11、決意する
いつの間にか眠っていたらしい。しかも起きると二日間も経っていたのだ。
「……本当に申し訳ありません」
頭を下げるとルナスさんは笑顔で首を横に振ってくる。
「良いわよ。それより疲れは取れた?」
「はい、おかげさまで」
「なら、今からお風呂に入ってきなよ。そのまま寝ちゃったんだからさ」
「それならもう浄化の力で済ませてますから大丈夫ですよ」
「えっ、浄化の力?」
ルナスさんが驚いた顔を向けてくる。だから私は頷く。
「ルナスさんにも使ってますよ。治癒と混ぜて」
「まさか、傷がなくなったやつ……。そんなこともできるのね……って待って。それって今までセシルはお風呂には入ってこなかったってこと?」
「はい。浄化の力は身体の汚れも綺麗に落とせますから。本当ですよ」
私は証明するために袖を捲る。するとルナスさんが慌てて止めてきた。
「そ、そういう意味じゃない。周りは入れって言わなかったの?」
「え、ええ……」
頷きながらシルフィード公爵家にいた頃を思い出す。小さい桶に少ない水を入れ布切れを渡されていたのだ。もちろん私は使っていない。
やってるふりをして浄化の力で体を清潔にしていたから。その方が間違いなく綺麗になるからだ。
だからお風呂には入らなくてもいいのだが。ルナスさんは言ってきたのだ。
「じゃあ、今度からは入りなよ。毎日ね」
「で、でも、浄化の力を使った方が……」
しかしルナスさんは首を横に振ると再び言ってきたのだ。
「ここのお湯は温泉水ひいてるから凄いんだよ。色々効能ついてるしね」
「えっ……」
思わず驚いてしまう。お風呂は体を清潔にするだけの場所だと思っていたから。でも、すぐに気づいてしまう。遥かに大きく断罪の裂け目の様に深い谷間を。
私もお風呂に入ればルナスさんぐらいに……
するとエリスさんが私の背中を軽く叩き首を横に振ってきた。
「そういう効果はないから……」
「えっ……」
私はエリスさんの胸を見る。そして納得した。
「納得しないでよ。てか、セシルさん、私よりあるわよね……」
「私なんか全然ですよ」
そう言って視線を向けるとルナスさんは肩をすくめた。
「重くて面倒なだけよ。それよりセシル、行くわよ」
「は、はい?」
「お風呂よ、ここのお風呂大きいから一緒に入りましょう」
「ああ、じゃあ、私も入るわ」
「えっ、でも……」
私は顔の上半分を隠したケープを弄る。不細工な芋女……。散々、周りから言われた言葉を思い出してしまったから。
でも、すぐにルナスさんの言葉も思いだした。皆は嘘を吐いていると。
でも、それでも……
見られるのはやはり怖いのだ。せっかく仲良くなれたのに顔を見せたら嫌われるのではと。
するとルナスさんが私の手を優しく握ってくる。
「大丈夫よ」
「で、でも、私の顔がもし酷かったら」
「たとえ、どんな顔だろうとあたしはセシルを嫌いにならないし側にいるから」
ルナスさんは力強く頷く。隣りでエリスさんも。おかげで覚悟が決まり私も頷いた。
「……わかりました」
そしてゆっくりとケープを取ったのだ。直後ルナスさんもエリスさんも目を見開き固まってしまう。きっと想像以上に酷い顔だったのだろう。
やっぱり……
思わず俯く。そしてこれからのことを考えていると突然エリスさんとルナスさんが両手を握ってきたのだ。
「な、な、何よこの子は⁉︎」
「チラッと見たことあるからわかってはいたけれど想像以上だったわ……」
「でもちょっと痩せ過ぎかな?」
「でも、やばいよ」
「うん、やばい!」
更には私の顔を覗きこんできたのだ。だから、何がなんだかわからない私は思わず尋ねてしまう。
「な、何がやばいのですか?」
しかしルナスさんは言葉が聞こえていないのかぶつぶつと何かを言うだけだった。エリスさんが呆れた表情でルナスさんの背中を叩く。
「こら、こっち側に戻ってきなさい」
「はっ! ごめんごめん」
「まあ、気持ちはわかるわよ。こんなに綺麗なんだから」
「だよねえ!」
「き、綺麗ですか?」
「ええ。もう心の底からそう思うわよ」
「わ、私が……」
思わず鏡を見るがやはりというか自分が綺麗なのかはさっぱりわからなかった。でも、二人に嫌われなかったことには心からほっとしてしまう。
「良かった。お二人に嫌われなくて……」
すると二人が肩に手を置いてくる。
「言ったでしょう。嫌いになんかならないって」
「むしろ余計好きになったわよ」
「あ、ありがとうございます」
「じゃあ、もう大丈夫よね」
「いざ入浴よ!」
そう言って二人は私の手を握るとお風呂場に誘導する。そしてあっという間に私を裸にすると身体を洗ってお風呂に入れてくれたのだ。
「どう?」
ルナスさんが顔を向けてくる。想像以上の気持ち良さに思わず笑顔になってしまう。
「最高です」
「でしょう! お風呂ってのは体だけじゃなく心も洗える場所なのよ」
ルナスさんの言葉に私は何度も頷く。先ほどから嫌なものが体から流れ出ていくのを実感していたから。特に胸の辺り。心の部分から。
目を瞑りながらそれを実感しているとルナスさんとエリスさんの会話が聞こえてきた。
「セシルの肌って凄い真っ白ね。それになんて綺麗な顔立ちなんだろう」
「まるで絵物語から出てきたみたいね」
二人はその後も私のことを褒めてくるので首を横に振った。
「私なんか全然。むしろお二人の方がお綺麗ですよ」
「何言ってるのよ。セシルには全然かなわないわよ」
「そうそう。ビキニアーマー着てもね」
エリスさんが笑みを浮かべるとルナスさんは肩をすくめた。
「あれは魔法がかかっていて見た目と以上に防御力がある実用的な鎧なのよ。だからそういう目的じゃないの。まあ、格好良いけどね」
ルナスさんは期待するように私を見てくるため頷く。するとすぐに私の肩に手を回してきた。
「やっぱりセシルは仲間だね! よし、セシルも一着作ってあたしと組もうよ!」
「えっ、いえいえ、ルナスさんみたいにスタイルが良くないと、む、無理ですから。私は遠慮しておきます!」
とんでもない提案に私は必死に首を横に振るとルナスさんは残念ねえと呟き、それ以上は何も言ってこなかった。
思わずホッとしているとエリスさんが耳元で囁いてきた。
「ある冒険者がルナスに対抗して似た様なのを着たの。けど隣に立った時、公開処刑になっちゃったのよ」
「スタイルが凄いですからね」
「ええ、だから同じ服は着ちゃ駄目よ。絶対ね……」
エリスさんはそう言うと涙目でお風呂場を出て行った。悟ってしまった私は思わずエリスさんが去っていった方に祈りを捧げる。
そしてルナスさんを横目に誓いを立てるのだった。
◇
断罪の裂け目より生還した日から数週間経った。今日は毎日やっている勉強をせずに街に出ていた。もちろんさぼったわけではない。
第三騎士団に会いに下層区にある兵舎に向かっているのだ。ルナスさんの知り合い……私の味方になってくれる方に会いに。
だからとても感謝はしているのだ。足取りは非常に重かったが。知らない人達、しかもあまり良い思い出がない騎士の称号を持つ人に会うから。
「大丈夫?」
私の様子に気づいたルナスさんが心配そうに顔を覗きこんでくる。
「は、はい……いえ、やはりちょっと……」
「そっか……。ちなみに何が駄目な感じ?」
「役職に就いている方々には怒鳴られたり悪口とか言われる事が多かったので……」
「それは酷いわね。でもセシルの環境が酷すぎただけで本来いきなり怒鳴る奴なんていないわよ」
「そ、そうなのですか?」
「うん。だから心配しないで大丈夫よ。まあ、何か言ってきてもあたしが相手してあげるから」
ルナスさんは微笑んでくる。だから思わず安堵して胸を撫でおろした。ただし、すぐに唇を噛み締めたが。いつまでも人に頼るのは良くないと思ったから。何でも人にやらせるお義姉様と一緒だと思ったからだ。
だからルナスさんの力を借りずに頑張らないと。
そう思い両手を握りしめると突然、目の前に小太りの男性が転がってきたのだ。思わず驚いていると隣りでルナスさんが顔を顰める。
「またやってるのね」
そして近くにいたおそらく小太りの男性を投げたであろう、大柄な男性に駆け寄っていったのだ。
「何、こいつらまた立ち退けとか言ってるの?」
「ああ、この、オルデール王国のお貴族様が汚らしい平民風情は町の外で暮らせとよ」
「へえ、ふざけた事を言ってくれるじゃない……」
眉間に皺を寄せながらルナスさんが小太りの男性に近づいていく。すると男性が慌てて立ち上がる。そして後退りながら怒鳴ってきたのだ。
「おい、貴様! それ以上近づくな! 何かしたら勇者パーティーの英雄ロック様を呼ぶからな!」
「はっ、ロックだって?」
「ああ、あの英雄ロック様が来てお前達を痛めつけてくれるぞ!」
小太りの男性……貴族男性はそう言い終わると余裕が出てきたのか笑みを浮かべた。ただしすぐに真っ青になったが。ルナスさんが笑みを浮かべて腕を振りだしたから。
「へえ、ぜひ呼んでよ。楽しみだから」
「こ、怖くないのか? あの魔王を倒した英雄ロック様だぞ?」
「英雄? この町で悪さしてる糞野郎でしょう。ちょうど落とし前つけてやりたいと思ってたところなのよ」
ルナスさんが剣のつかに手を置き一歩踏み出す。
「ひ、ひーー!」
貴族男性は悲鳴をあげながら逃げ出す。そしてあっという間に遠くに行ってしまったのだ。ルナスさんは腕を高く上げると男性に笑みを浮かべる。
「どうよ?」
すると男性が体をくねらせる。
「やーん、ルナスちゃんさすがねーー!」
そして女性口調で答えたのだ。しかしルナスさんは気にする様子もなく話しを続ける。
「まあね。それよりレインちゃん、後でロックに恨みがある奴を全員集めといて」
「何するのよぉ?」
「あたしがロックを倒す。その後、みんなが恨みを返せるようにしてあげるの」
ルナスさんがそう言うと大柄の男性……レインさんは心配そうな表情を浮かべた。
「それって大丈夫なの?」
「我に秘策ありよ」
「ふーーん、なら味見していい?」
「被害者の子達が良いって言うならね」
「ひゃっほーー! 英雄を屈服させるの夢だったのよねえ」
「ふふっ、喜ぶんじゃないあいつ。てことで後をよろしくね」
「わかったわあ」
ルナスさんはレインさんに手を振ると、私の方に戻ってくる。
「お待たせえ」
「あ、あの、先ほどの話ですけど……ロック様が……」
「ああ、ロックって奴はこの町で性犯罪を何度もしてんのよ。けど今も罪を償わずに生きてる。どう思う?」
「それは……償わなければいけません。けれど衛兵に報告して捕まえるのは駄目なのですか?」
「それなんだけど、この町は今オルデール王国に半分乗っ取られてる様なものなの……。だから、ロックを捕まえても衛兵は勝手に釈放してしまうのよ」
「そんな……。じゃあロック様が好き放題に悪さをしてしまうじゃないですか……」
するとルナスさんが真顔になり言ってきたのだ。
「だから、今回仲間や被害者連中を集めてケリをつけるのよ」
「で、でもそれだと……」
「わかってる。本来はこういうのは駄目なのはね。でも法律が上手く回っていない以上、弱者はいたぶられるだけになる。そんなのあたしは許せないし嫌だからね。だから、あたし達がやるしかないのよ」
「ルナスさん……。では私も手伝います」
「……セシル、これって犯罪に加担するようなものだよ?」
「それでも止めなければいけません。でなければ被害者が増えていきますから」
断罪の裂け目であったこと、崖の下にあった大量の遺体を思い出しながらそう言うとルナスさんは笑みを浮かべた。
「良いね。あたしらの仲間らしくなってきた。それなら早速だけど」
そしてロック様が来た際にすべきことを話してくれたのだ。もう被害者を出さないための方法も。私はもちろんルナスさんのやり方に同意した。
それがどんなに酷いやり方だったとしても。ロック様はどんな事をしても止めなければいけないから。
だってそうしなければロック様は……
私は目を瞑る。しかし、もうロック様の存在を感じとることはできなかったのだ。