7、落とし前
どこまでも広がる青い空……ダンジョンにはない風景が見えてきた。どうやら無事にダンジョンから出られたらしい。
「やっと出れたーー」
天を仰ぐルナスさんに私は頭を深く下げる。
「これもルナスさんのおかげです。ありがとうございました」
するとルナスさんが慌てて首を横に振ってきた。
「いやいや、礼を言うのはこっちだって! セシリアは命の恩人だし、美味しい食事は食べさせてもらったし、裂け目の上に行けたのだって……あれ? あたし、魔物を適当に斬ったぐらいで何もしてないじゃん!」
ルナスさんは指を広げるが一本も曲げなかった。だから私はルナスさんの手に触れる。
「まずは私の食事を美味しく食べ、話もしっかりと聞き真摯に対応もしてくれました。それに私が泣いた時にはハンカチを渡してくれたり、色々なことも教えてくれましたよ」
「でも、そんなのはたいしたことじゃ……」
私はすぐに首を横に振る。何せあんな風な扱いは勇者様以外からは受けなかったから。だからルナスさんの指を全て曲げると口を開いた。
「私にとってはたいしたことなんです。それにルナスさんが落ちて来てくれたおかげで無事に地上へ行く方法も思いついたんですよ。だから、何もしていないわけないんです」
するとルナスさんは慌てだした。
「いや、何それ、やばいよ! ちょっと褒めすぎ! 死んじゃうって!」
そして顔を真っ赤にしたのだ。でも、しばらくしすると真顔になり私の肩を掴んでくる。
「セシリア、一つ足りてないよ」
「えっ?」
「これからも色々と教えてくれるよ。わかった?」
思わず涙が出てしまう。もちろん嬉し涙だったので笑顔で頷いた。
「はい」
「ふふ、それじゃあ、早速だけれど冒険者ギルドに……いや、その前にセシリアの名前は変えた方が良いよね。なんか呼んで欲しい呼び方ある?」
「ええと……。小さい時にセシルと呼ばれていましたがそれは駄目でしょうか?」
「全然、大丈夫よ。じゃあこれからはセシルって言うね。よろしくセシル」
「はい、よろしくお願いしますルナスさん」
「よし、これで身バレは大丈夫そうね。後は例のあれなんだけれど……」
私はもちろん頷く。これからルナスさんに酷いことをした人達を捕まえにいくのだから。だからルナスさんに聖リナレウスの恩恵を付与したのだ。ルナスさんは不敵に笑う。
「これであいつらをぼこぼこにできる。待ってなさいよ」
そして眉間に皺を寄せると冒険者ギルドに向かって歩き出すのだった。
ルナスside
ランプライトの町にある冒険者ギルドは今、軽い騒ぎになっていた。ダンジョンから戻ってきた三人の男ロッズ、ダル、ゲイルが車椅子に乗った赤髪ポニーテールの女性……副ギルド長補佐のエリスと受付の近くで揉めていたからだ。
「ルナスが何であなた達と組んだのかしっかりと説明しなさい!」
「あっ? んなの向こうから組ませて下さいって言ってきたんだよ。なあ、ダル、ゲイル」
ロッズが二人を見るとニヤニヤしながら頷く。しかし、エリスは全く納得してなかった。
「ふざけないで! 問題あるあなた達にルナスがそんな事を言うわけないわ! どうせ、嘘をついて連れていったんでしょう!」
「なんだと! おい、俺達が嘘を吐いてるとでも言うのか⁉︎」
「当たり前でしょう‼︎」
「おい、副ギルド長補佐さんよ。もし俺達の言ってることが本当ならどう責任取る気だ? 名誉毀損は間違いないぜ」
「問題児三人の言葉なんて誰も信用しないわよ!」
「ふーん、受付が証言してもか?」
ロッズに言われ受付カウンターから、小太りの女性、ビジーが出てくるとエリスは驚愕の表情を浮かべる。
「嘘でしょう? ビジー……」
「本当ですぅ、エリス副ギルド長補佐ぁ。ルナスさんから三人にお願いして、断罪の裂け目の調査に行きましたよぉ」
ビジーは舌ったらずな口調でそう答える。更にはルナスとロッズ達三人の名前が直筆で書かれていた断罪の裂け目の調査依頼書をエリスに見せてきたのだ。
「嘘……」
「おいおい、俺達を散々疑ってくれたよな」
「なっ、それは……」
「謝れよ」
ロッズがニヤついた笑みを浮かべる。その隣りでルナスの持っていた剣を肩叩きみたいに使いながらダルも言ってきた。
「あーあ、これじゃあ、俺達を助けて死んじまったルナスも浮かばれねえよな」
「ああ。仲間を信じねえなんてお前それでもルナスの友人か?」
ゲイルがそう言いながらエリスの車椅子を蹴り上げた。
「きゃっ!」
車椅子から振り落とされたエリスは床に転がる。しかし、周りにいる冒険者達は誰も助けなかった。話を聞く限りエリスの言いがかりにしか聞こえなかったからだ。それに刃物を出したり理不尽な事をしない限り冒険者のいざこざは当人同士でやらせるという暗黙の了解にもなっているからだ。
「くくっ、元Aランクも落ちぶれたよな。それで俺達を犯罪者に仕立てようとしたわけだが、どう責任とってくれんだよ?」
「責任? 何を言ってるのかしら? まずはしっかりと何があったかを調査をさせてもらうわ」
エリスは挑発するように笑みを浮かべると、三人は顔を顰めビジーは明らかに顔色が青くなった。エリスは四人を睨みつける。
「間違いないわね。必ずあなた達の悪事を暴くわ」
するとダルが無言でエリスの頭を蹴り上げたのだ。
「うっ……」
死角から突然の攻撃にエリスは反応できずに意識が朦朧としてしまう。そんなエリスをダルが担ぎ上げ下品な笑みを浮かべた。
「身体に教え込めば黙るぜ」
「なら、俺も楽しませてもらうか。ビジー」
ゲイルが顔向けるとビジーは頷く。
「個室へ案内しますよぉ」
そう言って三人と同じようにニヤついたのだ。ただ、すぐに目を見開いてロッズの横を指差したが。
「なんだ?」
ロッズはビジーの様子に気付き横を向く。そして驚愕の表情を浮かべた。怒った顔のルナスと目の前に迫る拳が見えたから。
◇
あたしの拳がロッズの顔面を捉える。直後、グシャッという嫌な音と共にロッズがものすごい勢いで吹っ飛んでいった。思わず自分の拳を呆然と見つめてしまう。
何せ絶対にあり得ないからだ。こんな人智を超えた力は。
聖リナレウスの恩恵……。やっぱり凄いわ。何がほんの少しよ。
セシルを騙した奴に怒りが込み上げてくる。だから憂さ晴らしに倒れたロッズの顔面を蹴り上げる。後、ついでに急所も踏み抜いてやった。
「これで世の中のクズが一人減ったわね」
顔面がありえないほど変形したロッズに笑みを浮かべているとギルド内が騒然としだす。更にはダル達三人に敵意を向けたのだ。何せ死んだと言われたあたしが戻ってきたから。先ほどの話は嘘だとわかったからだ。
「この嘘吐きやろう」
複数の冒険者がダル達三人に詰め寄ろうとする。だから間に入り追い払う仕草をした。
「これはあたしの獲物だよ。誰にもやらないから指でも咥えて見てな」
するとみんなは笑みを浮かべたり、口笛を吹きながら後ろに下がってくれた。ただし、ダル達に威圧し続けていたが。おかげで自分達がこれからどうなるか理解したのだろう。ゲイルがすぐさまナイフを抜きエリスの首筋に当てたのだ。
「こいつを殺されたくないなら俺達を逃がせ。もしくは手を出さないって誓約書を書け」
もちろんあたしは首を横に振る。
「いやだね。あんたらをぶん殴った後に強姦未遂と殺人未遂と詐欺罪? もう沢山の罪をやったって事で衛兵に突き出すに決まってるでしょう」
肩をすくめるとゲイルは一瞬怯むがすぐに笑みを浮かべた。
「なんだよ。こいつはお前の友人じゃないのか」
「友人じゃなくて親友ね。だから、もちろん助けるよ。何言ってんのよ」
あたしは口角を上げるとゲイルは眉間に皺を寄せナイフを振り上げた。
「じゃあ、親友と別れの挨拶しろや」
そしてナイフを振り下ろそうとしたのだ。笑みを浮かべながら。まあ、すぐにその表情は変わったが。
「あれ? 腕の感覚が……えっ、何で俺の腕が落ちてんだよ⁉︎」
「もちろん、あたしが斬ったに決まってるじゃん」
「はっ?」
ゲイルは落ちている自分の腕とあたしの持つ全く血がついていない剣を交互に見る。だが、しばらくして切り口から血が吹き出すと悲鳴をあげた。
「ぎゃあああーー!」
「うるさいよ!」
騒ぐゲイルに駆け寄り股間を蹴り上げる。ゲイルは天井近くまで飛び上がり、空中で白目を剥いたまま落ちていった。
あたしはすぐにエリスを抱えてるダルとビジーを睨む。
「後はあんたらだよ」
するとビジーは恐怖を感じたのかその場で泡を吹き倒れてしまった。しかしダルは余裕そうに口角を上げる。更にはエリスを投げつけてくると出口目掛けて走り出したのだ。
あたしは舌打ちする。しかし、冷静にエリスを抱き止めるとそのままナイフを持つゲイルの腕を蹴り上げた。
「いけーー!」
あたしの叫びと共にナイフを持つゲイルの手がもの凄い速さで飛んでいく。そして、見事にダルの尻に深々と突き刺さった。
「ぎゃあああ!」
床に倒れたダルは必死にナイフを抜こうとする。しかし、ゲイルの腕が取れただけだった。あたしはそんな尻にナイフを生やしたダルから目を離す。
「エリス、大丈夫?」
腕の中でボーっとしているエリスを見て声を掛けるとゆっくり答えてきた。
「……ちょっと頭がくらくらするし気持ち悪い」
「それまずいじゃない!」
エリスの症状が危険だと判断して慌てていると、近くの物陰に隠れていたセシルが駆け寄ってきた。
「私が治療します」
直後、祈るセシルとエリスが淡く光りだす。その光景を見たあたしはあらためてセシルが氷の聖女様だと理解し怒りを感じてしまった。もちろん断罪の裂け目に突き落とした者……偽物の氷の聖女に。
きっと仲間にあいつは入っているだろうね。
あたしはある人物を思い浮かべているとエリスが突然勢いよく立ち上がったのだ。おかげで慌ててしまう。二度と立てないはずのエリスが立っているからだ。
だからすぐに車椅子をエリスの前に持っていく。
「エリス、後で説明するから今は黙って車椅子に座って」
「わ、わかったわ……」
鬼気迫るあたしの表情に何かを察したエリスはおとなしく車椅子に乗る。しかし、すぐにあたしを睨んできた。もちろん睨む理由はわかってる。あたしが素行の悪い三人に簡単に騙されたことに怒っているのだろう。だから、頭をかきながら苦笑する。
「受付までグルだったから騙されたのよ」
途端にエリスはバツが悪そうな表情をする。
「冒険者ギルドとしてはあってはならない事だわ……。本当にごめんなさい」
「まあ、あいつら三人と受付から慰謝料ぶん取るからよろしく」
「わかってる。もう彼らがお金を使う事はないでしょうから全額回収するわ。それにビジーの退職金も含めるわよ」
「ひゅー、そりゃ、良いね。あっ、そういえば……」
あたしはダルのところに駆け寄り股間をきっちり潰す。それから冒険者達の方に顔を向けた。
「後は衛兵に突き出すだけだよ。レッドのおっさん!」
すると大柄な体格をした壮年の男が前に出てきて頭を下げてくる。
「ルナス、すまねえ。エリスに手を出すギリギリまでタイミングを見てたんだが……」
「止めたのはあたしだから気にしなくていいよ。それに今回、こうなってしまったのは見抜けなかったあたしの所為でもあるしね。それよりちょっと相談があんのよ」
「相談? 構わないが、こいつらを片付けてからで良いか?」
「もちろん」
私が頷くと待っていたとばかりにエリスが声をかけてきた。
「じゃあ、あなた達を応接室に案内するわね」
「わかったわ。セシル、行きましょう」
「……は、はい」
若干、緊張気味のセシルの手を握ると明らかにホッとした表情になる。そんな姿を見てあたしはあらためて決意した。必ず、連中に痛い目にあってもらうと。
だってこれはもうセシルだけの問題じゃないんだから。
あたしはエリスの乗っていた車椅子を見つめ、一年前のあの日を思い出すのだった。