10、あの日の出来事
どうやら心ここに在らずだったらしい。気づくと知らない部屋の中にいたから。
まあ、すぐにエリスさんとレッドさんの家だとわかってしまったが。隣りでくつろぐ二人の姿に頬を緩めていると私の様子に気づいたルナスさんが声をかけてきた。
「セシル、落ちついた?」
「はい、ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」
「でも、疲れは溜まっているだろうからさっさと休みましょうね」
「はい」
私が頷くとエリスさんが渋い表情を向けてくる。
「えーー、せっかく盛大に二人の生還祝いしたかったのに……」
「まあ、それはエリスの冒険者復帰祝いも含め近日中ってことで」
「まあ、そうね。まず体を休めないとか」
「そういうこと。だからまずは簡単に食事を済ませましょう」
「了解。でも、今日ってまともに食べれるものなんてあったかしら……」
「それなら良い肉あるよ。ね、セシル」
「はい」
私はすぐにコカトリスの肉の塊を出しルナスさんに渡す。するとエリスさんが興味深げに指差してきた。
「それって何の肉?」
「コカトリスの肉よ」
「はっ? 嘘でしょう?」
「これが嘘じゃないんだな。ああ、塩胡椒で焼こうかな。それともチーズと一緒に焼こうかなあ」
ルナスさんは鼻歌を歌いながら調理場に行こうとするとエリスさんが慌てて引き留めた。
「ちょ、ちょっと私にも分けなさいよ」
「これだけ沢山あるから大丈夫でしょう」
「ルナスは大食いだから怪しいわよ!」
するとルナスさんは肉の塊を見る。しばらくすると頷いた。
「確かに全部食べようと思えばいけるわね……」
「ちょっ……ちゃんと残しなさいよ! 最高級食材なんて滅多に食べられないんだから!」
「えーー……」
ルナスさんは心底嫌そうな表情を浮かべる。だから私は新たに肉の塊を出した。
「もし良ければこれをどうぞ」
「えっ、ちょっと冗談よ! セシルさん、本気にしないでよ。ねえ、ルナス?」
しかし、ルナスさんの目は私の持つ肉の塊に目が釘付けになっていた。なのでエリスさんに肉の塊を渡す。
「食べて下さい。レッドさんの分も必要ですしね」
「あっ、お父さんの事を忘れてたわ……。じゃあ、これも今回使わせてもらうわね」
「はい。それと私もお手伝いしてよろしいですか? 料理を作るのは好きなんです」
そう願い出ると二人は快く頷いてくれた。
「よし、あたしは気合い入れて香草入りチーズ焼き鳥を作るわ」
「あら、じゃあ私は何を作ろうかしら」
「シチューなんて良いかもしれませんよ」
私達は調理場に向かいながら料理の話をする。正直、誰かとこういう話ができるなんて思わなかった。勇者様でさえ必要以上に会話ができなかったから。
だから楽しくて仕方なかったのだ。
しかも料理ができてからも楽しい会話ができたなんて。
私は空いた皿を眺め、頬を緩ませているとルナスさんとエリスさんがソファに倒れ込む。そして満足気な表情で言ってきたのだ。
「はあっ、食べた食べた!」
「肉汁とか最高に美味しかったわね」
二人の言葉に私は嬉しくなり、思わず声をかけてしまう。
「また、食べたくなったら言って下さいね。お出ししますから」
「はは……次はちゃんとお金出すわね。あっ、そうだ、お金といえばマンモススパイダーの素材が売れたら家を買ってみたらどう? あれだけの大金持っているなら家賃とか払い続けるよりも良いと思うよ」
「た、確かに。では一人で住めそうな……」
するとルナスさんが首を横に振ってくる。
「大きな家にした方がいいよ。だってあたしも一緒に住むんだしね」
「えっ、私と一緒に住む……嫌ではないのですか?」
何せシルフィード公爵家や王族、貴族、そしてジークハルト様に言われていたから。私の様な存在と一緒に住みたいと思う者はいないと。
しかしルナスさんは再び首を横に振ってくる。
「嫌なんて全く思わないわよ。それってお偉いさんが言ってたんでしょう?」
「……はい」
「なら、今後はあいつらが言った言葉は全部忘れなさい。あなたを利用するためについた嘘だから」
「嘘ですか……」
そう呟いた後、真っ先にシルフィード公爵家の言葉を思い出してしまった。確かに自分達に都合が良いことを言って気がしたから。ただ、気がしただけで何が嘘なのかはわからなかったが。
するとルナスさんが言ってきたのだ。
「だから今後は自分でしっかりと学んでいきなさい。もちろん私も手伝うから」
「あ、ありがとうございますルナスさん」
思わず安堵して頭を下げるとエリスさんが不満顔を向けてきた。
「ちょっと私も仲間に入れてよ! それに私だって一緒に住みたいわ!」
「えっ、ここはどうするのよ? レッドのおやっさん泣いちゃうよ?」
「そのうち、お母さんと弟が出張から帰ってくるし大丈夫よ」
「ああ、ネイルズ共和国の冒険者ギルドに出張してるんだよね。そっか、エリスが治ったのなら向こうにいる理由はもうないもんね。じゃあ、家を購入したら三人で一緒に暮らそうか」
「やったーー! 私、家賃分働くし勉強も教えるからね!」
「私もよ。ただ、もうちょっと色々と教えてくれる仲間を増やさないとね」
「もしかして第三騎士団?」
「うん、ただあいつらセシルの助けが必要だけど」
「助けですか?」
思わず尋ねてしまうとルナスさんは真顔になって頷く。
「……一年前の出来事でね。この町の近くに強いグリフォンの群れが現れたの。だからその群れを倒すために勇者パーティーに依頼を出したんだけれど……」
そう言うと話をやめ私を見つめてきた。思わず膝の上に置いていた両手を強く握りしめてしまう。何故ならその依頼を私は知っていたから。いや、知っていたどころかその日はグリフォンの群れの討伐に向かう勇者様とジークハルト様、そしてオルデール王国の騎士団を見送ったからだ。
だから震える声で尋ねてしまう。
「……どうなったのですか?」
「第三騎士団は半壊したわ……」
私は目を見開く。そんな事はあり得ないから。だから再び尋ねてしまったのだ。
「……勇者様は来たのですよね?」
「それが誰も来なかったのよ。後から知ったけど途中で別の魔物と戦って王太子、勇者を含め大多数の怪我人が出たらしくてね」
「えっ、勇者様が……」
「うん。けど、おかしいことに次の日の凱旋パレードにはピンピンした状態でみんなに手を振っていたのよ」
「そんなの……」
しかし慌てて口元を手で覆う。思わず信じられないと言葉に出そうだったから。何せ勇者様もジークハルト様も真面目で責任感のある方だからだ。それに二人のいるパーティーが被害にあうなんてあり得ないのだ。
だって魔王との戦いでさえ被害がほとんど出なかったのだから。
いったいあの日に何があったの……
心の中で問いかける。けれど答えが返ってくることはもちろんなかったのだ。
ルナスside.
セシルはショックを受けて塞ぎ込んでしまった。今は空き部屋に連れて行き横にさせている。まさか、あんな風になるとは思わなかったので現在猛省中である。
「やってしまったわ……」
「ねえ、どういう事?」
エリスが尋ねてくる。同時にレッドのおっさんが帰ってきた。
「ただいまって、なんか滅茶苦茶良い匂いがするな」
「おかえり。コカトリスの肉料理があるわよ」
「コカトリス⁉︎ まじか?」
レッドのおっさんは嬉しそうにキッチンに行こうとしたので呼び止める。
「その前に大事な話がある」
「もしかしてセシルのことか?」
「そう」
レッドのおっさんは一瞬、キッチンを見たが頭をかきながらエリスの横に座った。
「で、話とは?」
「単刀直入に言うよ。セシルは氷の聖女様だ」
二人は一瞬固まったが、すぐに納得した表情になった。やはり、エリスを治療したのが一番説得力があるのだろう。
何せ、エリスの怪我を治せる存在はこの大陸に三人しかいないから。しかも聖リナレウス教国の枢機卿にネイルズ共和国にいる大賢者様の二人は高齢。つまり、残りは氷の聖女だけになる。しかも、氷の形をした結界だ。逆にあれを見て氷の聖女じゃないという方がおかしいだろう。そう思っているとレッドのおっさんが尋ねてきた。
「念のために聞くが確証はあるのか?」
「ある。断罪の裂け目で氷の形をした結界を見たわ」
「そうか……。なら、オルデール王国にいる氷の聖女は偽物になるのか」
「うん、セシルの話を聞く限り一年前からすり代わってたみたい。しかもセシルを落としたのはおそらく、その偽物よ」
そう言うとエリスは顔を顰めた。
「なんて罰当たりで酷い事を……。それでどうするのよ?」
「まずは先ほども言った様にセシルに一般常識や社会常識を教える。あの感じだと周りにいた連中がわざと教えなかった感じだからね」
「それなら、先ほども言ったけれど私も手伝うわよ」
「うん、エリスにも期待してる。後はセシルを守る味方を沢山作るわよ。いずれ連中にバレても良いようにね」
「だから、第三騎士団なのよね」
「ええ、彼らは他の騎士団と違って縛られずに動けるから」
「なら、お前の親父さんは駄目なのか?」
レッドのおっさんがそう言ってきたが私は首を横に振る。
「駄目ね」
「でも、ちゃんと説明すればな」
「父上にはいつか説明するわ。セシルの脇をしっかりと固めた後にね」
「利用されないようにか……。あいつはそんな奴じゃねえんだがなあ……」
レッドのおっさんはそう言ってくるが、あたしにとっては父上は腹黒で何を考えているかわからない。できれば、セシルを関わらせたくないのだ。良い意味でも悪い意味でもあの人はやばいから。
「……まあ、父上の話は今はいいわよ。それより、セシルのあの感じだと一年前の依頼も怪しくなってきたわね」
話題も変えたかったのでそう言うと案の定エリスが食いついてきた。
「私も思ってたわ。だから、もう一度調べ直してみる」
「ええ、お願い。あの日はきっと勇者パーティーで何か起きていたはず」
「それにセシルさんが落とされた日でもあると……」
「うん」
あたしが頷くとエリスは眉間に皺を寄せる。きっとあの日の事を思い出したのだろう。グリフォン討伐に参加したあの日を。
何せ、あの日はセシルだけじゃなくエリスにとっても辛かった日だから。
だからこそ、あの日の真実次第では、あたしは勇者だろうが斬るつもりだから……
あたしはそう思いながら、エリスの横顔を見つめるのだった。