22、襲撃されるランプライト
ついにオルデール王国との決着をつける時……話し合いを行う日がやって来た。
もちろんこちらの準備は万全である。聖リナレウス教国とネイルズ共和国の使者達が私側の席に座っているから。あれからランプライトと同盟を結んだのである。
まあ、それでもオルデール王国は何をしてくるかはわからない。だから、皆でぎりぎりまで対策を話し合っていた。もちろん私も。
ただ、ししばらくして扉の方をじっと見たが。
「オルデール王国の使者が来ました」
セバストさんが大広間に入ってきてそう仰ってきたから。始まるからだ。終わらせるための話し合いが。私は大きく息を吐き顔を向ける。直後ジークハルト様が勇者様、護衛を引き連れ部屋に入ってくる。そして挨拶もせずに私の方に歩いてきた。
もちろん想定済みの行動である。だからすぐに護衛として側にいたアインさん、マリアさんが私の前に立ち道を塞いだのだ。
「そこをどけ!」
ジークハルト様が睨むが二人はいっさい怯むことなく首を横に振る。
「お断りします。我らは氷の聖女を守る騎士ですので」
「私はその氷の聖女の婚約者だぞ!」
「おや、そうなのですか? 氷の聖女様を拉致した挙句に無理矢理婚約者にしたのでは?」
アインさんは怒鳴ってくるジークハルト様に怯む様子もなく、挑発しながらむしろ一歩踏み出していく。するとジークハルト様も無言で一歩踏み出した。一触即発の雰囲気に私は急いでアインさんの横に並ぶ。
そしてジークハルト様にカーテシーをして微笑んだのだ。
「ジークハルト様、ようこそお越し下さいました」
ジークハルト様は驚いた様子で私を見つめる。しかし、すぐに我に返ると仰ってきた。
「お前を迎えにきた。さっさと帰るぞ」
もちろん私は首を横に振る。
「帰りません。そもそもオルデール王国は私の居場所ではありませんから」
「な、なんだと……」
ジークハルト様は目を見開き固まるが構わず私は話を続ける。
「私は幼い頃よりシルフィード公爵家に不当な扱いを受けてきました。しかも、ジークハルト様、貴方の婚約者になってからは王宮にいる者達にもです。そして、魔王討伐後にはダリア・シルフィードとロック・フィールド、ジャック・トラジースにより断罪の裂け目で殺されかけました。更にはこのランプライトではカイウス・シルフィードにも襲われました。これだけの事をされて何故帰りたいと思うのでしょう? それに、貴方も私に死んで欲しかったのでは?」
そう問いかけるとジークハルト様は心底驚いた表情をする。
「な、何故、私がそんな事を……はっ、まさか、あいつらがそう言ったのか⁉︎」
「いいえ。けれど、日頃の貴方様が私に対して接する態度を考えればそうではありませんか?」
「態度だと……あれは……」
ジークハルト様は何故か黙ってしまうが、しばらくして顔を上げた。ただしすぐに口を閉じたが。勇者様が前に出てきたから。
「氷の聖女セシル様、貴女はオルデール王国に戻る必要はない」
しかも、しゃがれた声でそう仰って。だからジークハルト様はもちろん応接間にいた全員が驚いてしまったのだ。
ただし私は違う意味で驚いていたが。勇者様もジークハルト様と同じ考えだと思っていたから。
勇者様……
私は勇者様を見つめる。するとジークハルト様が間に立ち塞がり勇者様を睨みつけたのだ。
「貴様、どういうつもりだ?」
「どういうつもりも何も氷の聖女様は役目を終えたから自由になるべきでしょう」
「ふざけるな! セシルは私の婚約者なんだぞ!」
「それはオルデール王国が勝手に決めた事でしょう。セシル様は誰の者でもありません」
勇者様がそう仰るとモルデン枢機卿が感心した表情を向ける。
「素晴らしい考えだな勇者殿。氷の聖女セシル様は聖リナレウス様の巫女であって……」
「勘違いするな!」
モルデン枢機卿の言葉を遮り勇者様が怒鳴る。再び大広間にいた全員が驚いていると勇者様が私の手を取った。
「貴女は誰のものでもない。だから誰も貴女の事を知らない場所へ行こう」
そして懐から見覚えがある魔導具を取り出したのだ。それを見たルナスさんとジークハルト様が私の方に慌てて駆け寄ってきた。
「セシル!」
しかし、二人の伸ばす手は届かずに私の視界は一瞬で別の場所に変わってしまったのだ。
ルナスside.
あっという間の出来事だった。セシルが勇者に拉致されてしまったのだ。
しかし一つだけ理解できている。氷の聖女の自動防御である結界が働かなかったという事は勇者はセシルに危害を加える気はないってことだ。
だから、しばらくセシルは安全だと判断した私は頭を切り替え、呆然としているジークハルトの胸ぐらを掴んだのだ。ジークハルトは怒りを含んだ目で睨んでくる。
「私は知らん! 知るわけないだろう! くそっ! あいつの従順な態度はこの時のためだったのか!」
更には吐き捨てる様にそう叫ぶとあたしの手をふり払い護衛に命令したのだ。
「勇者が裏切った! あの魔導具からすると町からそう遠くには飛べてないはずだ! 氷の聖女セシルの安全を優先して徹底的に探せ!」
「はっ!」
ジークハルトの命令を受けた護衛は急いで大広間を飛び出す。その様子を見たあたしはジークハルトに思わず質問してしまう。
「あんたセシルを殺したかったんじゃないの?」
「ふざけるな! そんな事は一度も思った事はない!」
「じゃあ、何でセシルを虐げてきたのよ?」
「それは……」
途端に黙るジークハルトにあたしは苛っとしていると、マリアが側に来て言ってきたのだ。
「多分だけど、セシルさんの事が好きだから意地悪したって感じでしょうね。まあ、やってる事は完全に度を越してるけれど」
「なるほど……」
呆れながらジークハルトを見ているとマリアが尋ねてきた。
「それより、どうする?」
「もちろんセシルを探しに行く。マリア達は屋敷の周りを探してくれる? もしかしたらこちらを騙す作戦かもしれないし」
あたしが睨むとジークハルトも睨み返してきた。ただし、その後、視線を落とすとあいつは出口に向かい出したのだ。もちろん父上が扉の前に立ち塞がる。
「何処へ行くのです? 貴方には氷の聖女を誘拐した容疑がかかっているんですよ」
「ふざけるな! 私は……」
ジークハルトが続けて何か言おうとする。だが、その時、大きな爆発音が響き渡る。
あたし達が辺りを見回すとセバストが窓の外を指差した。
「町に火の手が上がっております。おそらく敵襲でしょう」
「ちっ」
あたしはジークハルトを睨む。しかし驚いている姿を見ると今度はセシル達が消えた場所に目を向けた。敵を招いたのは勇者が単独でやったのではと考えたのだ。
ただ、その考えはいったん隅に置くことにした。姉上が大広場に入ってきて言ってきたからだ。
「町の中で魔物が暴れていますわ」
もちろん想定内のため父上は冷静に頷いた。
「そうか。町の連中に避難指示はしてるな?」
「ええ、戦える者は既に動くと報告もきてます」
「それはあいつもか?」
「後を追っていますわ」
「全く素直になれば良いのにな……」
父上はそう呟いた後、マリーン様とモルデン枢機卿の方を向く。
「お二人はどうされます?」
「ワシはセシルを探しに行く。モルデン、お前はどうなんだ?」
「私も行きたい……と言いたいところだが足手まといになる。だから町に残り怪我人の治療に専念するよ。セシル様が悲しまないような」
モルデン枢機卿はそう答えると大広間を出ていった。あたしはその姿を見て安堵する。何せ最高峰の治療術師がランプライトにいてくれるから。
これなら、ここを離れてセシルを探しに行っても大丈夫だろうと判断したのである。ただし、すぐに考えを改めたが。大広間の扉が勢いよく開き、ジークハルトが飛び出していくのが見えたから。
「逃がすか!」
あたしはすぐに後を追おうとしたのだが父上に肩を掴まれてしまう。
「あまり、やり過ぎると国際問題になる」
「じゃあ、ほっとけと言うの⁉︎」
「放っておく気はない。だが、お前にはあれを追うよりやるべき事があるだろう」
そう言われ、あたしはハッとした。父上は肩から手を下ろしセシルが消えた場所に視線を向ける。
「ランプライトは騎士団と冒険者に任せてお前はマリーン様と共にセシルを探しに行くんだ。ああ、それと外を守っているエリスを連れて行けよ」
「わかったわ」
あたしは頷くとマリーン様と共に屋敷を飛び出す。そしてセシルを探しに行くのだった。
◇
ルナス達が屋敷を出た後、ラジルは執務室に行く。そして隠し戸から布に包まれた長い物を取り出し溜め息を吐いた。
後ろをついてきたメレーナが悲しげな表情を浮かべる。
「……お父様、ルナスに言わなくて良かったのですか?」
「話したらきっとルナスは苦しみながらも自分が引き受けようとするだろう。そんな事はさせられんよ。それに私はあくまで保険のために行くだけだ」
そう答えるとラジルは執務室を出て行った。一人残されたメレーナは頭を深く下げる。
「どうかご無事で……お父様」
そして顔を上げるとメレーナも部下達に指示を出しに執務室を出るのだった。