飽き性な幼馴染
春、それは出会いと別れの季節──とよく言うが、基本的にはそこまで人間関係に変化はない。友人は携帯でいくらでも連絡が取れるし、引っ越しや転職も十七年同じ土地に住み続けている高校生の俺には関係のない話だ。
特に俺春馬真の実家、春馬家の隣に建てられた秋乃家。この家にいる幼馴染の秋乃愛とはもうこれで十五度目の春である。小中、そして高校まで同じで、もはやこのまま一生離れることのできない運命なのでは? と思うほどずっと一緒だ。
「運動神経抜群元気はつらつ、見た目よしの気心知れている。本当ならめちゃめちゃ惚れてんだろうけどなぁ……」
俺は尻を床につけ、自室の中央に置かれた円卓に頬杖をつきながらとある一点を見つめる。それは俺の部屋の唯一の出入り口である扉だ。
なぜ俺はこんな何かを待つような体勢をとっているのか? それは一階から俺の部屋がある二階に続く階段、これがドタドタとなっているからだ。こんな余裕も品位のかけらもない昇り方をしてくるやつは一人しか知らない。
部屋の前まで到着した人物は足音を失わせ、代わりに扉を思い切り叩き開けた。
「おっはよー! まっことー!!」
「おっす。今日は早かったな。漫画の続きなら用意してるからさっさとターンユーホーム」
俺は漫画の入った紙袋を差し出しながらお帰りを願った。
すると彼女、秋乃愛は口元を手で覆い、一部を団子状に束ねた赤混じりの茶髪を大きく揺らすほど勢いよくへたり込んだ。
「そ、そんな……幼馴染の家に朝早くからやってきたのに漫画数冊であしらわれた……! ひどい! 真ったらひどいっ! せめて、せめてお茶とお菓子をプリーズミー!!」
愛はわざとらしく涙を浮かべながら俺に手を伸ばす。俺は何回この涙に騙されたことか。幼い頃は純粋だったからマジで年間百回は騙されてたぞ。
しかしもうその手は通じない。今回は人前じゃないんだ。堂々と断ってやる。
「誰がやるかあほ! ほら、俺が新しく買った漫画も追加してやるからさっさと出てけ。今日は一日ゴロゴロするって予定があんだよ」
「え、うそ……あたしゴロゴロに負けたん? 十五年の付き合いゴロゴロに負けた!?」
愛は伸ばした手を徐に落としながら体をわなわなと震わせる。長年の付き合いでわかるがこれは本当に落ち込んだ時の反応だ。少しはフォローしないといけないか……
俺は愛がここにくるまでにつまんでいた昨日の残り菓子を数枚重ねて差し出す。
「ほら、これやるから機嫌なおせよ」
「あっ、ほんとにお菓子くれるんだ。サンキューいっただっきまーす!!」
大きく口を開け差し出された菓子を一気に頬張った愛。心底嬉しそうに一噛みした瞬間──至福の表情は真っ赤に染まる。
「おいし……おい……? おか……」
「おか? お菓子か?」
答えを分かっていながら俺はふざけ6割で聞き返す。その直後、愛の口から火が噴き出た──ように見えた。
「辛い〜〜〜〜っ!!!! 辛い辛い辛い辛い!! 真、水! プリーズ水!」
「水は英語じゃないだろ?」
「そんなんいいから早く水ぅ!!」
愛は涙を流しながら舌を出し、何度も足をバタバタと交互に叩きつけている。こうなったのはもちろんさっきのお菓子のせいだ。あれは唐辛子系で、その辺のコンビニで売っているようなごく一般的な少し辛い程度の菓子なのだが、彼女はめっぽう辛さに弱い。一度大真面目に『辛いもの撲滅運動』というのを学校で行ったほどだ。
「鉄板の上に乗せられているみたいだなぁ〜」
などと感想を述べていると、愛は突如として俺に掴みかかり、もうすぐ吐くんじゃないかと思う表情を浮かべ、足らない舌で必死に訴えてきた。
「まほと(真)! みふ(水)! ほへはい(お願い)みふふぉ(水を)!!」
「……仕方ないなぁ。水だな、持ってきてやる」
首がもげるんじゃないかと思うほどに勢いよく首を縦に振る愛に背を向け階段を降りる。水を持ってくるために。
ちなみにここで1つ雑学。辛いものを食べた後、水を飲んだらどうなるでしょーか? 答えは──
「ほれ、水だぞぉ」
「は、はりがと……」
愛は俺が手渡した水を一気に口に含んだ。コップいっぱいに張った水は、ものの2〜3秒で消失する。
水を飲み切った彼女は微かに震え出し、そして言葉にならない悲痛の叫びを大声で叫んだ。
ちなみにさっきの答えだが、唐辛子などの辛味は水を飲んでも治らない。どころか、悪化する。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
もはや地団駄を踏むことすら叶わず倒れ右へ左へゴロゴロと転がる愛は、その勢いを利用し俺に突撃かましてきやがった。
「んっ!!!!」
「痛ったぁ! 何すんだ痛いだろ? 水飲ませるぞ!」
「ほに(鬼)が!!」
その後十分間、俺は愛に怒りの突撃をかまされ続けた。
✳︎
「なぁ、機嫌なおせって。ただ唐辛子盛っただけだろ?」
「ふんだ! こんな牛乳一杯でうちの機嫌は直らんぜよ!」
頬を膨らませながら目線をそらす愛。なぜ語尾だけが土佐弁なのかは知らないが、怒っているのは本当らしい。
話そうにも舌が辛さでやられ全く話にならなかったので、俺は牛乳を持ってきた。ついでに機嫌が直らなかと思ったが、どうやらダメらしい。見誤ったな。
「んじゃあコーヒー飲むか? 辛さも無くなって一石二鳥だぞ」
「……コーヒープリーズ……」
「へいよ」
俺は一階にコーヒーを入れに降りていく。それになぜかついてくる愛。手にはしっかり牛乳を入れた容器が握られている。
「なんでついてくるんだ? 上で待ってろよ」
「いいじゃん別に。新たにコーヒー入れる容器もったいないし」
くそ、正論を言われてしまった。こうなっては言い返せないので俺は黙ってコーヒー作りに意識を送った。
ちなみに俺はこだわり派だ。豆選びはもちろんのこと、焙煎ブレンド挽き、そして淹れるところまで1人でやっている。
もっとちなむと、以前このやり方を愛に教えて欲しいとせがまれ、教えたことがある。すぐにマスターされて若干腹が立ったのはいうまでもない。
自分でできるなら自分でやれと言いたかったが、まぁ一応今回は俺のせいなので黙ってコーヒーを淹れる事にした。
「ほれ、できたから上に戻んぞ」
「は〜い」
淹れ終わったコーヒーを容器にいれ、俺たちは2階に戻った。そしてお互い徐にコーヒーを啜ると、ようやく話の本題に入った。
「さて、今日のコーヒーのブレンドだが──」
「それ本題ちゃう」
熱いコーヒーとは対照的に冷静に突っ込まれた俺は、今度こそ本題に入る。
「で、今日はなんの用だ? おおかた予想がついてるだけに早速断りたいんだが」
「早いなぁ〜。せめて内容くらい聞いてよね。……まぁいいや。今日はね、ちょっちゲームをやらして欲しいなぁって」
愛はニッコニコ笑顔で以上のことを告げる。それはつい先日にも言われた言葉だ。この間もゲームをやらせろと急に上がり込み、割と長居してから去っていった。
せめてすぐに過ぎ去る嵐であってくれよ。なんで毎回停滞するんだ? そこに暮らす人の気持ちとか考えたことがるのだろうか?
「あのな、大体この間やらしてっつったゲーム貸してやったろ? あれからまだ数日だ。そのゲームはどうなった?」
頬杖をつきながら質問を投げかけるが、これこそ質問などせずとも答えがわかる。十五年どころか一週間も一緒にいればわかるような、それほどあからさまで簡単なことである。
愛は吹けない口笛を何度か挑戦し、最終的にバカらしくなったのかそれとも単純に息が切れたのか、眉間に皺を寄せ若干不機嫌気味に中断する。
その後隣にある自分の家をチラリと見ると、人差し指をつき合わせながら苦笑いを浮かべる。表情の忙しいやつだ。
「なんだその顔は? ほれ、言ってみ? この前貸したゲームはどうしましたか?」
「あ〜うんあのゲームね。わかるわかる懐かしいぃ」
「そうだな。二日前だな懐かしいな」
絶対に逃さない。そんな思いを込めた視線で愛を見続ける。それが効果があったのかなかったのかわからないが、愛はさらにおろつきはじめ『そんな見つめられたらて〜れ〜る〜』とかほざいていたが無視をした。俺にはもう通じない。
そんな時間の無駄でしかない押し問答が1分ほど続いた頃。愛はようやく観念し、白状をする。
それはたった1言。しかしその言葉は彼女の性格を端的に示すものだった。
「あれはその…………飽きた」
「うん知ってた」
俺がなぜ彼女に惚れないか?
それは彼女が──秋乃愛が飽き性だからである。
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