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花冠と白い騎士  作者: 天晴 月湖
第1章 その青年、騎士になる
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夢から覚めて(1)




――酷い眠気




――そうだ、僕はあのあと眠ってしまった




――この後、どうなった


――そうだ、王都で暮らすことになった


――だけど、あの日の事を忘れてしまったんだ





――命日が来る度、夢を見る




――一年目、温かな家族の記憶


――二年目、父親の出発


――三年目、母親の死


――四年目、父親の死


――五年目、エメットの訪れ




――少しずつ記憶が蘇り、命日が来るたび話は進む


――幼い少年には抱えきれなかった心の傷へ触れ


――指を突き刺し掻き回すように




――今日は、顔の長い男へ出会った




――ああ、視界が白くなる


――そろそろ夢から覚める




――何度目だ


――この夢は、今日で何度目だ






◇◇◇




「――はぁ……っ……はぁ……」


 鉄製のベッドが軋み、鈍い音を立てる。

 激しい喉の渇き。白いシーツが透き通るほどの寝汗が気持ち悪さを助長した。


「覚えてる……覚えてる……!」


 青年は掠れた声で呟きながら急いだ様子で体を起こし、すらりと長い手を伸ばすと枕元のキャビネットからペンと紙を取り出す。そして今しがた見ていた光景を事細かに書き記す。


 あの日の血の臭いがまだ鼻腔へ残っているようだった。


「――うん、うん、よし……はは……去年より長い……」


 青年は笑いながら額の汗と溢れる涙を拭う。ペンを走らせ夢で見た内容を不完全な文体で書き終えると、六枚の紙を順番に並べ見比べる。少しの間眺めた後、キャビネットへ紙をしまい、ベッドを降りた。

 窓からは強い日差しが差し込む。

 十六歳になった青年、ギルバート・ローゼンベルガーは眩しくて空色の瞳を細めた。


 部屋の扉を叩く音に続き「起きてるか?」という低い声。


「起きてますよ」ギルバートが扉を開くと、ラルド・ローゼンベルガーが綺麗に包装された一輪の白い花を左手に握り立っていた。

 休日だというのに堅苦しい服を身に着け、長い顔には相変わらずの無表情が張り付いている。


「ギル、今日は命日だろう?」

「はい、毎年覚えていてくれてありがとうございます。今日で六年目です」


 ギルバートは濡れそぼった寝間着で汗の滴る顔を拭く。頬に額に灰色の髪が張り付いている。


「すごい汗だな」

「ええ、毎年のことなので慣れましたけど……家族の死だけは何回見ても慣れませんけどね」

「そりゃそうだろう」


 ラルドは真顔で答え「風呂に入ったらどうだ?」とギルバートへ問う。


「いまどれくらいですか?」

「さっき昼の鐘が鳴った」

「――風呂より墓参りが先です、直ぐ着替えるので座ってて下さい」


 四畳ほどの狭い部屋には簡素なベッド、枕元に二つ引き出しの付いたキャビネット、大きな窓の前には年季の入った小さな机と椅子が置いてあるだけだ。

 日当たりの良い部屋は蒸し暑く、ラルドは窓を開けると椅子へ腰掛けた。

 大人二人が部屋にいると余計に狭く感じるが、大きな窓がその狭い空間を広く見せる演出をしている。熱を帯びた風がレースのカーテンをふわりと揺らした。


 ギルバートはベッドの下から服の入った箱を引っ張り出すと綺麗に畳まれた着替えを取り出し、寝間着を脱ぐ。脱ぎたての寝間着は、べちゃっと音を立て床に落ちた。


「今年の夢はどうだった?」

「鮮明で、やはり昨年より長かったです」

「そうか」 


 あの日、海石を見つけることが出来ず、ラルドはギルバートを連れ王都へと帰還した。


 少年は、その日自分の身に起こった出来事を殆ど忘れてしまっていた。

 本来ならば、戦争に巻き込まれ保護された人間は身元を徹底的に調査され、専用の保護施設へと移される取り決めだ。

 しかしラルドはギルバートを保護施設へ送らなかった。その施設がどのような場所か、かつてそこへ居たことがあるラルドが一番よく分かっていたからだ。


「時間薬ではないが、少しずつ体が受け入れているのかもしれないな」


 当時、王室直属である『(ミミズク)の騎士団』の中隊長であったラルドは、結婚なんてしないと独身貴族を貫いていた。実際は異性との交流に興味はあっても上手くいった例がなく、諦めていただけだが。

 王室お抱えの騎士には寮が準備されている。しかしラルドはそのすぐ近くへ小さな屋敷を買い、一人で暮らしていた。


 ラルドの屋敷に住む人間はラルドとギルバート二人だけだ。この屋敷では小型、中型の動物、魔力を持つ希少な生き物を全て合わせて十匹ほど保護している。ギルバートの友達、エメットもその仲間だ。

 誰もしたがらない動物の保護活動の許可に伴い、ラルドは特別に屋敷を所有することを許されていた。

 動物へ与える餌がこの地では貴重だった。自ら出費してまで動物を保護するようなお人好しは、なかなか存在しないのだ。


 全く表情を変えない仏頂面の男、ラルドは見かけによらず世話焼きで、根っからのお人好しだ。


 そんな独身貴族の男がある日「保護した子を養子として迎え入れたい」と言い出したのには周りも驚いた。

 そういう趣味なのかと周りの騎士へ問われたり、異性に振り向いて貰えないので少年に手を出したのかと茶化されたり、それはそれは散々な言われようだった。


 役所へ養子の許可を取りに行った時にも「いよいよ人間の保護まで始めたか」と笑われたものだった。


 ラルドはギルバートへ屋敷の一番日の当たる部屋を与えた。


 そしてギルバートの身の回りを整えると、貴族の人間が多く通う王都の学校へ六年間通わせた。学校で怪我を負わされ動けない日には、家庭教師を雇った。家庭教師が来なくなった日にはラルド自ら教鞭を執った。

 しかし、ギルバートも挫けなかった。心無い言葉をかけられても傷を負う日があっても、ギルバートはまた学校へ通い始めた。


 正直なところ何故自分が学びの園でそんな目に遭うのか、その核心がギルバートには分からなかった。


 だが、屋敷でラルドに叩き込まれた武術と剣術が様になってくると酷い事を言う貴族は少なくなった。


 多くの貴族が通う学校は、制服からなにから兎に角金の必要なことばかりだった。だが、ラルドはギルバートへ金を使わせなかった。ギルバートは雷猫の髭で袋の口を結んだあの日から、袋の口を開けたことが無い。


「他に使うところが無い」「自分のために使っている」それがラルドの口癖であった。


 慣れない王都での生活、学校の生活が辛くなかったといえば、嘘になる。

 孤独に感じる日もあったが、そんな日は必ずエメットが慰めてくれた。


 ギルバートは王都へ来て、ラルドに言われるまま言葉や礼儀、知識を叩き込まれた。

「それさえあれば、何にでもなれる」と、ラルドはギルバートより熱心な様子だった。


 もちろんギルバートの視野は広がった。


 今はネーベル暦1680年、初夏であること。

 この国ローレライのこと、隣国のリューべツァールのこと、百年続いている戦争のこと、魔法のこと、不思議な生き物が存在すること、身を守るための術が存在すること。


 知識を得ると視野が広がり【生きる】という選択肢にも多くの分岐があることを知った。

 そしてかつて、十歳ほどの自分が生きていた世界がどれだけ狭かったのかも……。


 だが、知識を得るのは良いことばかりでは無かった。


 ギルバートは嫌でも核心を知ることとなったのだ。

 

 あの日言われた【流れ者】というのは、罪人、又は血縁に罪人が存在する者を指す言葉だということ。


【罪人】はあの地へ拘引され、あの場所で生きていくしか選択肢が無かったことを――



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