6、落ちていくロックとジャック
「はあっ!」
ルナスさんが剣を振り下ろし魔物を倒す。すぐに私が回収する。再び出口に向かって歩き出す。正直、拍子抜けするほど順調だった。
これも勇者パーティーレベルの実力があったルナスさんのおかげだろう。
まあ、当の本人はなぜか魔物を倒すごとに首を傾げていたが。
「なんか身体が軽いし力が上がってる気がするんだけどセシリア何かした?」
遂には次に出会った魔物を倒すと疑問を口にしてきたのだ。
「いいえ、何もしていませんが」
首を横に振るとルナスさんは再び首を傾げる。
「でも魔物と戦っているうちにどんどん力が上がっていくのよね。補助魔法と違ってなんだか力が内側から湧き上がる感じで」
もちろん私は何もしていない。ただしジークハルト様、お義姉様、ロック様、ジャック様の力が勇者パーティーに入ってからルナスさんと同じ様なことが起きたことは思い出したが。
まあ、でもあれは違うだろうとすぐに否定した。何せ聖リナレウス様の子と言われる勇者様に仲間だと認められたから恩恵がついたのだとジークハルト様が私にだけ教えてくれたからだ。
だから、きっと別の要因なのだろう。もしくはルナスさんの思いこみではと考えていると突然ルナスさんが手を打つ。そして冒険者カードを出し手に当てたのだ。
「はっ⁉︎」
しかも、すぐに驚いた顔を向けてくる。きっと冒険者カードに何かが表示されたのだろう。案の定、ルナスさんは言ってきた。
「何か凄いことが表示されてる。本当に心当たりはない?」
私は迷ってしまう。でも、もしかしたらと思い説明できる範囲ですることにしたのだ。
「……私ではないのは確かです。けれど、一緒に旅をしていた方達に同じ様な事が起きたことを思い出しました。確かほんの少しだけ力や動き、魔力量が増えたりしたみたいです」
ジークハルト様が言っていた言葉をそのまま伝える。するとルナスさんは微妙な表情を浮かべた。
「ほんの少しね……。ちなみにこういうステータス画面って見た事ある?」
「見た事ありません」
「そっか。私には聖リナレウスの恩恵(力、素早さ、状態異常無効)って書かれてるわよ……」
そう説明してくるルナスさんに私は口元を歪めてしまう。お義姉様に聖リナレウス様に選ばれない役立たずと笑われたことを思い出したから。
けれどもすぐに歪めた口元を綻ばせた。勇者様が優しく慰めてくれたことも思い出したから。それにそんな素晴らしいものがルナスさんに付いたから嬉しくなったのだ。
だから私は聖リナレウス様に感謝しながら口を開いた。
「聖リナレウスの恩恵というのですね。そんな素晴らしいものが付くなんて役立たずな私と違ってルナスさんは間違いなく聖リナレウス様に愛されていますね」
心からそう伝える。するとルナスさんは何故か喜ばずに苛々した顔で詰め寄ってきたのだ。
「そんな事まで言われてたのね……。いい? セシリアは役立たずなんかじゃない。もっと自信を持ちなさい。わかった?」
そう言って私の肩をがっちりと掴んできたのだ。しかも違うとは言えない雰囲気で。だから私は頷くしかなかった。
「は、はい」
「よろしい」
ルナスさんは満足そうに離れると冒険者カードを指差す。
「それで、この恩恵っていつまで効果があるの?」
「ずっとだと思います。一緒に行動していた人達は二年間、力が付いたままのはずですから」
「はあっ⁉︎」
ルナスさんは何故か驚いた表情で固まる。けれどすぐに我にかえり大きく息を吐いた。
「なるほど、二年間この恩恵が連中に付きっぱなしだったてこと……」
「もしかして良くない事なのでしょうか?」
不安になりそう尋ねるとルナスさんは腕を組む。しかし、しばらくすると顔を向けてきた。
「バフ扱いならわかるけど常につきっぱなしは違うと思うのよね。だから私のって消せないかな?」
「わ、私がですか?」
思わずそう尋ねるとルナスさんははっきりと頷いてくる。
「ええ、絶対にセシリアならできるはず。だからやってみて」
「わ、わかりました。一応試してみます」
断れない雰囲気だったので早速、目を閉じ力を集中する。そして心の中で手探りする様に聖リナレウスの恩恵を探し続けた。すると徐々に天からルナスさんに伸びる糸のようなものが見えてきたのだ。
きっとこの糸を断てばいいのよね。
そう思い糸を切るイメージをする。簡単に糸は切れ、ルナスさんから離れていった。
「できました」
「うん、なくなったよ。後はバフみたいに戦闘前に付けれると便利かも」
「それもできるか試してみます」
頷くと今度はルナスさんに聖リナレウスの恩恵が付くように祈る。すると簡単にルナスさんに聖リナレウスの恩恵が付いたのだ。冒険者カードを見ていたルナスさんが頷いてくる。
「これで、いつでも強化できるね。セシリアは最強の後衛じゃないの」
「わ、私はたいした事は……」
「ふふ、まあ、今はいいわ。とにかくここから出ましょう」
そう言ってルナスさんは意気揚々と歩きだす。私はそんなルナスさんの背中を頼もしく思いながらも目を閉じた。先ほどルナスさんのとは別に見えた複数の糸をもう一度見るために。
あった……
私は遠く離れた場所に見える糸を見る。そして見ているうちに心が怒りや悲しみでいっぱいになっていった。
すると、その糸が突然全て切れてしまったのだ。驚いてしまう。もしかしたらあの人達に何かあったのではと。けれど頭を振りその考えを振り払った。もう関係ないのだから。
それにあの人達は……
私は唇を噛み締める。そしてルナスさんの背を追って歩きだすのだった。
ロックside.
俺……ロック・フィールドはバーン騎士団長から呼び出しを受け執務室に向かっていた。
ちっ、なんだ?
女を抱きに行こうとしていた時の呼び出しだったので苛々しながら扉を蹴る。バーンが一瞬驚いた顔をするがすぐに作り笑いを浮かべた。
「いやあ、英雄殿。来て頂いてありがとう」
更には手揉みまでしてきたのだ。まあ、仕方ない。面倒だから今だに下っ端騎士にしてもらっているが魔王討伐の功績を残した俺は本来バーンより上の立場なのだから。
それにこの圧倒的な力に勇者パーティー以外は文句を言えなくなっているのもある。
全く、つまんねえな。誰か喧嘩を売ってこいよ。
内心舌打ちしながらも仕方なくバーンに尋ねる。
「……で、何だよ?」
「王都の北側にビッグボアが巣を作ったみたいなんだ。しかも亜種も混じっていてね。是非、英雄殿の活躍を見たいと近くの領主からのたっての依頼だ。もちろん終わった後は英雄殿の希望を用意してるとのことだ」
バーンは笑みを浮かべる。もちろん俺も同じ表情になった。英雄殿の希望……要は女を用意するという言葉にやる気が出たから。
だから、上機嫌で頷いたのだ。
「なんだ、それなら早く言ってくれよ。じゃあ、ちゃっちゃと行って片付けてくるわ」
「ああ、ありがとう英雄殿」
「おう」
俺は鼻歌を歌いながら部屋を出る。だが途中、足を止めた。真面目なバーンのことだから、どうせ向こうで用意するのも娼婦だろうと思ったのだ。
「ちっ」
ただ仕事をやらされているだけだと気づき舌打ちする。だが、すぐに笑みを浮かべた。良い考えを思いついたからだ。若い侍女がいたらついでにやってしまおうと。
「名案じゃねえか」
俺は口角を上げると再び歩き出す。それからことが終わった後のバーンの困った顔を想像して笑みを浮かべるのだった。
◇
「おお、英雄ロック殿が来たぞ。歓迎しよう、私が領主のレバルトだ」
レバルト領にできたビッグボアの巣近くに行くと領主のレバルトとその部下が出迎えてくれた。とりあえずは丁寧に挨拶する。
「こちらこそ呼んで頂き感謝します」
すると満足そうにレバルトは頷く。しかし、すぐ真面目な顔を向けてきた。
「来て早々に悪いがビッグボアの巣へ案内する。なに、英雄ロック殿ならあっという間に終わらせれる。後は報酬を楽しんでくれればいい」
レバルトの言葉に俺は笑みを浮かべる。
「ええ、そのつもりで来てますよ……」
まあ、追加報酬ももらう予定だがな。
そう付け足しながらビッグボアの巣へと向かう。すぐに一体のビッグボアが茂みから現れ突撃してきた。
はいはい、一匹目ね。
俺は向かってくるビッグボアの攻撃を避け首を斬り落とす。
「おお、素晴らしい!」
レバルトが離れた場所で称賛してくるが俺は舌打ちした。音で仲間が寄ってくるからだ。案の定、ビッグボアが二体現れ向かってきてしまう。まあ、俺にとっては問題ではなかったが。
「ふんっ!」
並走して突っ込んでくる二体のビッグボアを一太刀で斬り伏せると溜め息を吐く。
全く歯応えが無さすぎてつまんねえな。
内心、悪態を吐きながら次を待っていると今度は全身が赤黒い色をしたビッグボアが茂みから現れたのだ。
まあ、片眉を上げるがそれだけだった。どうせ亜種っていっても毛が生えた程度だろうから。だから、さっさと終わらせてしまおうと一歩前に出たのだが。
「なんだ……」
直後、頭がクラッとなり身体が重くなる。更にいつも以上に体が重くて上手く動けなかったのだ。どうしてだと考える。そしてすぐに亜種を見た。
「ま、まさか、ビックボアの亜種が弱体化魔法をかけてきただと? あり得ねえだろ⁉︎」
思わず叫び、慌てて状態異常回復薬を取り出す。しかし飲んでも体の重さは全く取れなかった。しかも、こちらの様子を見ていた亜種が突撃してきたのだ。
糞がっ!
慌てて亜種を避けようとするが体が重くいつものスピードがでなかった。結果、亜種の突撃をもろに受け吹っ飛びながら木の枝に絡まってまったのだ。正直、攻撃を喰らうとは思わなかったので呆然としてしまう。
しかし、すぐに我に返った。下の方から悲鳴が聞こえてきたから。
「ぎゃあーー! 助けてえーーー!」
どうやら下にいたレバルト達の方に亜種が来たらしい。もちろん、レバルト達は戦わずにさっさと逃げだす。
その様子をぼーっと眺めていると亜種が俺の真下で立ち止まった。直後、あり得ないほどの殺意と威圧感に俺は恐怖してしまったのだ。
「あひっ、ひいぃーーー! 俺を殺す気だ! た、助けてくれえぇ‼︎」
叫びながら必死に逃げるため体を動かす。だが、それが悪かった。体を支えていた枝が折れ亜種の目の前に落ちてしまったから。
「グルルゥゥ……」
「あがががっ……」
声にならない悲鳴をあげながら股間を濡らす。だが慈悲などないとばかりに亜種は留めを刺そうと地面を何度も蹴り上げ突撃してきたのだ。
「ぎゃあああっーーーー‼︎」
恐怖のあまり頭を両手で覆いひたすら叫び続ける。だが、いつまで経っても攻撃はこなかった。
「……あっ?」
涙と鼻水、そして涎にまみれた顔を上げる。すると目の前には横たわった亜種と顔を布で隠しボロボロの外套を着た人物が立っていたのだ。
「た、助かったのか?」
思わずそう尋ねる。しかし目の前の人物は俺を一瞥するだけで去っていった。俺はその態度に腹が立ち舌打ちする。
「一言ぐらい言ってけよ」
吐き捨てるように言うと地面に寝そべり顔を歪めた。身体中が痛かったから。間違いなく何処かの骨は折れているだろう。
「これじゃあ、ダリアお嬢さんに治してもらわなきゃ女が抱けねえじゃねえか。ちきしょう!」
しかしすぐにある考えが浮かび笑みを浮かべた。治ったら快気祝いに気に入った女はどんな女だろうがやろうと決めたからだ。
「楽しみだなあ。くっくっく」
これからの事を考えると痛みを忘れるぐらい楽しくなってしまう。だから、レバルト達が戻ってくるまで俺は最高に楽しいことを考え続けるのだった。
ジャックside.
王都の近くに現れたグリフォンを討伐するため、私……ジャック・トラジースはグリフォンが見える見晴らしの良い丘に向かっていた。
ふむ、私の活躍が見えやすい場所を選択するとはグリフォンも空気を読んでいるようだな。
私は鼻を鳴らしながら丘へと上がる。すぐに隊列を組み私の到着を待っていた魔法兵団と騎士団の精鋭陣が敬礼してきた。
「まあまあだな」
馬上からゆっくりと見回し口角を上げる。だが、すぐに問題児が来てない事に気づき眉間に皺を寄せてしまった。
「おい、ロックはどうした?」
騎士団を睨むとバーン騎士団長が手揉みしながら答えてきた。
「いやあ、ロック殿には北の領主様たってのご要望でビッグボアの討伐に行ってもらいました」
「ふむ、北の領主レバルト伯爵のところか。なら、仕方ない。このオルデール王国を守るのが騎士の務めだからな。だが、次は私の命令を優先させろよ」
「はい、聖騎士様」
冷や汗を垂らし、バーンは敬礼してくる。そんなバーンを私は冷めた目で見た。これでも昔は憧れていた人物でもあったからだ。
全く堕ちたものだな。いや、高みに上がり過ぎた私が悪いのか。全く罪な男になってしまったな。
いまだに手揉みしているバーンを一瞥するとグリフォンの見える場所に向かった。
「馬の倍ってところか。まあまあな大きさだな」
食事中のグリフォンを見た後、整列している魔法兵団と騎士団に顔を向ける。おそらく全員で戦ってやっと倒せる相手だろう。
まあ、私なら一人で余裕だな。くくくっ、こいつらに一人で倒すところを見せて改めて私の凄さを見せつけてやろう。
聖騎士の証を出すとみんなに見せつける様に掲げた。
「よく聞け! これからこの私、聖騎士ジャックがお前達に真の力というのを見せてやる!」
そう叫ぶと皆、手を叩いてくる。
「さすが聖騎士ジャック様!」
「ふん、では行くぞ!」
内心喜んでいたが部下の手前、顔に出ないよう我慢しながらグリフォンに向かっていく。しかし離れた直後、我慢できずニヤついてしまった。
また、これで功績が追加されると確信したから、今度こそこのオルデール王国の次期国王に相応しいと言われると思ったからだ。
何せ、王太子であるジークハルトは城の中に閉じこもってばかりだから。あの薄汚い芋女が死んだ後から。
きっと自分で殺したかったのだろう。誰よりもあたりがきつかったからな。
私はジークハルトが薄汚い芋女にきつい言葉を浴びせる姿を思い出す。それから笑みを浮かべた。
まさにチャンスだから。グリフォンを倒し第一王女殿下に挨拶に行けばきっと喜んで私を未来の夫として選ぶだろうから。
いや、国王の間違いか。
私は笑みを浮かべながら魔力を練り上げる。
「炎の渦よ、グリフォンを包み込め!」
短杖を向けると先端から炎が飛び出しグリフォンを炎で包み込んだ。
「グギャアアアアッーーーー!」
「ふん、蒸し焼きにしてやる」
グリフォンを包み込んでいる炎の渦が消えない様、魔力を短杖に流し込んでいく。魔力量が多い私にとってはいくらでも流し込めるのだ。
ふふふ、これならどんな相手でも勝てるな。
目の前の光景に勝利を確信し口元を緩ませる。だがすぐにその口元が歪んだ。突然頭がクラッとなり体が急に重くなったから。
「な、なんだ⁉︎ 何が起きた?」
必死に何が起きたか考える。しかし、いつもはすぐに考えが浮かぶ頭が回らなかった。更に魔力もあっという間になくなり、炎の渦が消えてしまったのである。
すると火傷を負ったグリフォンが怒りの形相で現れこちらに向かってきたのだ。
「ぎゃあああっーーーー‼︎」
グリフォンの威圧に負け私は悲鳴を上げてしまう。すると乗っていた馬が驚き、丘に待機している魔法兵団と騎士団の方にあろうことか向かっていったのだ。
「聖騎士様?」
「何でこっちに来るんだ?」
「おい、何か変だぞ!」
魔法兵団と騎士団の面々が騒ぎ始める。するとバーンの声が響きわたった。
「お前達、急いで戦闘隊列に切り替えろ!」
先ほどまでの情け無い姿とは違うバーンの雰囲気と怒声に、一気に魔法兵団と騎士団に緊張感が生まれる。それは昔、私が憧れていた騎士団長そのものだった。
そう思った直後、私は馬に振り回されて地面に叩きつけらる。更にすぐに馬の蹄が目の前に迫ってくるのが見えた。それが意識が飛ぶ私が最後に覚えている記憶だった。
次に目を覚ましたのは医療施設だった。医師が言うには三日間寝ていたらしい。それとグリフォンは無事に魔法兵団と騎士団によって討伐されたとの事だった。
現在、私は蹄の跡がついた、ひしゃげた聖騎士の証であったメダルを呆然と眺めていた。怒りが徐々に沸き起こる。
くそっ! 私の大切な聖騎士の証が! しかも、次に失敗したら降格だと? ジークハルトめ、ずっと狙ってやがったな! まあ、良い。次こそは必ず成功させ、第一王女殿下に取り入りお前を引きずり下ろしてやる。そして全てを奪った後に、あの薄汚い芋女を殺したのは誰か教えてやろう。
私はベッドの上で笑みを浮かべる。ジークハルトの絶望する姿を。そして自分が玉座に座る姿を思い描きながら。