッズ、ダル、ゲイルの三人だが、間違いなく奴隷落ちした後にサジウス領の中で一番大変な鉱山行きになるだろう」
それから三人がしたであろう罪を読み上げていく。それを聞いているうちに教育係に馬鹿にするような口調で言われていた事を思い出してしまった。あなたが本来なった方が良いのは王妃じゃなく奴隷の鉱山労働者よと。別に王妃になんかなりたくなかったけれどあの時は泣いてしまった。奴隷の鉱山労働者はどういう存在かは知っていたから。最も悪いことをした犯罪者と。
しかもその教育係が教えてきたのだ。だから、次の日からのお妃教育は憂鬱だった。またその教育係に会うのだから。けれど次の日に行くとその教育係が居なくなり新しい者に変わっていたのだ。
病気になったと言っていた。珍しく話しかけきたジークハルト様の姿を思い出す。思わず俯いてしまった。お前は醜いんだから常に下を向いていろと言われたことも思いだしてしまったから。
でも、今はベールで顔を隠していることを思い出し私は顔を上げる。
「まあ、そんなところだ」
そのタイミングでレッドさんの説明が終わりエリスさんが頷く。
「妥当ね。ちなみにビジーはロッズの恋人で何度も書類偽造をしてはあの三人の犯罪を手助けしていたの。だから間違いなく犯罪者を扱う娼館行き確定よ」
娼館。その言葉を聞き私は顔を顰める。お金や女性の事ばかり考えているロック様を思い出したから。本当に気持ち悪かったのだ。特に女性を見る目は。当時の事を思い出し身震いしているとレッドさんがルナスさんに申し訳なさそうな表情を向けた。
「これについてルナスには本当に悪いと思っている。ランプライトの冒険者ギルド代表として謝罪する」
しかし、ルナスさんは手を軽く振る。
「もう良いって。騙されたあたしも悪いからさ。まあ、慰謝料は貰うけど」
そして指で丸を作り笑みを浮かべたのだ。すると今度はエリスさんがメモ紙を出してくる。
「急ぎで四人の所持金を調べといたけどロッズ、ダル、ゲイルからは七万リラン、ビジーからは五万リラン、退職金が二十万リランってとこね。そして冒険者ギルドからは慰謝料五十万リランが出るわ」
「まあ、予想よりちょい多いぐらいね」
ルナスさんは満足気に頷く。その隣りで私は首を傾げてしまったが。何せその金額が高いのか安いのかわからかったから。
だから考えてしまったのだ。パンはいくつ買えるだろうと。
すると私の様子に気づいたルナスさんが声をかけてきた。
「どうしたの?」
「あの、そのお金ではパンはいくつ買えるのでしょうか?」
「えっ……」
ルナスさんは驚く。しかし、我に返ると真剣な顔で聞いてきた。
「いくつ買えると思う?」
「え、ええと、パン二つでしょうか」
ルナスさんの満足気な顔を思いだしながら答えると、レッドさんとエリスさんは目を見開く。そしてルナスさんは腕を組み難しい表情をした。
「なるほどね。セシル、もしかしてお偉いさんにお金も触らせてもらえなかった?」
「……はい」
「下手に知識を付けさせない様にしてたのね。本当、陰湿な性格してるね……。よし、お金の知識もちゃんと教えてあげる。だから安心しなさい!」
ルナスさんが頷くとエリスさんがすぐに小袋を机の上に置いてきた。
「じゃあ、この報酬で教えてあげたら? ちなみにお金は冒険者ギルドに預ける事もできるから覚えておいてね」
そう言いながら小袋から丸い硬貨を出し机に並べる。すぐにルナスさんが三枚の硬貨を掴み見せてきた。
「まず、この鉄の硬貨、一リラン、五リラン、十リランは屋台っていう食べ物を売るお店で良く使うから覚えておいて」
「ちなみに小さなパンは五リランぐらいよ」
エリスさんの言葉に思わず頬が緩んでしまう。五リラン硬貨がまだ机の上に沢山あったから。
けれどルナスさんの次の言葉に私は心底驚いてしまったのだ。
「次にこの銅の硬貨、百リラン、五百リランね」
ルナスさんは二枚の硬貨を掴む。直後、私は机に置かれた五百リランを掴んでしまった。
「も、もう一枚ありますよ! こ、これでお腹いっぱい食べられますね!」
思わず五百リランを掲げながらそう言ってしまう。するとルナスさんに思いきり抱きしめらてしまった。
「くっ、なんて純情な子なのよ。良かったわね。ちなみに五百リランだと食堂の定食を大盛りで食べられるのと馬車にも乗れるわね。次に銀貨幣だけど千リラン、五千リラン、一万リランあるわ。セシルのところに一万リランの銀貨幣が八枚あるでしょ」
私は机の上にある銀貨幣を見る。急に不安になってしまった。正直、これ以上あっても手に余ると思ってしまったのだ。
だから、手に持っている五百リランを握りしめると口を開いた。
「あの、私ならこの五百リランで十分だと思いますが……」
するとエリスさんが勢いよく首を横に振ってくる。
「いやいや、何言ってるの! あなたは私の命の恩人みたいなものよ。本当はこの十倍は出したいぐらいなのよ!」
「で、でも、こんなに沢山のお金を頂いても私にはどう使って良いのかわかりません。だから、このお金はお返しします」
私は机の上にある貨幣を集めようと手を伸ばす。しかしルナスさんが私の肩に手を置き首を横に振った。
「お金に関してはあたしが教えてあげるって言ったでしょう。とりあえず返さないで貰っておきなさい」
そう言って袋にお金を入れると私に渡してきたのだ。私は貰った袋を見つめる。おそらく、ここで返そうとするのはマナー上良くないだろう。
だから申し訳なく思いながら頷く。するとエリスさんがほっとした表情でソファにのけ反った。
「良かったーー。あっ、そういえばセシルさん泊まる場所も必要でしょう。それなら、しばらくうちに泊まりなさいよ。そうすればお金も浮くでしょう」
「よ、よろしいのですか?」
「むしろ大歓迎よ」
エリスさんが笑顔で頷く。隣りでルナスさんが軽く手を上げ自分を指した。
「なら、あたしも泊まるよ。セシルの面倒はあたしが当面見るって約束したんだから」
「あら、楽しくなってきたわね! それじゃあ、早速、うちに行きましょう」
エリスさんは立ち上がる。しかし、ルナスさんが慌てて呼び止めた。
「待って、あたしらダンジョンで魔物を狩ったのよ。だから買い取りもお願い。後、セシルが遺体と装備品を回収してくれたから見てもらっていい?」
「おし、なら解体作業場に行こう」
レッドさんが立ち上がり頷くとルナスさんは満面の笑みを浮かべた。
「へへ、驚くわよ」
「あっ、なんかあんのか?」
「見てからのお楽しみ。あっ、作業場の皆には口止め宜しくね」
「今はドナールのおやっさんしかいないから大丈夫だ」
「ああ、なら大丈夫だね。くくくっ、ドナールのおやっさんもびっくりするだろうね!」
ルナスさんは楽し気な表情を浮かべる。それを見たレッドさんは私の方を見る。もちろん私にはわからない。だから首を傾げるしかなかったのだ。