23、三人の思い
勇者様が使用した魔導具によって私はオリベア邸から岩場が広がる場所に転移していた。ちなみにここが何処なのか皆目見当はついていない。ランプライトの町と近場のダンジョンしか行った事がないから。
だから勇者様に顔を向けたのだ。ただ、質問を投げる前に勇者様の方が先に口を開いてしまったが。
「ある件で喉をやられこんな声になったが、あなたの耳を不快にさせる事を許して欲しい」
「全然、気にしていません。もし良ければ治療をしましょうか?」
しかし勇者様は祈ろうとする私を手で制す。
「それより、早くここを離れよう」
そして私の手を掴もうとしたのだ。だから私は後ろに手を持っていきながら言ったのである。
「勇者様、私の周りにいる方達はオルデール王国にいた方達と違います。それに私は大切な人達がいるランプライトにいたいのです」
すると勇者様は仮面越しに私を見つめてくる。困ったような雰囲気を纏って。でも、しばらくして首を横に振ってきたのだ。
「残念だが、ランプライトは諦めた方が良い。あそこはもうじきあなたとジークハルトを殺しにダルマスカ帝国と手を組んだシルフィード公爵家がランプライトに攻めてくるから」
「そ、そんな……それじゃあ、なおさら戻らないと! 勇者様、お願いします! 私をランプライトに戻して下さい!」
「それだけは絶対にできない。あなただけはどんな事をしても助けると誓ったから」
勇者様は私の腕を掴む。その鬼気迫る雰囲気に私はたじろいた。同時に違和感も感じてしまったが。
「勇者様、あなたは……」
しかし途中までしか言えなかった。何故なら私達の前にカシムさんが現れたから。
「……お前のやり方では……彼女は……守れない」
カシムさんは剣を抜きそう仰ってくる。すると勇者様も剣を抜き叫んだのだ。
「ふざけるな! 計画は順調にいっているんだよ!」
「町に……魔物を放つ……事がか?」
「何のことだかわからないな」
するとカシムさんが何かが書かれた紙を見せ仰ったのだ。
「調べたぞ……。偽聖女と……通じているのを」
「くっ」
勇者様は歯軋りしだす。しかし、私の存在を思いだすと慌てた様子で弁明してきた。
「違う。僕はダリア・シルフィードを利用したんだ!」
「……利用?」
「ああ、あの女に今日の会議を教えて町を襲撃させたんだ。だってあなたを連れ出すチャンスはあのタイミングしかなかったから」
「だからといって町の人達を危険に晒すなんて……」
「悪かったと思っているよ。でも、あなたのために犠牲になれるなら彼らだって本望のはずだ」
勇者様は確信があるような口調でそう仰ってくるので私は大きく首を横に振った。
「そんなことは許されません。勇者様……いえ、クレイン様」
するとクレイン様は仮面を取り地面に投げ捨てる。そして嬉しそうな表情を浮かべたのだ。
「僕の事を覚えていてくれたんだね。こんなに嬉しい事はないよ」
「それは長い間パーティーを組んでいましたから……」
「だから、先ほどのやりとりで……。そうか、あなたに話しかけなかった僕のことまで覚えていてくれていたのか……」
クレイン様は感激した様子で私を見つめる。ただし、その視線はすぐに別の方向に向いた。カシムさんがクレイン様の前に立ち塞がったからだ。
「お前ならと……だが、違ったか」
悲しげにカシムさんが呟く。対してクレイン様は無言でポケットから文字が刻まれた筒状の魔導具を取り出すと地面に投げた。すぐに魔法陣が現れ大型の猿の様な魔物が出てくる。そしてクレイン様の側で飼い慣らされているペットの様に大人しく座り込んだのだ。
ただしカシムさんを獲物として認識しているのかじっと見ていたが。
だからカシムさんは剣先をウェンディゴに向けたのだ。クレイン様に顔を向けながら。
「その魔導具を使って……町に魔物を……入れたのか?」
カシムさんが尋ねる。クレイン様は魔導具を弄りながら頷いた。
「便利な魔導具だろう。しかも、このAランクの魔物、ウェンディゴはダルマスカ帝国で飼いなされているから僕の言う事をよく聞くんだ。だからね、お前だけ狙ってくれるんだよ! 行け!」
クレイン様がカシムさんを指差すとウェンディゴは声を出しながら向かっていく。
「キキキッーー!」
そしてカシムさんを押し気味に攻撃し始めたのだ。その様子を見たクレイン様は満足気に頷くと私の方に近寄ってきた。
ただ、すぐに伸ばしてきた手を引っ込めたが。今度は怒りの形相を浮かべたジークハルト様が現れたからだ。
「な、何故、ここがバレたんだ?」
するとジークハルト様が先ほどクレイン様が投げ捨てた仮面を指差したのだ。
「その仮面には貴様の位置がわかる仕掛けを入れてある」
「完全に信用はされてなかったという事か……」
「誰よりも信用していたよ」
ジークハルト様はそう仰り剣先を向けるとクレイン様は余裕ある表情を向けた。
「魔法剣士の加護を持つこの僕に勝てると思っているとでも?」
「私には力のアミュレットがある。それに一人で来るわけなかろう」
そう仰ると同時に岩場の陰からオルデール王国の騎士が現れたのだ。私はその光景見て二人の間に慌てて入った。
「やめて下さい! もうすぐダルマスカ帝国を引き連れ攻めてくるんです! しかも私とジークハルト様を殺しにダリア・シルフィードも!」
「なんだと⁉︎」
驚くジークハルト様にクレイン様は口角を上げる。
「良い案があります、ジークハルト様。あなたが囮になってセシル様を逃して下さいよ」
「ふざけるな。貴様を殺してセシルを連れ、凱旋すれば良いだけだ。お前達、クレインをやれ!」
「ふん、それで良い。やはり、あなたを殺さないとセシル様は自由になれない」
クレイン様は炎を纏った剣を振り上げる。それから両者は激しい戦いを始めてしまったのだ。
どうしよう……
目の前で起きている光景に私はただ立ち尽くす。
でも、すぐにカシムさんの方に顔を向けた。ウェンディゴをどうにかしてから、カシムさんと一緒にクレイン様とジークハルト様の争いを止められるかもと思ったのだ。
だからウェンディゴの動きを止めようとしたのだが。
「ぐわあっ」
目の前に騎士の一人が吹き飛んできたのだ。しかも火傷と傷だらけになって。もちろん直前までの動きを止め騎士に駆け寄った。
ただしカシムさんの言葉で立ち止まったが。
「回復したら……戦いが長引く。君は……町を守りたい……のだろう」
私は怪我をした騎士とカシムさんを交互に見る。するとカシムさんはウェンディゴを蹴り飛ばした後に顔を向けてきた。
「もうすぐ……こちらは片付く」
そして再び戦いに集中しだしたのだ。だから今度こそカシムさんの手伝いをしようとしたのだ。ジークハルト様とクレイン様の大きな声に驚き振り向いてしまったが。
「クレイン! 私の邪魔をするな!」
「断る! あなたではセシル様は守れない!」
「ふざけるな! ただ見ているしかできなかった貴様こそ無理に決まっているだろう!」
怒りの形相を向け、ジークハルト様はそう叫ぶ。クレイン様は俯いてしまうがすぐに顔を上げた。
「……確かにあの当時、立場やしがらみに縛り付けられていた僕は何もせず、セシル様を遠くから眺める事しかできなかった。でも、今は違う。僕はセシル様を守るためだけに生きると誓ったんだ」
クレイン様は私を見つめてくる。まるで懺悔をする聖リナレウス教の信者のような表情で。だから私は言ったのだ。
「クレイン様、私の事を守って下さる事には感謝します。しかし、誰かを犠牲にしてまで自分が守られたいとは思いません。だから、この戦いをやめて下さい」
しかしクレイン様は信者のように首を縦には振ってはくれなかった。
「……セシル様、やはり、あなたは真の氷の聖女様だ。どうか、あなたはその考えのままでいて下さい」
そして剣に纏わせた炎の火力を上げたのである。最後の一撃を放つと宣言するように。
するとジークハルト様が小瓶を取り出し飲み干す。そして前のめりに転びそうな体勢で走り出したのだ。クレイン様は慌てて魔法攻撃に切り替えた。
しかし、ジークハルト様は今までと比べものにならないくらいの速さで魔法を避けてしまいクレイン様に斬りかかったのだ。
「死ね死ね死ね!」
「うおおおぉーー!」
ジークハルト様とクレイン様は激しい斬り合いを始める。
ただ、クレイン様の方が圧倒的に武が悪かった。
「がはっ!」
腹部を刺されクレイン様は血を吐く。そんなクレイン様にジークハルトは血走った目を向け近寄っていた。もちろんとどめを刺しに。
だから、私は急いで二人の間に入ったのだ。
「もう、勝敗はつきましたからやめて下さい!」
しかし、ジークハルト様には私の声が届いていなかった。しかも焦点が定まらない瞳で私に向かって剣を振り下ろしたのだ。すぐに自動的に結界が張られその攻撃を弾く。
するとジークハルト様は目を見開き何度も剣を振り下ろしてきたのだ。
「コロスコロスコロスッ!」
「無駄です。この結界は……」
「いや、ジークハルト様の持っている剣は……宝具のレプリカだ。だから……あなたの結界を破ってしまう」
私の言葉を遮りクレイン様がそう仰った直後、結界にヒビが入っていく。そして、あっさりと壊れてしまったのだ。
思わず目を瞑る。しかし、痛みはこなかった。ただ、何かを斬る音と共に頬に温かい液体が飛んできたが。いや、匂いと感触でわかってしまった。
血……
理解した瞬間、私は目を開ける。そこには右肩口から斬られ血だらけになったカシムさんが立っていたのだ。