19、それぞれの考え
ルナスさんが満足そうな表情を浮かべ仰ってくる。
「やっぱり、そうやって顔を出した方が断然良いわよ」
もちろん私も頷く。何せケープがないと周りが見やすい。暗い場所で転ばなくてすむからだ。
まあ、だからといってこれには沢山助けられたから感謝はしているのだけれど。
ケープを撫でそう思っているとルナスさんが苦笑してくる。
「はは、そっちの方に捉えちゃってるか……。まあ、いいか。それよりセシルってこれから顔を出していくんだよね?」
「正体を知られてしまいましたからね。シルフィード公爵家……いいえ、きっとオルデール王国にも」
「でも、もう誰が来ようと問題ないわよ。ね、父上」
「ああ。今の戦力ならオルデール王国に対応できるからな」
「だが、一応対策ぐらいは練った方が良いじゃないか。また卑怯なことしてくると思うからな」
襲撃者を縛っていたレッドさんがそう仰ってくる。ラジルさんは腕を組んだ後、頷いた。
「そうだな。なら、周りの国も巻き込んでしまおう。セバスト、襲撃者から情報を集めたら匿名で周辺の中立国にばら撒いてやれ。もちろん話は盛っていいぞ」
「よろしいのですか? 戦争の引き金になりますが」
「構わん。もう起きたようなものだからな。いや、それ以上のことも」
セバストさんは私を一瞥すると納得した表情になる。
「わかりました。では、早速取り掛かります」
「頼む。後は……」
ラジルさんは途中で言葉を止める。そして応接室に入ってきたルナスさん似の貴族令嬢に声をかけたのだ。
「どうしたんだメレーナ?」
「どうしたもこうしたも……。突然、屋敷中が綺麗になったので……」
「それは氷の聖女であるセシルのおかげだよ」
貴族令嬢……メレーナさんは私に視線を向ける。すぐに目を細めた。
「なるほど。ずいぶんと話が進んだのですね」
「ああ。襲撃者のおかげでな。ちなみにそちらはどうだった?」
「ついやり過ぎて部屋を焦がしました。まあ、セシルさんのおかげで改装しなくて済みましたが」
「では、被害はなかったということか」
「ええ。でも、カシムがいませんね。どこに行ったのかしら?」
「襲撃者の一人を追っていった」
「全く、無茶をして……」
メレーナさんが呆れた表情を浮かべるとルナスさんが首を傾げる。そして尋ねたのだ。
「なんで二人ともカシムってやつのこと知ってるの?」
「それは一年前のグリフォン討伐を行った場所の近くで倒れていたのを私達が保護したからよ」
「えっ、それじゃあカシムって冒険者かオルデール王国の関係者ってこと?」
「さあ、本人が答えないから」
「大丈夫なのそれ……」
「大丈夫よ」
メレーナさんは自信ありげに頷く。更にラジルさんも。なのでルナスさんはそれ以上質問できなくなってしまったのだ。ただ、しばらくして顔を顰めながら仰ってきたが。
「駄目だ。きっと何も教えてくれないよ。だからセシル、今日はもう帰ろう」
もちろん私は頷いた。本音はメレーナさんにあの日のことを尋ねたかったが。
何せ、あの日に勇者様やジークハルト様が来なかった理由がわかるかもしれない。そう思ったからだ。
けれどもメレーナさんの態度とルナスさんの言葉で諦めがついたのだ。それに今まであったこと感じたことでカシムさんは悪い人じゃないとも。
だから、これ以上はご迷惑をかけないようラジルさん達に挨拶した後オリベア邸を出たのである。
まあ、外に出るとずっとむすっとしていたルナスさんが口を開いてきたが。
「絶対あいつら何か知ってるよ」
「でも領主様が色々と知っている方が安心ですよ」
「そうだけどせめてあたし達に教えてくれてもいいじゃない」
「きっと考えがあるのですよ」
するとルナスさんは苦笑する。そして納得した様子で頷いたのだ。
「そうね。そう言うことにしましょう」
「はい」
私は笑顔で頷く。それからはルナスさんと楽しいことを会話しながら我が家へと歩き続けるのだった。
「二人共おかえり」
旧ハーツブルク邸に戻ってくるとエリスさんが部屋から出て来て私達を出迎えてくれた。ただし、いつもと違い冒険者の格好になっていたが。なので驚いてしまったのだ。エリスさんも私以上に驚いてきたが。
「セシルさん顔を見せて大丈夫なの⁉︎」
「はい、もう大丈夫です。私が氷の聖女だと皆さんに言いましたから」
「……そう、向き合う事に決めたのね。でも、そうなると今後は気をつけて出歩かないとね」
「そのことも含めて今後は考えるつもりです」
「なら、私も余計に頑張らないと。まあ、お金がなかったから中古品の安い軽鎧しか購入できなかったけど……」
「それならAランクの魔物の素材を使いますか? 先ほどもラジルさん達に沢山提供してきたところなので」
「えっ、いいの。それならぜひ! いやあ、これで不安材料が消えそうよ」
「なんたって本格的な戦いになりそうだからね」
ルナスさんが剣に手を置き真顔でそう仰ってくる。私はその姿を見て胸が締め付けられそうになった。戦いが始まるということは誰かが傷つくからだ。ラジルさんの様に。
正直、思い出しただけで自分が裏切られた時よりも苦しい気分になってしまった。
でも……
それでももう俯くことはしなかった。シルフィード公爵家、オルデール王国、そして自分からも逃げるのはやめたから。
だから来るべき脅威にいつでも立ち向かえるように、そして大切な人達をいつでも守れるように真っ直ぐ前を向いたのである。
ダリアside.
ある日、体中に包帯を巻いたカイウスお兄様が運ばれてきた。きっとお父様の仕事で怪我をなさったのだろう。
なのにかんじんのお父様はいつもより上機嫌な様子だった。しかも、いつも以上に優しく私に尋ねてきたのである。
「ダリア、お前はあの汚い平民をしっかり殺したのかい?」
もちろん私ははっきりと頷いた。断罪の裂け目に落ちていったのをしっかりと見届けたから。なのにお父様は苦笑しながら仰ってきたのだ。
「だが、生きていたらしい。カイウスがあの女をはっきりと認識したからな」
「そんな……。では、私の所為でお兄様が……」
「それは違う。ダリアは何も悪くないのだよ」
「でも……」
「それにむしろあいつが生きてて良かったのだ。何せわざわざハーツブルグ伯爵が家族を犠牲にしてまで断罪の裂け目に落としたナイフを回収してくれたのだからな」
「ナイフをですか?」
首を傾げるとお父様は引き出しから小型のナイフを取り出してきた。
「これだよ」
「な、なんなのですかこの得体の知れない力は?」
私が後ずさるとお父様は感心した様子で微笑んできた。
「どうやら、お前にもこの凄さがわかるようだね。ちなみにこれは遠く離れた場所からでも一撃で対象を仕留めるといわれる古神が造りしルグレスの針という宝具だ」
「聖リナレウスの前にいた古神……だから、凄い力を感じるのですね」
お父様は頷く。しかし、すぐに眉間に皺を寄せた。
「本当は十年前に手に入れる予定だったのだ。ダリアとジークハルトを結婚させ、子ができたと同時にこの宝具を使って小僧を殺す予定だったからな」
「けれども断罪の裂け目に落ちてしまったと」
「うむ。だから確実にジークハルトを殺す事ができなくなってしまったのだ。しかも、その後にすぐ自分で婚約者を選ぶとふざけた事を言いだしてね」
「けれど我がシルフィード公爵家が王家が絶対に欲しがる氷の聖女セシリアを見つけたと」
「ああ、私達の日頃の行いが良かったのだ。更に魔王まで現れたのだからな」
「おかげでお父様の新たな計画は成功し、私自身が氷の聖女と入れ替わりできましたからね。それで、これからどうなされるのです?」
私の問いにお父様は宝具を眺めながら答えてくる。
「しばらくしたらジークハルトを殺してお前は子ができたと発表する。もちろん子供はこちらで用意をしよう」
「なるほど。親族の子なら問題ありませんわね。ふふ、これで私は皆から慕われる女王陛下ですわ」
「それだけじゃないぞ。徐々にシルフィードの血で王族を染めていくからな」
「それでは、シルフィード王国に名前を変えなければいけませんね」
するとお父様は大声で笑いだす。更には私を優しく抱きしめ仰ってきたのだ。
「最高の名案だぞ」
私もお父様に更に抱きつき微笑んだ。
「だってシルフィード公爵家の血を引く娘ですから」
「そうか……」
お父様は満足そうに頷く。でも、次第にその表情は渋いものになっていった。もちろん理由はわかっている。役立たずの義妹を思い出したのだろう。
だから私は尋ねたのだ。
「どうしますか?」
「正体を公表される前に始末したい。こうなったら奥の手を使うか……」
お父様がそう仰った直後、扉が勢いよく開き慌てた様子のお母様が飛び込んできた。
「うちの派閥の貴族が次々に襲われているわ! きっとジークハルトよ!」
「ちっ、そう来たか……」
お父様は忌々しそうに床を睨む。しかしすぐに顔を上げると仰ってきた。
「計画を大幅に変更する。ここはいったん引くぞ」
「引く? お父様、何処へですか?」
「ダルマスカ帝国だ。どっちみちあそこには話し合いに行く予定だったからな」
「えっ……」
私は驚いてしまう。何せダルマスカ帝国といったらオルデール王国と敵対している国だから。けれどもすぐ理解する。お父様の事だから裏で繋がりを持っていたのだろうと。
だから私は頷いたのだ。
「わかりました。そうなると計画はどうなるのですか?」
「問題ない。ダルマスカ帝国の力を使って力尽くで奪えばいいだけだ。何せ奴らに聖リナレウスの恩恵はもうないのだからな」
お父様は不敵な笑みを浮かべる。それで私は安堵し口元が緩んでしまった。確かに聖リナレウスの恩恵がないオルデール王国なら大国であるダルマスカ帝国の力であっという間に勝負がつくから。
「では、安心ですね」
「もちろん。ただ、これを使えばもっと安心感が得られるだろう」
お父様は私の手のひらに宝具を乗せてきた。もちろん意味がわかり私は頷いた。
「前祝いのプレゼントですね」
「ああ、ちゃんとしたものは全て終わってからにしよう。残念ながら玉座は動かせないからな」
「ふふ、確かに」
私とお父様は笑みを浮かべる。お母様も余裕が出てきたのか笑みを浮かべて混ざってきた。
「では、カイウスを連れて行きましょう。ああ、私とダリアのドレスはどうしましょう?」
「一番良いものを持っていくといい。向こうで歓迎パーティーを開いてくれるだろうからな」
お父様の言葉に私とお母様は微笑み合う。何せもう私達にとっては軽い旅行気分だから。我が家にはすぐに戻って来れるからだ。
だから、私は鼻歌を歌いながら馬車に乗り込んだのだ。近いうちに玉座に座る自分を想像しながら。
勇者side.
シルフィード公爵家の屋敷に騎士団と僕が到着した時はもぬけの空になっていた。
「勇者様、逃げられたみたいです。どうしますか?」
僕は答えとばかりにシルフィード公爵家の家族絵画に剣を突き刺す。騎士は慌てて何度も頷いてきた。
「わ、わかりました。では、すぐに仲間に指示をして……」
しかし、途中で言葉を止め扉に顔を向けたのだ。部屋に別の騎士が入ってきたから。しかも何やらここで見つけただろう手紙を手にして。
だからすぐにその手紙を受け取り読んだのだ。シルフィード公爵家の居場所がわかる手紙かもしれないから。
「これは……」
しかし、読んでみると手紙の内容は予想外だった。ただし僕にとってはもの凄く良い。
だからすぐに視線を騎士達に向け言ったのである。
「王都に戻る」
「えっ、勇者様、シルフィード公爵家を追わないのですか?」
「ああ、もっと大事なことができたからな」
「大事なことですか?」
もちろん僕は騎士の問いには答えず外へと出た。早く彼女が生きていると知らせに行かないといけないからだ。
あの方に。
けれど馬に乗ろうとした直後、ある考えが頭に浮かんだのだ。今こそ彼女を自由にするため動くタイミングではと。
何せ皆についていた聖リナレウスの恩恵は失われたのだから。
だから今の自分ならできるはずだと。そう思った直後、僕は追いついてきた騎士に口を開いた。
「僕は用事ができた。だからお前達が本物の氷の聖女が生きていたことを王太子殿下に伝えにいけ」
「わかりました!」
騎士達は嬉しそうに頷き馬に跨った。王太子殿下の様子を知っているから報告すればきっと喜んで褒美をくれると理解したのだろう。相変わらず金や権力を求める腐った連中が多い国である。
まあ、僕はあいつらとは違うけれどな。
僕は蔑んだ瞳を向けながら馬に跨る。それから握りしめた手紙を魔法で燃やすと騎士達とは真逆の方向に馬を走らせたのだ。
もちろん彼女を助け出すための行動である。ただし色々と厄介なこともしなければならないが。
でも、大丈夫だろう。今の僕は誰よりも強いのだから。
「だから待っててくれ」
僕は彼女の自由を掴むようにゆっくりと拳を握りしめる。そして誓うように胸に当てたのだ。