3、本当の姿
「あれ、私は何をしていたのかしら?」
上半身だけ起こし何があったのかをゆっくりと思いだす。そして淡く光る氷の結晶を出す。そして気絶する。既に気絶すること四回目だった。
しかし、五回目は耐えれた。あることに気づいたからだ。私は凍った巨大な生き物を見つめる。
「多分、私の力でこうなってしまったのよね……」
そう呟くと無意識に目の前の巨大な生き物を無限に近く入る収納空間にしまった。魔王討伐の旅でロック様に魔物は全ての部位が高く売れるからしまえと強い口調で言われ続け癖になってしまっていたからだ。もちろん売った魔物の代金が私に来ることはなかったし、お金を触らせてくれることもなかった。
まあ、私はお金の使い方を全く知らなかったし、食事はなんとか食べれていたので気にはしてはいなかったけれど。
でも、これからは気にしないといけないのよね。もちろん外に出れた場合だけれど……
明るさをあげ離れた場所を確認する。そして思わず座りこんでしまう。大量の凍った魔物がいたから。
これも多分、私が……
そう思い恐る恐る先の方に進みながら確認していく。かなり先までこの状態が続いている事がわかった。
とりあえず死んでいても怖いから全部しまっておこう……
祈りのポーズを取り意識を集中すると見える範囲内の魔物を全て結界で覆い、そのまま収納空間にしまう。それを移動して繰り返す事で凍らせた魔物を全て収納空間にしまう事ができた。ただ、その作業をしている時にわかってしまう。まだ離れた場所には沢山の生きた魔物がいることに。
途端に不安で押しつぶされそうになる。回復やお義姉様を守る結界を張っていただけで直接魔物と戦っていないから、こういう時どうして良いかわからないのだ。
だから、意味もなく辺りを見回してしまう。それが余計に悪かった。両側は何処までも上に伸びる岩肌、前後は真っ暗な空間が広がるだけだったから。つまり進む以外道がないのがわかってしまったからだ。
「勇者様……」
思わず口に出てしまう。もしかしたらと思ってしまったから。しかしすぐにその考えは否定した。
勇者様は誰にでも優しくして下さっただけなのだから勘違いしちゃ駄目だと。だから私は両手で頬を叩くと聖なる力を前面に向かって放った。直後、断末魔の叫びが大量に聞こえる。そして消えていく魔物の気配も。
けれども私は恐る恐る前に進んだ。確認しない限り安心できないから。
またあの時みたいなことがあると思うから。自分の胸に手を当てる。そして安堵した表情で胸を撫で下ろした。凍りついた魔物を確認できたから。
「良かった」
魔物に対しての心配がなくなり私の表情は緩む。しかも、もっと緩む出来事があったのだ。しばらく進んでいると岩と岩の間に座りこむ人物を見つけたから。
嬉しさのあまり駆け寄る。すぐに意気消沈してしまった。見つけたのは白骨した遺体だったから。きっと魔物から隠れているうちに亡くなったのだろう。
私は気持ちを切り替え祈りを捧げると収納空間にしまった。外に出たら供養するためである。
「だから待っていて下さいね」
そう呟くと今度は側にあった千切れて汚れた鞄に視線を向ける。きっと今のご遺体の所持品だろう。
私は感謝と共に鞄を掴む。使わせてもらおうと思ったのだ。もちろんこのままでは無理なのはわかっている。だから、怪我、病気、更には物に対しても使える浄化の力を使ったのである。
すると千切れて汚れた鞄は新品同様になった。しかも表面に魔術文字が現れたのである。
どうやら、この鞄は時間固定の魔法がかかってる魔導具だったらしい。思わず期待してしまう。そして、中を見て思わず感謝の祈りを捧げてしまった。水が入った水筒や木の実に、携帯調理道具が入っていたから。
「ああ、聖リナレウス様」
私はしばらく祈り聖リナレウス様に感謝の言葉を捧げる。たとえ、聖リナレウス様の言葉が聞こえなくても。
ちなみに私は氷の聖女と言われているが熱心な聖リナレウス教徒ではない。じゃあ、なぜこんな風に祈ってしまうのかというと癖になっていたから。祈りを捧げている間はお義姉様だろうが、ジークハルト様だろうが誰も私に酷い言葉を投げてこなかったから。きっと聖リナレウス様の怒りを買うのが怖かったのだろう。
じゃあ、なんで私にあんな酷いことをしたのかしら? 私は聖リナレウス様の使徒と言われるのに……
そう思ったがすぐに頭を振る。あの人達の考えなんてわからないし知りたくもないから。
けれども……
一人だけやはり気になってしまう。勇者様のことを。でも、すぐに頭を振りその考えを追い払う。
それからはただひたすら外に続く道を探し歩いた。
もちろん道中倒した魔物は回収し、遺体や遺品が見つかれば回収することを繰り返していた。特に遺品からは地上へ帰還できる魔導具がないか念入りに探した。
でも、結局は見つからず、しかも上に登れるような階段も見つけることも叶わず断罪の裂け目の端に到着してしまったのである。思わずしゃがみ込み頭を抱えてしまう。
どうしよう……。いえ、まだ向こう側の端に行けば……
ぽっかりと広がる目の前の暗闇を見つめる。そして最悪な状況も。それに今、行って上に登れなかったら確実に心が折れるとも。
だから、今日は進むのをやめ野営の準備をするため鞄に手を伸ばした。ただ、途中で手を止める。野営の準備は勇者様から教えてもらったが一人でできるのだろうかと不安になってしまったから。
しかし再び手を伸ばした。もう自分一人でやっていかないといけないのだから。
「だから大丈夫……」
そう呟くと必死に野営の準備を始める。結果、時間はもの凄くかかったが寝袋や焚き火などを無事に設置すれことができた。最後に結界を張る。
「良かった、一人でもできた。後は食べ物だけど……」
見つけた食べ物を順に並べる。
「時間固定がされた鞄が少なかったけれど、これだけあれば十分よね。それにいざとなったら魔物を解体してお肉は取れるし、水も聖氷を出して溶かせば良いわけだから」
しばらくの生活に関して解決できた事に安堵すると、早速パンで干し肉を挟み齧り付いた。思わず頬が緩んでしまう。
「凄く美味しい。なんだか久しぶりに食べ物を口にした気分。これは気をつけないと全部食べてしまいそう……。でも、そんな贅沢をしては駄目よね」
そう考え今日食べる分以外、目を逸らしながらしまいこむ。そして、今日の分はなるべく噛む回数を多くした。これで、自分のお腹を騙すのだが、孤児院やシルフィード家でやっていた私にはお手のものだった。
その後、食事を終わらせ自分自身に浄化の力をかける。これで歯の汚れに身体や衣類の汚れも取るのだ。
「すっきりした。あっ、そうだ。ついでに着替えてしまおう。確かあの鞄に……」
後衛の遺体が持っていた鞄から衣類一式があったので取り出すと体に合わせてみた。
「うん、やっぱり私も着られるサイズだわ。それに継ぎ接ぎだらけじゃない!」
思わず興奮しながら着替える。靴は履いてて足が痛くなく服はごわごわしてなく触り心地が良かった。
思わず笑顔になりながら手鏡を取り出す。もちろん確認するためである。しかし、ある事に気づき手鏡を置いた。
お義姉様が自分の代わりをするのだから、髪の色と目の色はもう戻しても良いだろうと思ったから。
私は早速解呪の力を使い髪と目の色を戻す。更に邪魔な前髪を切ると再び手鏡を持った。
白銀髪に赤い目をした白いローブ姿の痩せた女の子が映り込む。正直、似合ってるのかわからなかった。しかも久々に見る自分の顔に私は目を伏せる。
皆から酷い容姿と言われているから。
「でも、これでお義姉様達に見つからない限りは氷の聖女とはわからないわよね……」
おそらく、この容姿を覚えているのはお義姉様の言う通りシルフィード公爵家ぐらいだろう。だが、ふと一年前ぐらいの事を思い出す。
一度だけ、勇者様に顔を見られた時を。
あの時、何て言おうとしたのかしら……
勇者様が何か言おうとしたのだが、ジークハルト様に邪魔をされてしまったのだ。だが、すぐにお義姉様の言葉を思い出し俯く。
「大っ嫌いで不細工な芋女……」
そう呟くと私はしゃがみ込み涙を流すのだった。