4、落ちてきた冒険者
焚き火の炎が消えていた。いや、私がいつの間にか眠っていたのだろう。慌てて上半身を起こす。当たり前だけれど暗闇の中なので何も見えなかった。
ただ、力を使ってすぐに灯りを灯す気にはならなかった。危険だけれどこの暗闇の中が心地良かったからだ。理由はわかっている。いつだってそうだから。シルフィード公爵家にいた時も、王宮でお妃教育を受けてと時も、魔王討伐の旅をしている時も、泣きながら眠ってしまった後はすっきりしていたから。
だから、もう大丈夫と勢いよく立ち上がる。それからやっと力を使い淡く光る氷の結晶を出すと反対側に向かって歩き出した。
もちろん、ただ歩くだけじゃない。沸きなおした魔物を倒す事と遺体に遺品回収は忘れなかった。特に遺品から外に出られる帰還の魔導具がないかは念入りに探す。そんな事をしていたら、ふと外に出られたら何をしたいか考えていない事に気づいてしまった。
そして自分の今の立場も。
生きていたら、またお義姉様は私の命を狙ってくる……。そうなると別人として生きていくのが一番だけれど。一人で生きていける?
そんな事を考えていたらお妃教育で聞かされた修道院の話しを思い出した。修道院なら余計な事も聞かれないし、一人でも静かに慎ましく最低限の生活ができることを。
まさに今の私に合う条件だった。
そうなると後は上に登れる道があれば。
上を見上げる。そして、出た後のことを考えるとやる気が出てきた。ただし、しばらくしてその気持ちは消えてしまったが。奥に到着したのに上に登れる階段も梯子もなかったから。
どうしよう……
頭が真っ白になりかける。それから今来た道を振り返った。見逃してしまった可能性もあると思ったから。
だから、再び来た道を戻りはじめる。もちろん途中で上に行く道がないか調べるのは怠らなかった。
でも、結局は見つからなかったのだ。私は項垂れてしまうがすぐに上を見上げた。微かに物音が聞こえた気がしたから。
「何かしら?」
呟いた後、すぐに真っ白なベールの形をした結界を上の方に張った。真っ暗な空間が広がる方向を見つめているうちに嫌な予感がしたから。そして、その予感は当たっていた。結界に人が落ちてきたのだ。
間に合った。
ほっと胸を撫で下ろす。それから落ちてきた人をゆっくり地面に降ろした。ただ、まだ生きている保証はない。結界に触れると同時に怪我をしないよう回復の祈りを捧げたがあの高さから落ちてきたのだから。
でも、目の前に横にした女性を見て安堵する。気は失っていたけれど呼吸はしていたからだ。
「良かった」
そう呟きながら女性に手を伸ばす。しかしすぐに引っ込めた。目の前の女性が炎のように赤い髪を長く伸ばした若くて綺麗なだけでなく面積が少ない鎧を付けていたからだ。見ていて恥ずかしくなったのだ。
まあ、この女性は冒険者なのだろうから大丈夫なのだろう。こういう格好をした冒険者を魔王討伐の旅でよく見かけたから。
でも、私には……
そう思いながらも何気に自分が着た姿を想像してしまう。まあ、すぐに頭の中から追い払ったが。
「だって私みたいなのがこの格好をしたら……」
言葉が続けられなかった。もう自分にそういう縁はないだろうと、私の様な不細工な芋女は修道院に行くから気にする必要もないと思ったからだ。
だからもう考えることはやめ女性を寝袋に寝かせることにしたのだ。
「ふう……」
無事に女性を寝かすことができ私は一息入れる。しかし、すぐに手を打つと収納空間から子供程の大きさの鶏、コカトリスを取り出した。女性が起きるまで食事を用意しておこうと思ったのだ。
ちなみに野営地での料理はしっかりとできる。魔王討伐パーティーにいた時に全て勇者様と私で分担していたからだ。
「だから美味しいのを作りますね」
そう呟くと焚き火の上に鍋をセットする。それから一口サイズに刻んだ肉と乾燥野菜、塩を少量入れる。
「後は……」
力を使い拳台の聖氷をいくつか出すと鍋に入れた。これで煮込めば鶏野菜スープの出来上がりである。ちなみに料理だけはお義姉様以外、文句も言わずに食べてくれたのだ。
しかも勇者様はおかわりまでしてくれたわ。
私は目を細めながらあの日の事を思い出す。ただ、すぐに唇を噛み締めたが。
「嫌い……」
お義姉様の言葉を思い出す。だが、同時にある考えが浮かんでしまったのだ。もしも女性が私の事を知っていてお義姉様達に話してしまったらと。
途端に不安になってしまったが、すぐにあることを思い出し収納空間に手を入れた。
さっき拾った鞄の中にあったこれがあれば……
一枚の白いケープを取り出す。これで顔を隠せればと考えたのだ。そして、その考えは間違っていなかった。
鏡を見て思わず頷いてしまったぐらいだから。
「だから大丈夫」
そう呟くと私は気持ちよさそうに眠る女性に微笑むのだった。
ルナスside.
ルナス・オリベアはアルセウス領にある大都市ランプライトを拠点に活動しているBランク冒険者である。ルナスは基本一人で依頼をこなしているが、ある日、緊急依頼でパーティーを組む事になる。
しかし、それはルナスを嵌める罠だった。現在、ルナスはアルセウス領にあるダンジョン裏切りの洞窟の最深部、断罪の裂け目の前まで追い詰められていたから。
◇
失敗した……。まさか、あの緊急依頼が罠だったなんて……
あたし……ルナス・オリベアはボーっとする頭で冒険者ギルドの受付にいた舌ったらずな喋り方をする小太りの女を思い出す。
あの受付もグルだったのね。
にじり寄ってくる下品な笑みを浮かべるロッズ、ダル、ゲイルを睨みながらそう思っていると足を踏み外しそうになる。
慌てて後ろを見るとそこは真っ暗な空間、断罪の裂け目が広がっていた。
「ちっ、上手く追い詰められたわね」
悔し気に呟くとニヤけたロッズが近付いてくる。
「なあ、俺達を楽しませればそれで良いんだよ。薬だって効いてんだろう? さっさと抗ってないで楽になれよ」
「……ふん、回復薬に眠り薬を混ぜるなんて本当にあんたら糞だね」
「おいおい、その糞にこれからたっぷり可愛がられんだぜ?」
「はあっ? 何言ってんの。悪い事は言わないからあたしの剣を返して回れ右して帰りな。盛ったわんちゃん達」
そう言って笑みを浮かべるとダルが仲間の二人を怪訝な顔で見た。
「なあ、こいつ薬があんま効いてねえんじゃねえ?」
「まあ、半分飲んだところで気づかれちまったからな」
「なら、殺してからやるか?」
ダルが舌なめずりするとゲイルが呆れた顔をする。
「お前相変わらずそういうのが好きだな……。だが、意識がある限りこの女はBランク冒険者だからな。気をつけないとあっという間にやられるぞ」
「何びびってんだよ。三人でいっぺんにかかれば大丈夫だろ」
「まあ、そりゃそうだな」
「よし、やろうぜ」
三人の男は頷き合うと下品な笑みを浮かべながら向かってきた。
「……ゲス野郎め」
あたしは吐き捨てる様に呟く。そして手を伸ばしてきたロッズを掴み、そのまま次に向かって来たゲイルの方に投げ飛ばした。二人は衝突して揉みくちゃになりながら倒れる。それを見ていけると判断したが、腹部に強烈な痛みを感じ膝をついてしまった。
どうやら、ダルが投げたナイフが刺さったらしい。腹部に刺さるナイフを掴もうとすると、勢いよく抜けてダルの手元に戻っていった。
柄に紐を付けてるなんてやるわね……。出血させて殺す気満々じゃない。
この状況ながらダルを称賛してしまう。まあ、すぐその気持ちは消え糞野郎と思ってしまったが。それは仲間も同じだったらしい。ロッズが下品な笑みを浮かべるダルを睨む。
「はあっ、ダルの野郎まじでやりやがった。くそっ、お前の趣味に付き合わせんじゃねえよ……」
「まだ、生きてんだろう? なら、今のうち犯しちまえよ」
「ちっ、仕方ねえな。俺とゲイルが先にやらせてもらうからな」
「どうぞどうぞ」
ダルのニヤニヤ笑いに二人は苦笑する。だから、あたしも笑みを浮かべてやるとダルは驚いた顔を向けてきた。
「なんだ? 最後に俺らとやれんのが嬉しいのか? 満足させて逝かしてやんぜ」
「……はっ、馬鹿じゃないの。やらせるわけないじゃない」
そう言うとロッズ達ははっとする。
「やべえ、あいつ捕まえろ!」
「遅いよ、糞野郎共。地獄で待ってるからね」
そう言うとあたしは最後の力を振り絞り後ろに飛ぶのだった。
◇
目を開けると目の前には暗闇が広がっていた。
あれ、ここはどこ? ええと、確かあたしは糞野郎に眠り薬入りの回復薬を……
「あっ!」
先ほどの事を思い出してすぐに起き出し自分の腹部を見る。そして傷が全くない事に気づく。
「あれ? どういうこと……」
全く状況が掴めなかったが、自分の腕や足の古傷もなくなっている事に気づくと理解してしまった。
ふう、あの世に行くのに傷だらけの女じゃ不憫だから聖リナレウス様が消してくれたのね。ありがとよ。てか、あたし死んじゃったのね……
額を軽く叩きカラ笑いする。
「ははっ、Bランク冒険者になったってのに、ヘマした挙句に落ちるなんてね……」
「……」
「しかし、あの世ってのも大概寂しいとこね……」
「……」
「それにしてもさっきから良い匂いがするわね」
あたしは思わず匂いを嗅ぎ始めるていると、後ろの方から声が聞こえてきた。
「た、食べますか?」
「えっ?」
思わず振り返る。そして真っ白な何かを見てガラにもなく悲鳴を上げてしまったのだ。