18、氷の聖女セシル
「父上、早速来たんじゃない?」
「すぐにわかる」
ラジルさんが扉に視線を向けるとセバストさんが応接室に入ってくる。そして落ち着いた口調で仰ってきたのだ。
「旦那様、襲撃者に裏手から侵入されました」
「数は?」
「かなり。しかも手練れです」
「わかった。では、いつも通り使用人達を使って対応しろ」
「わかりました」
セバストさんが頷き応接室を出て行くとレッドさんが申し訳なさそうに謝ってきた。
「すまん、多分狙いはこいつだろう」
「気にするな。それよりもこの大剣に宝具が隠されているのを知っている連中が来るはずだ。殺さずに捕まえたいから協力しろよ」
「ああ、わかった」
レッドさんが頷くとラジルさんは私達に顔を向けてくる。
「お前達はどうする?」
「もちろんセシルと参加するわよ。それにハーツブルク伯爵の敵討ちもできそうだからね」
ルナスさんがそう答えるとラジルさんは難しい表情を浮かべる。そして腕を組みながら仰ってきたのだ。
「きっと、ハーツブルク伯爵は追い詰められたのではなく自ら断罪の裂け目に行ったかもしれないな」
「宝具入りの大剣を断罪の裂け目に投げ込むためでしょう。まあ、人質を連れてこられて選択を迫られたみたいだけれど……」
「だが、ハーツブルク伯爵は家族より宝具の方を選択した」
「聡明な人だったから……。宝具もそれを利用しようとする者達も危険だとわかって判断したのでしょうね」
「ああ。だが今回は違う。我々が宝具を持っている」
「要は危険ではなく事件のことを知っている者を捕まえられるチャンスになったのよね。しかもそいつから情報を聞き出して辿っていくことができれば」
ルナスさんの言葉にラジルさんは頷く。
「大元に辿り着ける可能性がある」
「じゃあ、生かして捕らえないとね」
ルナスさんはそう仰ると応接間になだれ込んできた襲撃者を睨んだのだ。ただ、そんなルナスさんを無視し襲撃者の一人はラジルさんの持つ宝具を指差してくる。まるで寄越せと言わんばかりに。
だからラジルさんも無言で短杖を構えたのだ。もちろん返事は拒否だと言うことは誰でもわかった。襲撃者でも。なので舌打ちすると手を上げたのである。
「やれ」
でも仲間は動かなかった。いや、動けなかったと言った方がいいかもしれない。私が氷の魔法で襲撃者の足止めをしていたから。いつか来るであろう襲撃者への対応策として考えていたのである。皆さんと一緒に。
だから……
私はルナスさんに顔を向けた。
「後はお願いします」
「あいよ」
ルナスさんは頷くとあっという間に襲撃者全員を倒してしまう。更には襲撃者の一人を踏みつけながら私に向かって笑みを浮かべてきたのだ。
ただし、すぐにどこからともなく現れた突風により、近くにいたレッドさんを巻き込みながら吹き飛んでいったが。
「うわあ!」
「うおーー!」
二人は壁に叩きつけられ床に倒れこむ。ただ、気絶しているだけの様なので申し訳ないと思いながら治療は後回しにした。何せ応接室のどこかにまだ襲撃者はいるからだ。
私達を狙って。いいえ、違う。きっと狙いは……
ラジルさんの方を向き、思わず唇を噛み締めてしまった。気づくのが遅かったから。義兄だったカイウス・シルフィードがラジルさんの左肩に剣を突き刺し宝具を奪っている光景が目に映ったからだ。
「ラジルさん!」
慌てて倒れ込むラジルさんに駆け寄る。その際、カイウスは視線を向けてくるがすぐに興味をなくし宝具を撫でながら下がっていった。
しばらくして勢いよく振り返ってきたが。何せ自分がつけたラジルさんの左肩の傷がなくなっていることに気づいたからだ。服についた血さえも。
もちろんカイウスが剣を抜くタイミングで私が治療したのだ。
でも、それを知らないカイウスは驚いた表情を浮かべる。
「確かに刺したはずなのに……」
するとラジルさんは肩をすくめる。
「私は不死身なのさ」
「不死身だと?」
「ああ、なんならもう一度刺してみるか?」
しかしカイウスは鼻で笑うと私に視線を向けてきたのだ。お前がやったのだろうと言わんばかりに。
もちろん答えるつもりはなかった。それどころか目の前にいる恐怖の対象であったカイウスに今はとても腹が立っていたのだ。
きっと大切な人達を傷つけられたから恐怖より怒りの方が……いや、もっと強い感情が勝ったのだろう。だからなのか勝手に大量の氷の針が現れるとカイウスに向かって飛んでいったのである。
ただしカイウスは冷静にそれを避けてしまったが。しかもラジルさんから奪った宝具を構えると今度は私に向かってきたのである。
「お前でこの宝具の力を試してやろう」
そう言って。ただし氷の結界を張ると怒った表情を浮かべ立ち止まってしまったが。気づいてしまったからだろう。私が誰なのかを。
そして、その考えは当たっていた。カイウスが昔の様に蔑んだ目で言ってきたから。
「……生きてたのか。汚らしい平民女」
だから私は昔と違うとばかりにはっきりとした口調で言ったのだ。
「相変わらずですね。カイウス・シルフィード」
カイウスは驚いた表情を浮かべる。それから歯軋りしながら睨んできたのだ。
「軽々しく我が名を口にするな。汚らわしい平民が!」
「その平民のおかげであなた達は存在できるのです。貴族の意味を理解していればそれがわかるはずですよ」
私がそう言ってカイウスを睨むとそれが感に触ったらしい。カイウスは奇声を上げる。
「いぎぎぎ! 許さん許さん許さん!」
更には宝具で結界を何度も突いてきたのだ。私は徐々に不安になっていく。絶対に壊せないと思っていた結界にヒビが入っていくのが見えたから。
もちろんカイウスの力ではなく宝具の力なのはわかっていたが。
でも、ここまでの力があるなんて……
思わず唇を噛んでいるとカイウスが顔を歪める。そして力いっぱい宝具を結界に突き立てのだ。
「ダリアのためにきちんと死ねえ!」
直後、氷の結界が粉々に砕けてしまったのだ。ただ、同時にカイウスも勢いよく壁の方に吹き飛んでいったが。突然、現れたカシムさんによって殴られたから。
「カシムさん……」
私の呟きにカシムさんは一瞥するだけでカイウスの方を向く。顔の半分を腫れあがらせながら起き上がってしまったからだ。
「ぐぞお、貴様ぁ!」
「投降……しろ」
しかしカイウスは血走った目で睨むだけだった。カシムさんは思わず溜め息を吐いてしまう。
すると、それが合図だったかの様にカイウスはカシムさんに向かって行く。そして宝具を振り下ろしたのだ。
「死ねえっーー!」
「やれやれ……」
カシムさんはそう呟くと簡単に宝具を剣で受け止める。そしてカイウスの脇腹を蹴り上げたのだ。
「ぐげえっ!」
カイウスを勢いよく応接間の扉を破壊しながら廊下まで吹き飛んでいく。それから悔し気な表情を浮かべた後、動かなくなってしまった。気絶したのだろう。
するとどこらともなく襲撃者が現れカイウスを担ぎ上げると逃げだしてしまったのだ。カシムさんはすぐに後を追おうとする。しかし数歩進んだ後に立ち止まった。持っていた剣が根本から折れてしまったから。
でも、すぐに落ちている賊が落とした武器を拾い応接室を飛び出していった。私はその光景をただ見ていることしかできずにいるとルナスさんとレッドさんが起き上がってくる。
「いてて……。あっ、もう終わった感じ?」
「は、はい、カシムさんのおかげで……。それより、お二人は大丈夫ですか?」
「あたしもレッドのおっさんも吹っ飛ばされただけだから大丈夫よ。それより宝具は?」
「……奪われました」
「そっか……」
ルナスさんが残念そうな表情を浮かべるとラジルさんが口を開く。
「過ぎたことは仕方ない。まずは皆が無事か確認しよう」
そして、扉を見たのだ。すぐに小剣を両手に携えたゼバストさんが飛び込んできた。
「旦那様、大丈夫ですか?」
「死にかけたよ」
セバストさんは片眉を上げる。
「さようですか。ちなみに屋敷の者は皆、無事でございます」
「……それは良かった」
淡々とゼバストさんに言われ、ラジルさんは何ともいえない表情を浮かべる。そんな二人の様子を見たルナスさんは笑いだした。
「ははは、どうやら、この屋敷はメレーナ姉さんに乗っ取られたみたいね」
「ふん、まだまだ私は現役だよ。それよりもセシル。私を刺した奴を知っているのか?」
私はすぐに頷く。
「ラジルさんを刺して宝具を奪った男はカイウス。オルデール王国のシルフィード公爵家の令息です。そして私の元義理の兄でした……」
「いいの? セシル……」
「大丈夫ですよルナスさん。私は覚悟を決めましたから」
そう言って祈りと浄化の力を使い半壊した応接室を綺麗な状態に戻す。ルナスさん以外は驚いた顔を向けてきた。
「時間を巻き戻したのか?」
「いや、折れて刃先がない武器も新品にしちまうから違うと思うぞ……」
「セシル様……」
「本気なんだね。セシル……」
「はい」
私は頷くと口を開いた。
「皆さん、信じられないかもしれませんがオルデール王国にいる氷の聖女は偽物で、私こそが本当の氷の聖女なんです」
するとルナスさんが私の肩に手を置き笑顔で言ってきたのだ。
「知ってるよ」
「えっ……」
思わず固まってしまう。想像していなかった言葉が返ってきたから。多少は驚くか信じられないと言われると思っていたからだ。
だから聞き返してしまったのだ。
「知っているですか?」
ルナスさんは笑顔で頷く。それから、皆さんも次々と頷いてきたのである。
「ああ、俺もエリスも知ってる」
「私も知ってる」
「旦那様から知らされております」
私は全員の言葉を聞き驚いているとルナスさんが頬を掻きながら仰ってきたのだ。
「氷の結晶をした結界に最上位の治癒魔法を使えるのはこの世に一人しかいないからね……」
「じ、じゃあ……」
「最初から知ってたのよ……。ごめんねセシル」
目の前で手を合わせて謝るルナスさんを見て思いだす。ルナスさんはあまり人に力を見せるなと言ったり、深く詮索してこなかった。要は最初から私が氷の聖女だと知っていたのだ。
きっと、私のために黙っていてくれたのね……
そして他の人達もきっとそうなのだろうと理解し感謝を込め頭を下げた。
「皆さん、秘密にしてくれてありがとうございます」
「何言ってんの。礼を言うのはあたし達の方だよ」
「そうだぞ、セシルは命の恩人なんだからな」
「ああ、私も命を助けられた。だから、このラジル・オリベアは全力で氷の聖女のために動こう」
「皆さん、ありがとうございます。それで、あのカイウスという男ですが……きっとランプライトにまた戻って来ると思います」
「偽物である氷の聖女と関係があるんだな?」
「はい、偽物の氷の聖女は義理の姉だったダリア・シルフィードです」
「なるほど。本物に生きていてもらったら不味いから消しに来ると……。しかし、シルフィード公爵家か……。父親だけじゃなく子供達も極悪人とはな」
「まあ、これで心置きなく一家全員ぶっ飛ばせるじゃない。あっ、セシル、義理の母親はどんな感じなの?」
「お義母様……ナタリーも同じ感じです。最近、知ったのですがシルフィード公爵家は貴族主義と言うのですね」
「うわっ、最悪じゃん。そんな奴に宝具が渡ったのか……」
ルナスさんが顔を顰めるとレッドさんも同じ表情になる。
「くそっ、またあの数が来るなら俺達冒険者の装備品も良いものに変えないとな」
「冒険者ギルドだけじゃない。ランプライト全体の戦力を上げないといけない。まあ、だからってオルデール王国の所為で今は町全体が財政難だからな」
「あの、魔物の素材は駄目なのですか? 沢山持っていますので提供しますよ」
私は思い付いた事を言ってみるとラジルさんとレッドさんは難色を浮かべた。
「それならいけるが……だがなあ」
「ああ、オルデール王国やシルフィード公爵家に関してはセシルだけの問題じゃない。それなのにセシルだけに莫大な費用を負担させるのは……」
「費用の心配はしないで下さい。これは私のためでもあるのですから」
すると二人は顔を見合わせる。そして、しばらく視線で会話をした後に頷いてきた。
「……では、ありがたく受け取らせてもらおう」
「こりゃ、セシルの方に足を向けて寝られないな」
「気になさらないで下さい。私ができる事で皆さんの命を守れるなら、これ程に嬉しいことはありませんから」
私はそう言うと、もう顔を隠す必要がないケープを取って微笑んだ。