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25、聖女と魔王


「やっと……」


 カシムさんは倒れた直後、更に君は自由だと仰ってきた。

 だから嬉しさで涙が溢れ出てしまったのだ。カシムさんが本物の勇者様であると理解したから。しかも一年前と何も変わらない。

 なのに。

 そんな勇者様が亡くなってしまう。やっとお会いできたのに。だから嫌だと首を横に振り手を伸ばしたのだ。直後、強烈な衝撃がきて動きを止めてしまったが。


 ……何?


 視線を自分の胸辺りに移すと深々と刺さるナイフが見えた。途端に痛みと共に意識が遠のいていく。

 でも、なんとか最後の力を振り絞り目を開けたのだ。勇者様の声が聞こえたから。


「セシル!」


 勇者様が私の方に手を伸ばしてくる。私はその手に触れたくて手を伸ばした。


「勇者様……」


 でも意識が続かず私の願いは叶わなかったのだ。



 ジークハルト様が目の前で弱々しく渦を巻く黒い煙のようなものを睨む。


「セシリア、お前の浄化の祈りで魔王にとどめを刺せ」

「……はい」


 私は頷くと浄化の祈りを始める。すると黒い煙の一部がちぎれ、最後の抵抗とばかりにこちらに向かってきたのだ。しかも、もの凄い速度で。

 だから恐怖のあまり咄嗟に目を閉じてしまったのである。しばらくしてロック様とジャック様の声で目を開けたが。


「よし魔王が消えたぞ! これで俺達は英雄だ!」

「くくくっ、英雄ね。良い響きだ」

「良かった……」


 私は胸を撫で下ろすと勇者様の方へ顔を向けた。


「疲れていないか?」


 いつものようにそう尋ねてくれたから。ただし答える前にいつものようにジークハルト様の怒鳴り声も飛んできたが。


「セシリア! 魔王はまだ死んでないかもしれない! 気配を探りながらもう一度浄化の祈りをしろ!」


 更には便乗するようにお義姉様も。


「さっさと終わらせなさいよこのノロマ!」


 だから私もいつものように無言で勇者様に頭を下げる。そして内心ではもう必要ないとわかっていながら再び浄化の祈りを始めたのだ。



 目を開けた直後、今のは夢だったことを理解した。ただし、今いる場所も現実ではないのでまだ夢の中なのかもしれないが。


 でも、どうして昔の事を思い出したのかしら……


 私の中ではかなり印象が弱い内容であるため深い闇の中で首をひねってしまう。すると、どこからともなく声が聞こえてきたのだ。


(私が見せているからだ)

 誰?

(お前達が魔王と呼んでいる者だ)

 えっ、魔王は倒したはずじゃ……


 そう思った直後、黒い煙の一部が私に向かってきた光景を思い出した。


 まさか……

(そうだ。お前の中で存在していたのだよ)

 そんな……。じゃあ、魔王討伐は失敗したというの……

(魔王討伐ね。そもそも、その考えが違うのだよ)

 えっ? どういう……


 直後、頭の中に私の知らない情報が大量に流れこんできた。


 これは……

(そうだ。だからもう休むといい)


 その声の主は腕だけ見せ私の頭を撫でた。すると私の意識は更に深い闇の中に落ちていったのだ。



ルナスside.


 目の前で起きている状況が理解できずにいた。いや、セシルが放つ禍々しい魔力の所為で震える体を必死に抑え込むので精一杯だったのだ。

 ただ、しばらくしてあたし達はその禍々しい魔力から解放されたが。セシルが口元を緩めながら魔力を弱めたからだ。


「ぷはあっ!」


 思わず声を出し尻餅をつくと同じくエリスも座り込んだ。


「はあっ、死ぬかと思った……」

「正直、断罪の裂け目に飛び込むより遥かに恐怖を感じたわ。しかし、何なのよあの姿は……」

「わからないけど人ではないわよね……」


 エリスの呟きにセシルに視線を向けると彼女も視線を向けてきた。しかも笑みを浮かべながら自分の胸に刺さった宝具のナイフを抜くとカイウスの方に投げたのだ。


「ぐぎゃあああああっ!」


 ナイフは深々とカイウスの腹に刺さる。間違いなく致命傷だろう。なのにダリアは躊躇なくナイフを引き抜く。


「平民の分際でよくも高位貴族のお兄様を! 断罪してやる! 宝具解放! ルグレスの針よ! その力を以てあの女を一撃で仕留めよ!」


 更にそう叫ぶと輝き出したナイフをセシルに投げようとしたのだ。手を離す直前、体をよろめかせてナイフを落としてしまったが。


「ぎぎゃあああああぁぁーーーー!」


 しかも体を掻きむしりながら苦しみ出してしまったのである。あたしは思わずエリスに顔を向ける。エリスは首を横に振ってきた。


「知らないわよ」

「だよね。じゃあいったい……」


 すると、いつの間にか側に来ていた父上が説明してくれたのだ。


「おそらく、シルフィード公爵令嬢は一日に一度しか使えない宝具を再び使おうとしたから命を無理矢理削られたんだろう」

「うわっ、宝具ってそんなやばいもんなの……って、父上、そんな事よりランプライトは大丈夫なの?」

「前以て罠も仕掛けておいたし最高の装備をしている冒険者と騎士団がいるから問題ない。それよりもこちらの状況を見極める方が遥かに大事だったんだが……どうやら最悪な状況になってしまったな」


 悲しげな表情でセシルを見つめる父上にあたしは詰め寄る。


「ちょっと、その態度は何を知ってるのよ⁉︎」


 父上は迷った様子を見せたが、しばらくして口を開いた。


「……氷の聖女の役割は魔王を倒す事ではない。自らの体に封印する事なんだ」

「はっ⁉︎」


 あたしとエリスは驚く。氷の聖女は魔王を倒せる唯一の存在だと習っていたから。


「じゃあ、今のセシルさんは封印が失敗したから魔王に体を奪われたかもしれないと……」


 エリスがそう呟くと父上は見た事もない模様が施された槍を無言で構えた。セシルは少し残念そうな表情を浮かべる。ただ、すぐに笑みを浮かべて言ってきたが。


「半分正解。で、その槍で私を突くか?」


 父上は迷った表情を浮かべるが槍を握る手に力を入れ始めた。すると、ベルマン達と戦っていたはずのマリーン様が慌ててこっちに飛んできて父上を怒鳴ったのだ。


「その宝具を下げろ! 馬鹿者!」

「しかし、ここでやらなければ世界が……」


 しかしマリーン様は父上の持ってる槍を掴むと無理矢理下げたのだ。あたしとエリスは状況が理解できず顔を見合わせてしまう。

 それはこちらに来たベルマンとナタリーもそうだった。


「な、なんだあの角は?」

「わからないわ。そんなことよりダリアが間違いなく宝具で殺したはずなのに……。なぜ生きてるの⁉︎ 答えなさい!」

「やれやれ。貴族はまず何かを聞く前に名を名乗るのが筋じゃなかったのか? ああ、もしかしてお前は教養がない貴族か。それは私が悪かった」

「ぎぎっ、この汚らしい平民風情が! 口を慎みない!」


 ナタリーが杖をセシルに向ける。けれどセシルが指を鳴らすとナタリーは一瞬で凍ってしまったのだ。マリーン様が納得した表情で髭を弄る。


「なるほど、わしらと戦っていた魔物もこうやって一瞬で倒してしまったのか……」

「じゃあ、あたし達は助けられたってこと?」

「どうかのお。禍々しい魔力に中てられ、魔物が死んだのかもしれん。まあ、もしもわしの考えが合っているならその可能性もあるがな」

「何よ、その可能性って?」

「知りたければこのまま見ておけ」


 マリーン様がそう言った直後にベルマンがセシルを指差し叫ぶ。


「貴様はなんて事をするんだ! ナタリーを治せ!」

「なぜ?」

「なぜだと! 道具である平民風情が貴族の言う事を聞くのは当たり前だろう!」

「話にならないな。まあ、だからこそちょうど良いのか」


 セシルは納得するように頷くと手から黒い煙の様なものを出した。

 そしてシルフィード一家に向け放ったのである。


「ぎゃああああアアアアァーー!」


 あっという間に黒い煙が体に入っていった四人の容姿が変化する。そして干からびた黒いミイラの様な姿になってしまったのだ。


「ふむ、良くできたな。さあ、お前達の役割は頭に流してやった。さっさと聖女の代わりに浄化作業をしてこい。お前達が代わりをしてくれるんだろう?」


 満足気にセシルが笑みを浮かべると四人は首を必死に横に振る。


「ギギャアッ、コンナコトシラナカッタ!」

「ユルシテエーー!」

「エイエンダト……ソンナノイヤダ!」

「ワタシハジョオウニナルノヨ。モトニモドシテヨ!」

「うるさい。目障りだからさっさといけ」


 すると四人は叫びながら何処かへ向かって歩き出したのだ。その光景を見たマリーン様は再び納得した表情で頷いた。


「やはり、あれは魔王という名の世界の歪みだったか」

「歪み?」


 父上がそう聞き返すと、セシルがかわりに答えてくる。


「この世界は完全ではない。だからこそ生きとし生けるものの負の感情が溜まっていくと世界に魔王という歪みを生んでしまうのだ」

「だから、その都度、聖女を作り出し歪みを修正していると?」

「そうだ。だが時が経ち本来の目的を教えられる存在がいなくなってしまったようだな」


 こちらを残念そうに見るセシルにマリーン様がすまなそうに口を開く。


「言い訳に聞こえるかもしれんが四百年前に世界を巻き込む大きな戦争があった際、教えが書かれた唯一の書物が焼かれてしまったのだ。だから、わしが復元するために世界中を……いや、やはり言い訳か」


 マリーン様が項垂れるとセシルは口角をあげた。


「賢者の加護持ちか。懐かしい……いや、私は残滓でしかないか。まあ、お前の頑張りで許してやろう」


 セシルはそう言うとあたしに視線を向けてきた。だから思わず尋ねてしまったのだ。


「あんたは誰なの?」


 セシルはあっさりと答えてくる。


「私は聖女がその身に歪みを取り込み死にかけた時に現れる様になっているリナレウスというこの仕組みを作った者だよ」

「えっ、リナレウスって……」

「そうだ。お前達が聖リナレウスと勝手に崇めている存在だよ」


 セシル……いや、リナレウスは楽しげに笑う。


「話についていけないんだけど……」


 リナレウスの話を聞いていたエリスは頭を抱えてしまう。もちろん、あたしも同じだが一つだけわかる事があった。


「セシルが死にかけてるって事は生きてるって事でもあるんだよね? セシルは助かるの?」


 するとリナレウスは少し悩んだ様子を見せた後、答えてきた。


「この傷ついた状態で負の力に中てられてしまったから、いつ目を覚ますかわからない。正直、楽にしてやった方が良いのではないか?」

「はっ、何言ってんのよ!」


 思わず睨んでしまうとリナレウスは真顔で尋ねてくる。


「もし聖女が目を覚ましても、きっとろくな目に合わないぞ。それともお前達はこの先、どんな事があっても聖女の命を守れると誓えるのか?」

「それは……」


 あたしは答えに詰まってしまった。それは皆も。何せ私達は既に取り返しがつかない失敗をしてしまったからだ。


 だから誓うなんて……


 思わず悔しくなり涙を流していると声が聞こえてきたのだ。


「それは俺達だけじゃなくあなただって無理だろう?」


 倒れていたカシムが立ち上がったのだ。しかも失ったはずの腕もあり金髪碧眼の美丈夫の姿で。

 だから驚いてしまったのである。ただ、カシムはあたし達には目もくれず再び口を開く。咎めるようにリナレウスを見ながら。


「貴女がそもそも中途半端なことをしたからこうなったのではないのか? なら責任をとって彼女を助けてくれ」


 リナレウスは目を細める。


「……助けてどうする?」

「俺の命ある限り側にいて守り続けると誓おう」


 胸に手を当て跪くカシムにリナレウスは考える仕草をする。それからゆっくりと頷いた。


「……よかろう」

「やった!」


 あたしが手を叩いて喜ぶとリナレウスは首を横に振った。


「今すぐは無理だぞ。先ほど言ったように聖女は傷つき過ぎた。だから、しばらく休まねばならない」

「じゃあ、セシルはいつ起きるのよ?」

「わからない。もしかしたら、夢の中に永遠にいたいと思うかもしれないからな」

「なら、あたしが起きるように声をかけ続けるから」


 あたしが笑みを浮かべるとリナレウスは目を見開いた後、笑い出した。


「くくくっ、なら期待しよう」


 そしてカシムに視線を向けたのだ。カシムは頷きリナレウスの腰に手を当てると父上の方を向く。


「俺はいつ目を覚ますかわからない彼女の側にいる」

「わかった。後は任せておけ」

「わしもしっかりと聖女の本来の目的を書き記し二度と馬鹿をしない様、後世に伝えるとしよう」

「助かる」


 父上とマリーン様の言葉を聞いたカシムは今度はあたしとエリスに頭を下げてくる。


「君達には礼を言う。彼女を助けてくれてありがとう」

「礼はいらないよ。あたしはセシルに命を助けられた口だから」

「そうそう、私達の恩人で親友なんだから当たり前よ」

「……そうか。それでも彼女が楽しそうに毎日過ごせていたのは君達のおかげだ。きっと彼女にとっての本当の勇者は君達なのだろうな」


 カシムは少し悔しそうな表情を浮かべる。あたしは首を様に振りながら口を開いた。


「セシルにとって勇者はあんただけだよ」


 するとリナレウスが微笑んできたのだ。まるでセシルが笑ってる様に。


「セシル……」


 リナレウス、いや、セシルは頷いてくる。ただ、すぐに微笑んだ表情のまま氷に覆われてしまったのだ。


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