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花冠と白い騎士  作者: 天晴 月湖
第1章 その青年、騎士になる
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夢から覚めて(3)


 城下町を抜け、人気のない細い脇道へ足を踏み入れると、緑色をした水晶の道が現れる。しばらく歩くと、青色、水色、黄緑色が混ざり合う、海の色をした六角柱の水晶が遠くへ見え始める。

 大きく円形に開けた場所に出ると、その中心に二人よりずっと背丈の高い水晶が三本。その根元には小さな水晶の石英が集まっていて、全てが海の輝きを放つ。

 水晶の中で、きらきらと白い輝きが押しは引くを繰り返している。この石が海石と呼ばれる所以だ。


 その三本の海石の周りには、緑色のタイルが敷き詰められ、その所々に白くフラットな石碑が埋まっている。


 ラルドはその中の一つの前に立ち、花を添える。

 そこへギルバートの家族、村で亡くなった人達が埋まっているのだ。


「花……ありがとうございます」


 ラルドの添えた花が風に揺れる。


 花や植物は、ローレライに存在しない。

 隣国リューベツァールの特産である花は、ローレライでなかなか見ることが無く、高級品なのだ。

 冠婚葬祭、その他特別な記念日等に貴族が用いることが多く庶民はなかなかお目にかかることができない。


 鉱石で埋め尽くされているローレライの地質では植物が上手く育つことができないのだ。木の一本ですら王都で見かけることは無い。

 かつて少年が暮らしていた国境付近まで行くと、ささやかだが草の芽のようなものが所々に生えている。


 水は豊かに流れているが、国土の殆どが魔力を含んでおり鉱物以外の成長を妨げている。

 なので自給できるものといえば鉱物や海に面している土地で収穫する海産物くらいであり、衣食の殆どは外国から原料を仕入れ、国内で製造する。

 鉱物が植物の代わりになる場合もあるが、魔力を持つ鉱物のみ起こせる奇跡だ。





「――父ちゃん、母ちゃん、フィン、僕は十六になった。王都で働ける歳になったんだ」


 ギルバートは石碑の前で膝をつき、目を閉じると、胸に手を当てる。


「こうして今、家族を想えるのは、ラルドさんのおかげです」


 ギルバートの隣で、ラルドも膝をつく。


「僕は、どんな仕事をしようか、どんな大人になりたいか、何が正解かもよく分からない。今だってそうだ。不安が無いと言えば噓になるけれど……」


「だけど、僕は……」言いながらギルバートが大きく息を吸う。







「――僕は、騎士になります」






 少年だった青年は、生まれて初めて自分で自分のしたいことを、この先の人生を選択した。


「……きっと、あの日が訪れなければ僕の夢は羊飼いのままだった」


「それでもよかった、平和ならね」とギルバートは石碑に向かって寂しそうに笑いかける。

 辺りは静かで、音もなく吹く風が、灰色の髪を撫でるように通り過ぎた。


「命は星に、願いは輪廻に――」


 石碑に祈りを捧げた後、ギルバートは無言で立ち上がる。


「よし!」大きな声で言うと、ラルドへ笑って見せた。

「――そうか」とラルドはいつもの無表情で、小さく縦に首を振った。




 帰り道はたくさん寄り道をした。まじない好きのラルドは声をかけられる店で片っ端から珍品や勧められた物を購入する。

 ギルバートは両手いっぱい荷物を持ち、呆れた様子で苦笑いを浮かべる。


「……少し買いすぎた」

「僕はもう持てませんよ」


 夕方を知らせる鐘が鳴る。二人は両手いっぱい荷物を抱え、屋敷に戻った。


 ラルドが自室へ買い物を運んでいる間、ギルバートはキッチンで夕飯の準備を始める。

 しろと言われたことは無いが、できる限りの家事やラルドのサポートをギルバートは自ら進んで行うようになった。

 初めは見様見真似で始めたことだが、今では何でも手際よくこなすことができる。

 

「何か手伝おう」とダイニングのカウンターから顔を覗かせラルドがギルバートの背中へ声をかけるが「もうできます、座っていて下さい」と返事が返ってくる。

 ラルドはダイニングテーブルへ簡単にカラトリーだけ準備すると、言われるまま六人掛けのテーブルへつく。六人掛けだが、端に向かい合って食事を摂るので四つの席はいつも退屈気だ。


 テーブルからは、ギルバートが何やら野菜を準備していたり、鍋の物を皿に盛り付けするのが見える。

 てきぱきと家事をこなし、すっかりと大きくなってしまった青年の姿は感慨深いものがあった。


 ラルドは毎年命日が来るとギルバートへ少し贅沢な食事を用意してくれた。両親の命日であるが、誕生日という概念の無いギルバートへ生まれたことへの喜びを少しでも知ってもらえるように。

 今となっては立場が逆転し、ギルバートがラルドへ料理を振舞い感謝を伝える日へと変わってしまっているが。


「本当に騎士になるのか?」

「――なりますよ」

「いつ決めた?」

「学校へ行きだしてからですね、僕は剣術が得意ですし」


 ギルバートが買い物袋の中からワインを一本取り出す。


「俺の影響か?」


 ラルドの言葉にギルバートは驚いたように振り返る。


「そんなの当たり前じゃないですか」


 ラルドはテーブルの上で手を組み「……そうか」と無表情で答える。


 確かにラルドはギルバートへ教育の機会を与えた。しかしそれにより自分と同じ様に生きて欲しかった訳でもなく、代償として騎士となり成功して欲しいなど、見返りを求めたことなど無かった。

 ただ目の前の少年に、安心して眠れる場所があればいい。少年と王都へ帰還した夜、自分が胸に抱いた気持ちに正直に向き合ってきただけだ。


「他の仕事と迷わなかったのか?」

「――他の仕事の方が良いと思います?」

「君の選択に干渉するつもりは無い。騎士は誇り高い立派な仕事だ」


「ただ……危険だ」ラルドがいつもより低い声で呟く。


「――そうですね、あの日、僕の家族を殺した人間とあなたが出くわしていたら、戦うことになっていましたよね」


 ギルバートは両手に皿を乗せ、ダイニングテーブルへ運ぶ。


「そうだ」


 ラルドの目に、焼いて薄く切った肉の上に茶色いソースのかかった料理が映る。


「もしかしたら、僕かあなたの胸に剣が刺さっていたかも――」


 ギルバートはまた両手に皿を乗せ、テーブルへ運ぶ。


「そうだな」


 ラルドの視界に、一口大に切られた野菜と魚の切り身が美しく飾られた皿が追加される。


「怖いですよ、もちろん。思い出すと動悸が出て、鳥肌が立つくらいには」


 ギルバートはスープとパンを運ぶと、ラルドのグラスへワインを注いだ。




「――だけど、あなたへ憧れない理由にはならないな」




「――保守的になるのは、歳をとった証拠だろうか」ラルドはボトルを受け取ると、ギルバートのグラスへワインを注ぎながら呟く。


「ラルドさん、まだ三十五歳でしょう、おじさんみたいなこと言わないで下さい。僕は自分で自分の人生を選んだだけです」

「うむ……」


 ギルバートはエプロンを外し、ラルドの向かいへ座る。


「――乾杯」


 二人の声が重なった。



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