15、秘密
何せ想像以上にハーツブルク伯爵の屋敷が凄い状態になっていたからだ。
「庭は雑草が伸び放題、壁は蔦だらけ……」
「まさかここまでとは。きっと屋敷内も酷いわよね……」
「まあ、とりあえず結界を解こうよ。セシル、いい?」
「はい」
私は頷くとラジルさんから頂いた魔導具の鍵を掲げる。すぐに屋敷を厳重に囲う結界が消え門が開いていった。ルナスさんが顔を向けてくる。
「ちょっくら中を見てくるね」
そう言って意気揚々と屋敷に走っていったのだ。ただし中を見た直後、慌てて戻ってきたが。おそらく想像以上に酷い状態だったからだろう。
だから祈りと浄化の力を使用したのだ。もちろん屋敷全体にである。これなら中のものを新品同様に使えるから。
ただしものだけにしか使えないという難点があるけれど。けれど二人には喜んでもらえたらしい。
「凄いよセシル!」
「さすがセシルさんね!」
「たいしたことはしてませんよ。でも、これで屋敷には住めますよね」
「うん。今日にでも引っ越せちゃう。しかも浮いたお金で最新の設備を入れられそうね」
「大きなお風呂場とかもできますか?」
「できるよ。じゃあ、その案は決まりってことで。他はどう?」
「ええと、何を入れればいいのか……」
「じゃあ、屋敷内を回りながら考えようよ」
ルナスさんがそう言うとエリスさんが手を上げた。
「それなら十年前の件に関する情報も一緒に探さない?」
「ああ、確かに父上達の探し忘れがあるかもしれないしね。よし、見つけて自慢してやろうよ!」
ルナスさんは笑みを浮かべる。でも、屋敷を見終わる頃には不満顔になっていた。十年前の件に関して期待するものは何も見つからなかったからだ。肩を落とすルナスさんにエリスさんが苦笑する。
「ちゃんと調べられていたってことよ。それよりも屋敷内を色々と見られたから良かったわよ。ね、セシルさん」
「はい。おかげさまで設備も何を揃えればいいかわかりました」
「じゃあ、後は庭を綺麗にして屋敷の外側の蔦を綺麗に取る作業ってところかしら……。ちなみに家主であるセシルさんは他に何か要望はある?」
「ええと、今のところはありませんね」
「なら、明日以降から早速動いて行きましょうか。私、副ギルド長補佐を降りて冒険者に戻るから」
すると肩を落としていたルナスさんが勢いよく顔を上げ言ってきた。
「おっ、ついに本格復帰ね! じゃあ今度三人で一緒に依頼でもやろうよ」
もちろんエリスさんと私は頷く。ただし声は出せなかった。外で騒がしい音がしたから。しかも罵声まで。
だから、私達は確認するため外に出たのだ。まあ、すぐに私だけは後ずさってしまったが。ガラの悪い人達がいて大声を出したり門を叩いたり蹴ったりしてからだ。レインさんの家の前で揉めていた貴族男性の指示で。
ルナスさんとエリスさんがそれに気づくと怒った表情を貴族男性に向ける。
「何やってんのよ!」
「そうよ、ふざけた事しないでよね!」
しかし、貴族男性は気にする様子もなく理不尽なことを言ってきたのだ。
「ここは私のものだから出ていけ!」
だからルナスさんとエリスさんは怒りを飛び越し呆れた表情になってしまった。もちろん私も。なので思わず言ってしまったのである。
「このお屋敷は正式な手続きをして譲り受けていますのであなたのものではありませんよ」
しかし、貴族男性は再び理不尽なことを言う。
「私はオルデール王国のダクソン伯爵だから正式な手続きなんてどうでもいいんだよ」
「いやいや何言ってんの? ここはアルセウス領のランプライトって都市であってオルデール王国じゃないんだよ。あっ、もしかして脅してる?」
ルナスさんが手を打ちそう尋ねる。すると正解とばかりにガラの悪い人達がナイフを一斉に取り出したのだ。呆れ顔でエリスさんがガラの悪い人達を指差す。
「……犯罪行為決定。ルナス、腕の一本ぐらいはへし折っても良いわよ」
「だってよ。どうする?」
するとガラの悪い人達は笑みで答えながら向かってきたのだ。ただしルナスさんも笑みを浮かべながら全員叩きのめしてしまったが。文字通り一瞬で。
だから、ダクソン伯爵の表情も一瞬で青ざめてしまったのだ。すぐに我に返り真っ赤な顔に変わったが。
「くそ! たかが、女一人に!」
「馬鹿ね。Bランク冒険者ってのは騎士で言えば副団長クラスよ。ごろつき程度じゃどうもできないわよ」
「……Bランク冒険者だと? なんだ、くっくっく」
ダクソン伯爵はエリスさんの言葉を聞いて急に笑いだす。
「そうか、たかがBランク冒険者なら問題ない。ああ、お前はなかなか良い体をしてるから英雄ロック様に教えてやろう」
するとルナスさんが口元に手を当て震える。
「……へえ、この前言っていた事は本当だったんだ。で、いつ英雄ロックが来るの?」
「もう来ている。今は町で遊んでるはずだ。良かったな! 次の遊び相手はお前達になるぞ! ぐはははっ!」
そして笑いながらゆっくりと後ろに下がると脱兎の如くその場から逃げ出したのだ。直後、ルナスさんが吹き出してしまう。
「ぷっ、うける! ロックの奴が今も可愛がられてるとも知らないで」
「ロックってクズはまともに連絡もしてないんでしょう。それよりも、ダクソンって言ってたけどなんか怪しいわね」
エリスさんは顎に手を当てながらダクソン伯爵が去って行った方を見る。ルナスさんも頷いた。
「ええ、ここに来たのは流石にタイミング良すぎだよ。あいつ絶対にハーツブルク伯爵の件に関わってるね」
「でも、なんでここに? 何も出なかったわよ」
「普通じゃ見つけられない方法で何か隠してるかもしれないわ」
「それをダクソンが知ってる可能性があると」
「わかんないけど魔導具の結界が消えたこのタイミングで来たってことは十分怪しいね。これは中々、面白くなってきたわ」
ルナスさんはダクソン伯爵が走って行った方向を見て不敵な笑みを浮かべる。しかし、すぐに顔をこちらに向け言ってきたのだ。
「とにかく報告しに行こう」
もちろん私達は頷く。そして再び魔導具で屋敷に結界を張るとダクソン伯爵の件をラジルさんに報告しにいったのだ。
「うーん、あの屋敷はしっかりと調べたんだが……」
「じゃあ、なんであいつら来たのよ……。なんか見落としがあったんじゃないの?」
ルナスさんは不満そうな顔を向けるとラジルさんは肩をすくめた。
「もしかしたら隠し部屋みたいなものがあるのかもしれない。しかしダクソンね……。まさか、あいつがまた関わってくるとは……」
「ん? その言い方……ダクソンってハーツブルク伯爵の件に関わりがあるの?」
「間違いなくある。当時ランプライトにちょっかいを出していたシルフィード公爵の後ろをダクソンがよく付いて回っていたからな」
「えっ……」
まさか、シルフィード公爵の名が出てくると思わなかったので驚いてしまった。するとラジルさんが私の方を向きなおり言ってきたのだ。
「当時、このランプライトはオルデール王国に激しいちょっかいを受けていた。その中にシルフィード公爵もいて……なんというか、あの男だけは異様にランプライトに執着している感じだったんだ。だが、ハーツブルク伯爵家がああなってからは波が引いたように静かになってね」
「それはハーツブルク伯爵家がああなってしまったからですね……」
「ああ、おそらくシルフィード公爵の狙いはランプライトじゃなくハーツブルク伯爵に関係する何かだったのだろう。だが、ハーツブルク伯爵は一家総出で行方不明になってしまい屋敷は誰も入れないよう強固な結界を張られてしまった。だからダクソンに見張りをさせ、いったん手を引いたのだろう」
「けれど、ハーツブルク伯爵家の屋敷の結界を解いたので再び動きだしたと……」
「まあ、そうなるな」
ラジルさんは感心した様子で頷く。ただすぐに苦笑した。ルナスさんが詰め寄ってきたから。
「もしかして、あの屋敷を残したのってそれを知っていたって事じゃないよね?」
「……偶然だ」
「いや、嘘だね。やっぱり、あたし達を利用してたな糞親父!」
するとラジルさんは降参するように両手を上げ言ってくる。
「お前達は強いし隠れていたが周りにはしっかり護衛を置いておいたから良いだろう。それに私が動いたら向こうが警戒するからな」
「なら、屋敷の鍵を渡す時に言えば良かったでしょうが!」
「いやあ、こんなに早く向こうが行動起こすとは思わなかったんだ」
「ふん、どうせ糞親父の事だから何か企んでたんでしょう」
「さあな。それより、お前ら屋敷の改修工事はどうする? 腕の良い連中を紹介するぞ」
ラジルさんはとぼけた表情でそう言ってくる。ルナスさんはしばらく睨んでいたが溜め息を吐いた。
「……話を無理矢理変えないでよ。まあ、どうせ聞いても教えてくれないか。セシル、どうする? 紹介してもらう?」
「はい、お願いします」
「よし、じゃあ私が手配をしておこう。それから、あの屋敷の周りも第二騎士団に警備させておくか」
「それなら必要ないわよ。第三騎士団にやってもらうから」
「ふう、第三騎士団はお前の私物じゃないんだがな……。まあ、私からも第三騎士団には話をしておこう」
「そうこなきゃね。それじゃあ、もうここには用がなくなったから、あたしらはとっとと退散しましょうよ」
ルナスさんはそう言うと手をひらひらさせながら応接室から出て行ってしまった。ラジルさんが肩をすくめる。
「全く、手のかかる娘だ。すまないが頼むぞ」
ラジルさんが顔を向けてくる。もちろん私達は頷きルナスさんの後を追いかける。ただ、廊下に出ると私はすぐに振り返ってしまったが。誰かの視線を感じたからだ。
けれど気のせいだったらしい。周りには私達以外誰もいなかったから。
だから再び私はルナスさんの後を追いかけるのだった。
???side.
彼女達が去った後に応接室に入るとラジルが声をかけてきた。
「声をかければ良かったのに」
「……必要……ない」
「全く強情な奴だ……と言いたいがお前の行動は間違っていないか。本来、私達のようなものが気軽に話しかけてはいけない存在だからな」
「そんな……ことは……ない。彼女は優しく……脆い……どこにでもいる……人だ」
俺が睨むとラジルは素直に頭を下げてくる。
「そうだったな、すまない。とにかく、私達も本格的に動こう。ダクソンも周りにいた連中もセシリア……いや、セシル様に反応してないということはまだバレてないはずだ。なんとしても、その前にシルフィード公爵が狙っている何かを見つけないといけない」
「……ああ」
「だが、屋敷に私達が入ると奴らが警戒する。どうするかな……」
「良い……案がある。第三騎士団の……マリアを使え」
「なるほど、警戒も護衛もできるか。早速、話してみよう」
「……頼む」
俺はそう言うと彼女が先ほどまで座っていた場所に視線を向ける。直後、あの日、優しく微笑みながら送り出してくれた彼女の姿を思い出してしまった。
ただ、今は正体を明かしてもきっとあんな表情は向けてくれないだろう。でも良いのだ。守れさえすれば。
俺は傷だらけの拳を血が滲むぐらい握りしめる。
「命に……かえても」
そして再び奴らを監視するため応接室を出て行くのだった。