24、最後の戦い
カシムside.
十才の時に剣聖という稀少な加護が現れたカシムは十五才の時に冒険者として活動している最中、オルデール王国の人攫いに攫われてしまう。
しかも逆らったり逃げられない様、スイッチが入ると激しく燃える魔導具の首輪を着けられて。
だから、その後は売られた王家に危険な魔物退治の仕事を何度もさせられていたのだ。数年後には魔王討伐の命令まで。しかも勇者……いや、王家の奴隷として。
もちろん断ることなどはできない。なのでカシムは仕方なくパーティーメンバーに会いに行ったのだ。まあ、行った先でカシムは怒りで爆発しそうになったのだが。ネイダール大陸にしか現れないと言われる聖女がいたからだ。
ただし魔導具の首輪の所為で静かに震えていることしかできなかったが。けれどもこの時、チャンスがきたらどんなことをしてでも彼女をオルデール王国から解放しようと考えたのである。
なのに。
魔王討伐後、聖女を助けてくれるかもしれないランプライトの領主ラジルに接触できる日にジークハルトによって首輪のスイッチを入れられてしまったのだ。
だから、もう自分で聖女を助けられないと悟ったカシムは賭けに出たのだ。自分と同じ様に陰ながら氷の聖女を慕うクレインに自分の代わりをさせようと。燃え盛る魔導具の首輪を必死に魔力で抑えながら。
お前は命を賭けて氷の聖女を守れるのか?
クレインは悩む仕草をした後、小声で答えてくる。
僕が必ず氷の聖女様は救ってみせる。
だからカシムは満足して意識を手放したのだ。もちろん、この時、自分は間違いなく死ぬだろうと思っていた。
結果は冒険者に助けられ半年以上眠り続け、顔中は焼け爛れ、片腕は失っていながらも生きていたが。
でも、生きていたのだ。
しかも。
俺はジークハルトに肩口を深く斬られながら笑みを浮かべる。守れたからだ。
「やっと……」
呟くと氷の聖女は驚いた表情で向けてくる。思わず口元が緩んでしまった。同時に体の力が抜け世界が回りだしたが。血を流しすぎたからだろう。気づくと空を見上げていた。
倒れたのか……
視線だけ動かす。狂化薬の効果が切れたらしくボーっとしているジークハルトが見えた。そして涙を流しながらこちらを見つめる氷の聖女が。
だから頷いたのだ。もう大丈夫だと。
「君は……自由だ」
しかし氷の聖女は首を横に振りながら手を伸ばしてきた。ただ、その手は途中で止まってしまったが。何かがジークハルトの体を突き抜け、氷の聖女の胸に刺さったから。
「セシル!」
思わず痛みも忘れ必死に手を伸ばすと彼女も倒れながらゆっくりと手を伸ばしてくれた。しかも勇者様と囁きながら。
だから俺は彼女の名を何度も呼び、体を引きずりながらはっていったのだ。もう彼女の瞳に光がない事に気づかず。
ダリアside.
仕留めた!
動かなくなったジークハルトとセシリアを見て思わず手を叩くと、お父様とお母様が私を抱きしめてきた。
「でかしたぞ! 二人もいっぺんに倒すなんてさすがは我が愛娘だ!」
「やはり、ダリアは将来、女王になる器なのよ!」
もちろん私は微笑みながら頷く。そして二人に感謝を込め言ったのだ。
「そんな私を産んで頂いたお二人に心の底から感謝いたしますわ」
「ダリア……」
「うう……」
二人は感極まって涙を流すため、私まで涙が出てきてしまう。そんな私達にお兄様が笑顔を向け仰ってきたのだ。
「さあ、早くあの汚い平民の死体をダルマスカ帝国に送ってしまおう」
「ああ、ダルマスカ帝国が実験材料に欲しいと言っていたからな。しかし、何故私達だけでやらねばならぬのだ……」
お父様は不快そうに倒れているセシリアを見る。正直、私だってあんなのに近づきたくもないし視界に映すのも嫌である。
でも、ダルマスカ帝国に手伝う条件として生死は問わずセシリアを連れてこいと言われてしまったのだ。
だから仕方ないのだけれど……
つい顔を歪めてしまうとお父様が私の背中をさすってくれる。
「大丈夫だよ。これで、ダルマスカ帝国が後ろ盾になってダリアはオルデール王国の女王になれる。それにジークハルトの遺体をオルデール王国に送り付けてやろう。きっと、王太子派閥は怯えて降伏するぞ」
更には手を叩き一緒に付いてきた使用人に二人の死体を運ぶよう指示を始めたのだ。ただ、彼らが死体に近づくと驚いた表情を向けてきたが。
「旦那様、こいつら凍ってますよ」
「ふむ、汚い平民がきっと最後に何かしたのだろう。腐らなくて都合が良いではないか。構わんから馬車にそのまま突っ込んでおけ」
「わかりました」
使用人達は頷きセシリアの死体に触れようとする。だが、突然、風魔法が飛んできて使用人達を吹き飛ばしてしまったのだ。私達の側にいた護衛はすぐに臨戦態勢に入る。
しかし、その彼らも魔法攻撃を受け倒れてしまう。
「誰⁉︎」
だから警戒しながら私は魔法が飛んできた方を睨んだのだ。すぐに驚いてしまったが。なぜならネイルズ共和国、最強の魔法使いである賢者マリーンが視界に入ったから。
ルナスside.
「しっかし魔力を辿ったり空を飛べるなんてさあ……卑怯じゃない?」
私は前方を飛んでいるマリーン様を見ると並走しているエリスが真顔で答えてきた。
「魔法のエキスパートである賢者の加護を持っているんだから仕方ないでしょう。それに私達だって人の事は言えないじゃない」
そう言われてあたしは苦笑してしまった。今、聖リナレウスの恩恵の力で尋常じゃない速さで動けているからだ。
まあ、それでもマリーン様の持つ加護の力には敵わないが。
徐々に離されていくのを走りながら見ているとエリスが呟いてくる。
「昔は誰でも加護を持っていたのよね。じゃあ、聖女の加護とかもあったのかしら……」
あたしは黙って走り続ける。内心ではそんな加護があったらセシルみたいに酷い扱いを受けていたんじゃないかと考えてしまっていたが。
なぜって、人の持つ欲望は時代が変わっても変わらないからだ。
絶対に。
今まで会った連中を思い出しているとマリーン様が突然、魔法を放つのが見えた。
だから走る速さを更に上げたのだ。ただし視界にある光景が映った瞬間、走るのを止めてしまったが。
倒れているセシルの胸にナイフが突き刺さっていたからだ。
「……嘘よね?」
見間違いかもと隣に顔を向ける。しかし、エリスは悔しげな表情で首を横に振ってきた。私は思わず項垂れでしまう。
するとマリーン様がこちらに来る。そしてセシル達から離れた位置にいる連中を無言で指差したのだ。要は敵がいるのだから悲しむのは後にしろと言いたいのだろう。
だから、無理矢理に気持ちを切り替え剣を構えたのだ。マリーン様が頷いてくる。
「今はそれでよい。あれがシルフィード公爵家じゃ」
「あいつらが……」
そう呟きながらシルフィード公爵家に剣先を向けると公爵らしい男が怒りの表情を向けてきた。
「冒険者風情が高位貴族であるこのベルマン・シルフィードに向かってなんだその態度は! 剣をしまって跪いていろ!」
もちろん、あたしは無視して口を開く。
「セシルに酷い事をした挙句に命を奪うなんてあんたら最低なクズ野郎共ね!」
するとベルマンとカイウスが笑みを浮かべ言ってきたのだ。
「ああ、あの汚い平民の知り合いか。ふん、平民が一人死んだぐらいで問題なかろうが」
「父上の言う通り平民は貴族の為に働く道具なのだから問題ない。全く、なんでこう道具のくせにいちいちうるさいんだ」
「このクズ貴族が……」
あたしが歯軋りしていると、エリスが横で剣を構える。
「貴族主義ってあれだから嫌なのよ。会話もどうせ成立しないし、さっさとセシルさんの仇をとりましょう」
「……そうだね」
あたしは頷くとエリスとマリーン様に視線を合わせる。そして頷き合うとそれぞれの相手に向かっていったのだ。
もちろんあたしの相手はダリアだ。
「あんただけは許せないからね」
剣先を向けるとダリアは面倒臭そうに髪を弄る。
「全く、野蛮な冒険者は崇高な貴族の考えもわからないのね。まあ、それなら相手はこれで十分よねえ」
そう言うとポケットから文字が刻まれた筒状の魔導具を出し地面に投げたのだ。すぐに筒状の魔導具が発光してスコーピオンキングが現れる。
「美しいでしょう? 私のスコーピオンキング。ダルマスカ帝国で実験されて更に強くなってるのよ。だから、英雄でもない冒険者如きで勝てるのかしら?」
ダリアはスコーピオンキングの甲殻を撫でながらこちらを見る。
しかし、会話する必要はないと判断したあたしは無言でスコーピオンキングに攻撃を仕掛けたのだ。予想以上に動きが速くて避けられてしまったが。
更には反撃までしてきたのだ。
「うわっ!」
思わず叫びながら飛び退くと、ダリアがこちらを指差しながら笑い出す。
「うはははっ! 何あれ? 猿じゃない。全く、冒険者ってこれだから野蛮で嫌なのよねえ」
「うっさいわね! ただ見てるだけのあんたに言われたくないよ!」
思わず言い返してしまう。するとダリアは心底理解できないという表情で首を傾げたのだ。
「何を言ってるの。私が見ているだけなのは当たり前でしょう。だって高位の貴族令嬢なのよ」
更には馬鹿にする表情でこちらを見てくる。正直、その顔に拳を叩き込んでやりたくてしょうがなかった。
まあ、今はスコーピオンキングから逃げ回るのが精一杯だったが。
すると今度はダリアがつまらなそうに爪を弄り始めたのだ。
「はあっ。早く帰って湯浴みをしたいわねえ。ねえ、あなた早く死んでよ」
あたしは、はらわたが煮えくり返りながらスコーピオンキングの攻撃を弾いているとエリスがカイウスの攻撃を避けながらこっちに転がってきた。
「ルナス、大丈夫?」
「何とか。てか、そっちは……カイウスにスコーピオンクイーン両方相手にしてるの⁉︎」
「私なんかマリーン様に比べればましよ」
「えっ……」
エリスに言われ、マリーン様の方を見る。思わず目を見開いてしまう。何せマリーン様は大量の魔物達と戦っていたから。
「シルフィード公爵夫妻が出したのよ。まあ、向こうはランクの低い魔物だからしばらく大丈夫だろうけど……」
若干、焦っているのか早口になるエリスにあたしは腹を括る。
「……なら、ダメージ覚悟でダリアだけでもやらない? あたし、あいつだけは許せないから」
「悪くない案ね。じゃあ、行くわよ」
エリスの言葉にあたしは頷き、ダリアの方に走り出す。
するとダリアは笑みを浮かべてポケットから筒状の魔導具をもう一つ出したのだ。
「あははっ、馬鹿じゃないのーー! 家族に一番愛されてるこの私が一体だけしか持たされてないわけないでしょう!」
そして、もう一体のスコーピオンキングを出してきたのだ。あたしは悔しさのあまり、この糞女と叫ぼうとしたのだが口を開く前にスコーピオンキングの鋏状の触肢に捕まってしまう。
「ルナス!」
エリスが助けにこようと動きを変える。だが、それが悪かった。あっという間にエリスも捕まってしまったのだ。
カイウスがあたし達を指差し笑いだした。
「はははっ、さすがは将来レガント大陸を治める女王様だな」
「ふふ、本気にしてしまいますよお兄様」
ダリアは満更でもなさそうな表情を浮かべる。そして、鋏状の触肢に締め付けられ苦しむあたし達を蔑んだ目で見てきた。
「全く、汚らしい冒険者が高位貴族の私達に歯向かうなんて許されないのよ。まあ、だけど今日だけは許してあげる。だって、私にとって特別な日になるのだから」
「ああ、ダリア、まさしくその通りだよ。ジークハルトに汚らしい平民を殺すことができ、そしてもうすぐシルフィード家にとって必ず障害となるだろう賢者マリーンも屠れるのだからな」
カイウスは離れた場所で押され気味に戦っているマリーン様を一瞥する。それから、あたし達を睨んできた。
「では、私達も道具の処分をしたら父上の手伝いに行こうか」
「はい、お兄様。さあ、スコーピオンキング。そいつらの胴体を切り離してしまいなさい」
ダリアが笑みを浮かべると、スコーピオンキングが更に鋏状の触肢を締め付けてきた。鋏状の触肢が胴にどんどんくい込んでいく。遂には胴が斬れだし血が滴りだした。
もう駄目かも。
そう思った直後、突然スコーピオンキングが凍って粉々になったのだ。地面に投げ出されたあたしは顔だけ起こす。辺りはいつの間にか霧のようなものに覆われていた。
「何これ……」
そう呟くと霧の中からカイウスの苛ついた声が聞こえてきた。
「なんだこれは? まさかマリーンが何かしたのか⁉︎」
そう聞こえた後、突風が巻き起こり辺りを漂っていた霧が拡散する。どうやら、カイウスが風魔法が出る魔導具を使用したらしい。
「エリス!」
あたしは近くで倒れているエリスに駆け寄る。エリスはすぐに起き上がり驚いた表情を向けてきた。
「あれ、私助かったの?」
「うん。でも、今はよくわからない状況になってる」
「わからない?」
「急にスコーピオンキングが凍って粉々になったのよ。それに今更なんだけど傷や痛みがなくなってるの……」
そう言うとエリスが驚いた表情で自分の体を見る。ただ、すぐにダリアの方に視線をむけたが。ダリアの怒鳴り声が聞こえてきたから。
「何であんたが生きてるのよ!」
あたしは思わずダリアを睨んだ。てっきりあたし達のことを言っていると思ったから。
しかし、違ったのだ。
「セシル……」
死んだと思ったセシルが立っていたのだ。ただし額には黒い角が生え、瞳はいつも以上に赤く輝いており氷の聖女とは程遠い姿になっていたが。
「セシルさんなの?」
エリスがそう尋ねるとセシルがゆっくり口を開いた。途端にあたし達とカイウス、ダリアは悲鳴を上げる。強大な力にあてられたから。
しかし、セシルは気にする様子もなく言ってきたのだ。
「また人は過ちを繰り返しているのか……」
そして心底不愉快そうに顔を歪めたのである。




