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裏切られた氷の聖女は、その後、幸せな夢を見続ける  作者: しげむろゆうき


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17、氷の聖女の歴史


 旧ハーツブルク邸に住めるようになった。これも改修工事ができる職人を紹介してくれたラジルさんのおかげだろう。

 なので今日は報告とお礼を言いにオリベア邸に向かったのだ。ただし一緒に来たルナスさんは屋敷に入らずにそのまま冒険者ギルドに行ってしまったが。

 だから私一人でお邪魔することになったのだ。ラジルさんはそれでも暖かく迎えてくれたが。


「セシル、何の用だい?」

「旧ハーツブルク邸の改修工事が終わった報告と職人さん達を紹介してくださったお礼を言いにきました」

「なんだ、それでわざわざ来たのか。全くそんなの必要ないのに。セシルは職人達に仕事をくれたり第三騎士団に警備費用まで出してくれたんだぞ」

「でも、何かをしていただいたのですからお礼は言わないといけないと思います」


 はっきりとそう言うとラジルさんは満足そうに頷く。


「なるほど素晴らしい成長ぶりだな。このまま学んでいけばなんだって一人でできるようになる」


 それから手を打ち仰ってきたのだ。


「そうだ、うちの書庫を見ていくといい。店で売っていない特別な本も沢山あるからもっと学べるはずだ。なんなら今から見に行くかい?」


 もちろん私は頷いた。知識がつけばこれ以上シルフィード公爵家や王家のような悪い人達に言いくるめられたり操り人形にされずにすむから。

 だからラジルさんに甘えて今日一日ここで勉強をすることに決めたのだ。ただし広さが旧ハーツブルク邸の何十倍もある書庫に到着してからは不安の方が優ってしまったが。勉強する本を探せないのではと。

 ただ、すぐに安心することはできた。ラジルさんが私の気持ちを読んだのかある本棚を指差し仰ってこられたから。


「あの本棚には基本的な知識を学べる本が揃っている。まずはそちらから見てみるといい」


 だから胸を撫で下ろしながら言われた場所に向かったのである。まあ、本棚を見た直後に学ぼうと思った本とは別のものを手に取ってしまったが。でも仕方ないだろう。自分の存在意義を知れる本と出会ってしまったのだから。氷の聖女の歴史という表題の本を。

 じっと表題を見つめているとラジルさんが側に来る。


「興味があるのなら私が少し知っていることを話そう。こう見えて氷の聖女の歴史に詳しいからね」


 そう仰ると近くの椅子に私を座らせ話し始めたのだ。


「まずは氷の聖女の基本知識だ。氷の聖女はこのレガント大陸より遥かに大きなネイダール大陸でしか本来生まれないっていうのは知ってるかな?」

「知りません。じゃあ、今いる氷の聖女は向こうで生まれてからこちらに来たと」

「そうだね。だから氷の聖女はシルフィード公爵家の養女であり、魔王討伐後に亡くなったダリア・シルフィード公爵令嬢の義妹ってことになるんだ。まあ、だからこそ二人の容姿が似てると言われていたのは疑問なのだけど」


 ラジルさんの言葉に私は唇を噛み締めそうになる。でも、なんとか口を開いた。


「きっと似せていたのでしょう……」

「そうだな。ただし中身はずいぶんと違いそうだが。まるで昔と今の聖女の仕組みみたいに」


 そう仰ると本棚から千年前の世界という表題の本を取り出してくる。そして目次を指差したのだ。


「読んでごらん」

「千年前には氷の聖女はいなかった……」


 思わず顔を上げるとラジルさんが頷いてくる。


「そう、千年以上前の聖女はそもそも頭に氷のなんて言葉は付かなかったんだ。ただの聖女で崇める神も違ったんだよ」

「それって千年以上前の聖女と、今の氷の聖女は全く違う存在という事でしょうか?」

「ああ、存在も役割も違う。天災などが多くなると火、水、土、風の聖女が生まれる。そして魔王が現れると雷、氷の聖女が生まれるんだ。要は昔の治療するだけの聖女と違って現在の聖女は世界のバランスを均等に保つための存在って事になるんだよ」

「均等に保つための存在……」


 そう呟いた直後、なぜお義姉様があんな酷い事ができたのかわかってしまった。要は魔王を倒した氷の聖女はもう不要だと知っていたのだ。


 だからあんなに酷いことを……


 思わずローブを強く掴むと何か黒いものが心の中に現れたのを感じた。ただしラジルさんの声が聞こえた直後、消えていったが。


「まあ、そういうことだから氷の聖女の基本知識についてはわかったかな?」


 私は軽く胸を押さえながら頷く。


「……はい、よくわかりました」

「そうか。じゃあ、次は氷の聖女が崇める神の話をしようか」

「聖リナレウス様ですか?」

「ああ。実を言うとほとんどの人が神様だってことぐらいしか知らないんだよ。もしかしてセシルは知っているかな?」

「いえ、全然……」

「じゃあ、それも話そうか。だが、その前に質問だ。セシルは聖リナレウスが存在すると思うかい?」

「ええと……存在するのではないでしょうか」

「なぜ、そう思う?」

「それは……」


 言葉に詰まってしまう。するとラジルさんが肩をすくめ仰ってきたのだ。


「私はね、存在しないと思っているよ」


 そして、自身ありげに笑みを浮かべたのだ。だから唖然としてしまったのである。まさか聖リナレウス様がいないなんて言う人が現れるとは思わなかったから。


 私以外に……


 しかも、身近に。だから信じられないという気持ちで尋ねてしまったのである。


「あの、どうしてそう思われるのですか?」

「それは歴代の聖女と名がつく者達の大半は王家や貴族に道具の様に扱われ酷い扱いを受けていたからだ。それなのに聖リナレウスが助けに来ないのはおかしいだろう?」

「確かに……。だから聖リナレウス様はいないと……でも、教会でのお告げはどうなのですか?」

「あれはこの世の理の一部だと私は考えている」

「コトワリですか?」


 初めて聞く言葉に首を傾げるとラジルさんは苦笑しながら答えてくる。


「要は聖リナレウスという意思のない世界の仕組みが、天災や魔王みたいなのが現れた際、自動で適した聖女をこの世界に生み出しているんだろう。何せ千年以上前の神々の名に聖リナレウスなんて存在しないからね」

「では私達は崇める神様を間違えているということですか?」

「歴史書を信じるなら現在この世界の神は聖リナレウスしかいないはずだ。まあ、私は年号が聖リナレウス暦に変わったタイミングで神々の間で何かが起き、聖リナレウスという世界の仕組みだけがこの世界に残ったと考えているけどね」

「それじゃあ、ラジルさんの考えではこの世界には神様はいないと……」


 ラジルさんは苦笑しながら頷いた。


「だから今回話した事は内密に頼むよ。友好国である聖リナレウス教国に知られたら不味いからね」


 もちろん私は頷く。


「絶対に言いません。それに言ったとしても誰も信じてくれませんよ」

「まあ、そうだね。それに本当は神様がいないとかを私は言いたかったわけじゃないんだ。氷の聖女は魔王討伐が終われば自由だってことを言いたかったんだよ」

「……でも、世界中には氷の聖女の力を必要としている人が居るはずです」


 第三騎士団を思い出しながらそう言うとラジルさんは腕を組み仰ってきた。


「確かに治癒魔法や結界魔法はどんな治癒師をも凌ぐ。だが、それを欲してるのは神じゃなく人の欲望でしかない。そんなの聞く必要なんてない。聞いていたら際限なくなるからな」

「……良いのでしょうか?」

「良いに決まっている。まあ、やるにしても自分の周りだけにしとけば良い」


 ラジルさんは笑みを浮かべる。おかげで私は心底ほっとした。要は今まで通りで良いということがわかったから。


「ラジルさん、ありがとうございます」

「なんのことかな?」

「えっ……」

「ああ、氷の聖女の歴史について話した事の礼だね」

「あっ、はい、そうです! 大変勉強になりました!」

「ははは、それは良かった。今後、この書庫はいつでも使ってくれて良い。だから気軽に来なさい」


 それからラジルさんは仕事に戻ると仰り書庫を出ていった。残された私は思わず椅子にもたれかかってしまう。

 でも、すぐに立ち上がると本棚に向かったのだ。ラジルさんの話を聞いてもっと色々なことが知りたくなったからだ。

 それに知識不足を痛感したのである。

 だから、その後は沢山の本を読み耽ったのだ。冒険者ギルドに行っていたはずのルナスさんが書庫に入ってくるまでは。


「セシルが出した遺品の中にハーツブルク伯爵のものがあったでしょう。あの中に気になるものを見つかったの。だから念の為にセシルにも確認してもらいたいんだけど」


 もちろん私は頷き立ち上がった。ハーツブルク伯爵の件はきっとシルフィード公爵家に繋がっている。私にも関係あると思ったから。

 だから、ルナスさんと共に応接室に向かったのだ。覚悟を決めて。

 まあ、中に入るなり頬が緩んでしまったが。ラジルさんの隣でレッドさんが私に手を振っていたから。


「よお、セシル」

「レッドさんも来られたのですね」

「まあ、念のためってところだな」


 そして細かい装飾がされた大剣を軽く指で叩いてきたのだ。おそらくハーツブルク伯爵に関係するものだろう。そして、その考えは当たっていた。レッドさんが腕を組みながら仰ってきたから。


「これはハーツブルク伯爵の屋敷の壁に飾られていた観賞用のものなんだ。だから、一緒にあるってのが不自然でな……」

「不自然ですか?」


 私は意味がわからず首を傾げてしまう。するとラジルさんが代わりに答えてくれたのだ。


「この大剣では何も斬れないし叩きつけたらすぐ折れてしまうんだよ」

「だから観賞用なのですね。そうなると確かに断罪の裂け目まで持っていくものではありませんね……。でも、価値があるのでは?」

「装飾は細かいが宝石がついていないから価値もそこまでではないんだ」


 そう言ってラジルさんは大剣を鞘から抜く。確かに刃先が丸まっていた。

 ただ、隣にいたルナスさんは何かに気づいた様子で鞘を手に取る。そして、しばらく弄ると私達に向かって笑みを浮かべたのだ。


「見つけたよ」


 そして鞘の先の方から小型のナイフを取り出すとテーブルに置いたのである。ラジルさんが手を叩いて喜ぶ。


「でかしたぞルナス」

「刃先に対して鞘が長すぎると思ったらやっぱりね。ちなみに魔力を感じるよ」

「では魔導具で調べよう」


 ラジルさんはポケットから魔導具型のルーペを出す。ナイフに向けるとすぐに驚いた表情に変わった。


「千年前の神々が作った極めて危険な武器じゃないか。まさか、これが狙いなのか……」

「きっとそうよ。でも、何に使う気かしら?」

「碌なことじゃないだろう」

「じゃあ、取られないようにしないとね」


 ルナスさんがナイフを見つめる。直後、屋敷内から爆発音がいくつも響き渡った。


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